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2011年7月31日 - 2011年8月6日

2011/08/03

長い長い一日の出来事

002

今から思えば、日曜日はたいへんでした。
7月31日午前0時に起きて、その日の講義の予習をしました。

そのまま、ずっと予習して、1時間くらい寝て、
朝一番、9時にヨガスクールで、プラーナのお話しました。

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プラーナというのは、「呼気、吸気」を意味しますが、
本来、生気エネルギーとでもいうべきものです。

わたしたちの身体は、「食べ物からなる覆い」といわれますが、
それに重なるように
「プラーナからなる覆い」が入れ子のように覆っているのです。

でも、この覆いは目には見えません。
が、ときどき感ずることはできます。

病気の人に、手を当てたりして、癒すのも、
このプラーナが相手に影響を及ぼしているのです。。。

身体から20センチくらいまで外側にプラーナはおよぶのだそうですが。。

などなど、などなど、などなど などなど などなど。。。。
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とか、講義をしてから、
父が入院している病院に行きました。

お昼頃。
すでに、12時間起きています。

着いてみると、父の容態があまりよくありません。
看護師さんが、「主治医の先生に連絡しています」といいました。
下血があったといわれました。

しばらく居ましたが、父が寝ているので、
とつぜん「帰ろう」と思い、
看護師さんに、「帰りますが、もう一度来ます」といいました。

どうして、一度帰って、再び来ることにしたのか
自分でもわかりません。
往復二時間もかかるのに。

(でも、後から考えると、
父の不要な荷物を持ち帰るという
有益なことをしていました)

何も不思議に思わず、家に帰り
食事をして
何も不思議に思わず、また出かけました。

で、また、再び病院に。


着いてみたら、こんどは、父は個室に移っていました。

下血がひどくて止まらないので、
救急車で主治医の先生と一緒に
治療のできる大きな病院に移ることになりました。

その間、
父の身体をさすると、「気持ちがよい」といわれました。

そういえば、プラーナの話をしたなぁ、と思いましたが、
もう、講義なんて、遠い昔のことでした。

それにしても、
「プラーナよりなる覆い」は、たしかにあるな。実感。
わたしのプラーナは、けっこう、効きのいいプラーナみたいだ。

(あらかじめ、プラーナにしぼって、講義しようと思うなんて
こうなることがわかっていたかのようだった、
とは、後から思ったことでした)

父との対話
=====
(父) 個室に入ると、もう長いことないそうだぞ。

(わたし) でも、個室からすぐ出るんだから、大丈夫だよ。
=====
お互い大まじめに会話してるのが、
今にして思えば、どこかおかしい。

そんなこんなで

ばたばたと救急車で搬送され、
新しい病院に着いたのが、午後の5時半ころ。


それから、そのまま、3時間、待合室で待っていました。
疲れているので、ぼーっとしているうちに3時間経ってました。
西日のさすガラス張りの待合室で
外がとっぷりと暮れて行くのを見ていました。


8時半頃、無事治療が終わって、危機を脱出しました。
父は、意外としっかりしてました。

もう大丈夫だと思って、
少し話して帰りました。およそ9時。

病院を出て家に着いたら、
ほとんど10時近くでした。


すべてがあらかじめ決まっていたかのように、どんどん進行し、
病気の劇的な変化にあわせて、
すべての出来事が滞りなくスムーズに起こって、
その日のうちに無事収束したのでした。

すべてを不思議に思わず
わかっているかのように行動していた自分が、
一番不思議です。

すべての人が何も考えずに、
縁起だけで、無駄なく行動しました

って、感じがします。

それに、

7月31日って、ずいぶん長かったなぁ、と思ったら、
完全に、24時間起きていたことに、

つい先ほど、

気がつきました。
あらかじめ10時間睡眠3回とっておいて、正解だったわ!
005
キキョウは、帰郷を思って、花を開きます。

今回はまずまずかな。

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