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2011/10/04

「二相ゆらぎ」の世界へ

昨日10月3日は、寒かったですね。
北海道では、各地で雪を見ました。
では、さっそく!
001
どこだ? 雪って?

正面後ろの遠くの山です。樽前山の頂上付近にうっすら白いものが!
うーーーん、携帯のカメラじゃ、きびしーーーーい!

雲の方が白いですね。
我が家は、暖房なしで寒いっす。

父が生きていれば、ぜったい暖房入れてるね、って、言いながら

寒いのがまん。

父が亡くなってから、うちは、すごくシンプルライフになりました。

父のために、いろんな高価な食材も惜しげなく買っていたのが、
今では、ゼロ。ほとんど買い物しなくなって、食事がビンボーです。

牛肉って、何だっけ。。って、感じです。

=======

さて、さて、そんな話より、今、一生懸命読んでいる本のお話しを!

西郷竹彦氏の 『宮沢賢治 「二相ゆらぎ」の世界』 (黎明書房)

文芸学、文芸教育学の分野では著名な専門家です。
が、
著名なのに。。わたしは知りませんでした。

しょうがないなあ。。もう。

でも、いいのよ、そんなこと。
この著作が大事なんですから。

宮沢賢治の文学作品を、

『法華経』に説かれる「諸法実相」という観点で、

切り取って見せた斬新な研究なのです。
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宮沢賢治の作品には、不思議な魅力があります。
その魅力の正体にもせまるのではないかと、わたしも、ちょっと興味津々なのです。

「やまなし」という作品の中には、

「やまなし」ということばが何度が出てくるのですが、

その「やまなし」は、一個所「山なし」と表記が変わっているところがある

というのです。

うっかりミスだろ、ですって。

ちゃいますよ。

宮沢賢治の作品には、おそらく意図的だろうと思われるような

このような「表記のゆらぎ」がいくつも見つかるのです。

そこから、著者の探究がはじまります。

このような「表記のゆらぎ」は、認識にかんする

相対的で対比的な二相が、ひびきあい、もつれ合い、あらがいあう姿を
表している

というのです。

二相とは、明暗とか強弱とか善悪など、さまざまな対立を含んで、

諸法の実相を示す特徴に他ならない、と著者は考えます。
「やまなし」をどうぞ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/472_42317.html
かなり最後の方にある次のような文章を読んでください。

「三疋(びき)はぽかぽか流れて行くやまなしのあとを追ひました。
 その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合せて六つ踊るやうにして、
山なしの円い影を追ひました。」

「やまなし」とあるけど、次には、「山なし」と書いてあります。

文字を目で見ると、ほんと!なんか印象が違いますね。

「やまなし」の方は、
流れていくやまなしが、やまなしそのものの姿を柔らかくそっと伝えているようです。
「やまなし」が「やまなし」であることをそんなに主張していない感じです。

ところが

「山なし」とあると、何か物体としての「円い山なし」の感じが強くなるようです。

気のせいだ、って。
そんなことないですよ。
一つのことばなのに、ひらがなだけで書くのと漢字を混ぜて書くのと入れると
こんなに情景や状況が豊かに変化するんですね。

著者の西郷氏は、「やまなし」だけではなく、
多くの作品について、このような「二相のゆらぎ」を見いだし、解説しているのです。

このような表現の微妙な違いによって、その言い表されているものの

特徴や性質などを、『法華経』の「十如是」を用いて説明しようとしています。

宮沢賢治の作品に、現象のありのままの姿を、「二相のゆらぎ」として、
見いだそうとしているのです。

どこか、龍樹を思わせる、このような用語の用い方。。。表記法。
「十如是」にも龍樹の影響があるのではないか、とにらんでいる、このわたし。

はっきりしたことは、まだ言えませんが、何かとても示唆的で

印象深く、西郷氏の研究を拝読しているのです。

ずいぶん大事なことが、ここに眠っているような、そんな感じがします。

宮沢賢治の作品理解にも、また、宮沢賢治の『法華経』の理解にも

せまっていけそうな、そんな予感がして、

じっと著書を見つめているわたしです。

=========

それにしても、宮沢賢治の作品の、はるかに遠くに、

かすかに龍樹の姿が見えるようなきがするとは!

樽前山の初冠雪くらい、ぼんやりとして目立たないけど、

きっと龍樹はそこにいるんだろうなぁ、って、思ったのです。


ああ、宮沢賢治の童話は、ほんとにいいですね。
007


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コメント

織田得能

「三国仏教史」鴻盟社 明23  島地黙雷 と共著
養嗣子が島地大等 

盛岡市の北山願教寺 島地大等
「大乗起信論」講義と
『漢和對照妙法蓮華經』の 序 に続く 日蓮法語(解説)が 
宮沢賢治をして、「法華経」に目を向けさせた

織田得能「大乗起信論和解」に 大等も賢治も 影響を受けている

( 道元は 最澄だけが正しく法華経を読むと言った )


忠心経 (曇無蘭 訳)   

自観身観他人身自観意観他人意自観法観他人法

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/21 17:00

よく 聞き なさい
(漢訳では、如是我聞 と聞きます)

消えることが、顕わされることです

顕わして、見つめれば、
消えています

聞く言葉は、自らの言葉です

(並ぶ二つの立場を持てば、ニートを得ます)

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/11 07:48

>なのに、 i は、のんきでまぬけた石飛道子さんをぼろぼろになるまで活用して、I を「取り残させ」ようとしているのです。そう見えます。

果たして、そう本当に見えたのでしょうか?

もし、そう見えたとしたら、
アナタのそういうところが、嫌われたのだと思います。

ですから、多くの人々に苦しみを与え続けたのだと思います。

投稿: i | 2011/10/09 08:53

星が消えました。
[saraba tatagyata hannna mannna nou kyaromi]

銀の□は、あと、2~3個あるそうです。
一つは、昨日、埋め込まれたそうです。
女性だそうです。

投稿: i | 2011/10/09 08:32

春間則廣 さま

脅しに屈したら名が無きます。

紺碧の空の横たう銀河の輝きの星一つさえ失ってはいけないからです。

写真を今日、現像します。
そして、真剣勝負が始まります。

神山を知る人は、たとえ登山道から外れても神山を見つけることができるのです。

赤から変わるピンクのリボンのお蔭です。

投稿: i | 2011/10/08 07:42

たとえば、
携帯の小口径のレンズを通せば、また、
記録素子の小さなものを用いれば、
見えるはずのものが写せなくなります

近視の眼のようにモノを見れば、
遠景は焦点を外されます


> 遠くにある目標は、誰の目にも等しく見えます。そういうことなんでしょうか

誰でも 人シク (等しく・平等)
望む“ところ”は同じです 
( それも 平等 と 言います )

名付けるから、名称に囚われます
赤は、誰にとっても赤ではなく、
誰にとっても、赤 ということはありません

「 楽 」 も 同じことです

茶の湯の道に生きた、織田有楽斎 という人がいます
愛知の犬山に「如庵」 という茶室があります

そこに 「 有 」 があります
「 楽 」 は、「 有 」 にはありません

禅に端緒を発する茶道は、「 无 」 の世界です

古今集(40)に
「 はる の よの やみは あや なし む め の はな いろこそ みえね か や は かくるる 」
という歌があります

闇が 文ナス のは 何でしょうか
この時代、有識・知識層では、
華はプンダリゲに通ずるのが 大前提 です

无 という 目 に 拠って見るもの(色)は何でしょうか

本の屋 は 隠されていて、その全貌を見ることは叶いませが
仮の屋は、隠すまでなく、“わがもの(アルタ)”とされます

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/06 07:32

> 遠くにある目標は、誰の目にも等しく見えます。
> そういうことなんでしょうか。。

タル前山のユキのごとき・・・?

投稿: おちゃらけ | 2011/10/05 22:04

春間さま

どうもありがとうございます。

>法華経と浄土経典の共通項をくくれば分かることです

>宮沢賢治は、浄土真宗の島地黙雷の法弟島地大等の法華経にて開眼したのです

そうですか。共通項をくくってみないといけないですね。
なるほど。。何が「なるほど」か、よくわかりませんが、「なるほど」という気がしてきます。
手段ばかりに目をやらず、遠くにある目標をみて進むなら、くくれるかもしれません。

>幻と現実と正覚と生 が、“一乗”であるから、
>シツウ仏性 と、四つが一つに 通じます

四つが一つに通じなければ、ブッダはいません。
遠くにある目標は、誰の目にも等しく見えます。そういうことなんでしょうか。。

投稿: 管理人エム | 2011/10/05 20:35

< 補足 >

円珍と ( 大 伯父 ) 空海

http://www.kagawa-konzouji.or.jp/taishi/index.html

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/05 10:47

親鸞と日蓮の共通点は、比叡山にあります

その最澄の帰するところは、聖徳太子にもつながり、
法華経へといざないます

比叡山五代 円珍が唐へ渡った時に、
(アトの)“伯父”について尋ねられたとの、
記述があります

光定戒諜は空海の筆であり、光定は空海の弟子でもあります
比叡山においては、三密 が守られているのです

親鸞の日蓮の出発点です

浄土三部経に帰依する大前提は、法華経にあります

法華経と浄土経典の共通項をくくれば分かることです

宮沢賢治は、浄土真宗の島地黙雷の法弟島地大等の法華経にて開眼したのです

親鸞に限らず、“法華経から”の
七喩の場合は、出典を言わないのが、中国・朝鮮・日本の(大乗仏教の)約束です
(約束を破る必要が今にあります)
いわずもがな となりますが、七喩をさす “譬え” にも、
これは適用されます

違いがあろうと、一乗です

(  ?  )


> (幻のごとき)現実を、幻のごとし、と見極めて、その現実を生きることが、「覚悟」ということかな

幻と現実と正覚と生 が、“一乗”であるから、
シツウ仏性 と、四つが一つに 通じます

あなたにとっての真実が、私にとっての  夢 うつ つ
私の夢は、あなたの現実に  映 される 、、、、

欠け事でもなければ、顕わし難い、
請われやすき(簡単にすまされる)
 東風 (コチ 故知己智) の 角 です

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/05 10:36

おや、カエルの子は、悪態ついてますよ。

おいらには、かえる道なんてないも~ん、ぐすん!

オタマジャクシがカエルになっても、カエルがオタマジャクシに戻れる道はないもんね。

「頭ばかし」じゃなくて、頭の落ちる道を歩んでいるから。。。さびしいよね。

ところで、春間さま

敬虔な浄土真宗の家に育った宮沢賢治が、『法華経』の信仰へと移っていったのは、なぜでしょう。

荻原昌好氏は『宮沢賢治「修羅」への旅』の中で、こう書いているそうです。西郷氏のご本からの孫引きです。

===
ひたすら自己を捨て、その捨てることも捨てる、と言った親鸞の教義と、自己を無限に拡大して、さらに自己にいたるといった日蓮の教義との差違である。……易行門を説く親鸞の彼方にある阿弥陀への絶対的帰依は、逆に新たな自我を獲得しつつあった青春の賢治に徐々に馴染まなくなっていったのではあるまいか。
===

そうなのかなぁ。。
「自己」「自我」にかんするところは、違うのじゃないかと思われてなりません。

「我にカエル道」は、「自我に戻る道」ではなく、「われにかえる道」=「目覚めて現実にもどる道」ということだったのでは。

(幻のごとき)現実を、幻のごとし、と見極めて、その現実を生きることが、「覚悟」ということかな、って。。どうですか?

投稿: 管理人エム | 2011/10/05 09:38

オタマ杓子 は かえるかい ?

定規を逸する 定 の義を言う


一乗即仏 即身成仏 
物上物議( きみが保つモノの上に仏義があるかい ? )


ユックリ ご回(の) ほど 読んで御覧

湧き出るモノが、モノの理です

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/05 09:30

>> 一つの方向しか見ていないということです

>  一つの方向が見えると、行く道が見えます。

行く道は見えても、
我にカエル道が見えていることにはなりません

カエルの子は変える
頭ばかしでは、
返るじゃない

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/05 09:08

>父が死ぬのと、暖房は無関係という関係です

父が、昔から「暖房係」を担当してたんです。寒がりだったし。

父の一声が、暖房を入れる合図です。
だから、父がいないと、誰も、どうやって暖房を入れるか、わからない!!

ボイラーって、どうやって焚くんだ??

北海道では、ストーブを焚くときが、冬の始まり。

>一つの方向しか見ていないということです

一つの方向が見えると、行く道が見えます。
それでいいよ、わたしは。


投稿: 管理人エム | 2011/10/05 07:42

めっそう 女そう
二相 尼僧
二相に そう する 无 じゃない
( なにする ん じゃい  !  )

ゆらぎ 揺らぐ 揺らぐ時 、、、、
ユウ 楽 言う楽 言わぬ楽 が苦 学 が句

父が死ぬのと、暖房は無関係という関係です
生きていれば は、絶対 には ありません
いれば、いません
いなけりゃ います
矛盾はないかい ? はかないかい ?

食材がシンプルなのではなく、
きみの頭が、シンプレックス

一つの方向しか見ていないということです


ホー ホケキョ chick 

投稿: 春間 則廣 | 2011/10/04 22:55

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