« 2010年4月11日 - 2010年4月17日 | トップページ | 2010年4月25日 - 2010年5月1日 »

2010年4月18日 - 2010年4月24日

2010/04/18

更新するごとに異義あり

考えるいとまもない わい!
更新 更新 

何はともあれ更新しなくちゃ
001

何でもいいから、こんなふきのとうでも、見てて!
 
とりあえず、これで、更新してから、、続きを書こう。。
 
ヘンな日記だ!

いったん、更新!

==========================
はあ、やれやれ、これで落ち着いて、本論に。。。

って、言っても、

本論なんて、あったっけ?
 
出たとこ勝負で書き始めよう。

最近、ブッダが、身近です。。
 
ブッダのことばが、とても身近です。
 
ブッダのことばは、
ほんとに奇をてらわない常識的なことばだと思います。
 
ものすごくあたりまえすぎて、ブッダでなければ
誰も重きを置かないような、そんなことばだと思います。

なのに
 
ぜんぜん、あたりまえに聞こえないところが、不思議でしょ?
 
不思議じゃないかな?
 
不思議なのよ。
 
いい、不思議なんです。
わかったわね、不思議なんだってば。。
 
何ですか?
しつこいって。
 
不思議は、なかなかわからない時にはわからないのよ。


ブッダのことばは、誰にでもわかる常識的なことばなのに
まるきりあたりまえに聞こえないのは

それは、グッド・タイミングで語られるからなのです。
 
このタイミングは
 
真理を知る者のタイミングです。
 
わたしたちの多くが、迷ったり、誤解したり、まちがったりした
 
 
そのとき
 
 
適切に、真理がありのままに語られるから
 
わたしたちは、納得せざるをえないのです。
 
 
ということは、
 
わたしたちは、ほんとうは、真理の何たるかを知らないわけじゃない

って、ことでもありますね。
 
言われてみると、その通りだと思うということは
 
ほんとうは、何が正しいか、何が善いか、知ってる

ってことだもんね。


たとえば、あなたが悪いことをしたとき。。。ちょっとだけ。。
ほんのちょっとだけだもん、

弟のおやつを、ちょびっとくすねたって、いいじゃん
いっつも、おやつ分けてあげてんだから
 
なのに、ブッダは、こう言うの

「その報いはわたしには来ないだろう」と思って、悪を軽んずるな。
水が一滴ずつしたたりおちるならば、大きな水瓶でも満たされるのである。
愚かな人々は、少しずつでも悪をなすなら、
やがてわざわいに満たされるのである。
(『ウダーナヴァルガ』17.5 中村元訳を参考にしました。)

ひぇ~!
ちょっとの悪でもダメだって。。

たしかに。。。

ちょっとのウソでも
ちょっとのごまかしでも
ちょっとのいじわるでも
ちょっとの悪口でも
ちょっとの告げ口でも
ちょっとのインチキでも
 
ちょっとがちょっとを呼んで
だんだん
だんだん

増えていくよね。。。

最後には、
水瓶いっぱいのウソや‥インチキに
なっちゃうのか。
 
そりゃ。。。こまる!

真理って、耳に痛いわね。。
あたりまえって言えば、あたりまえなんだけどね。
 
なんで、なかなかできないんでしょうね。。
 

やっぱり、あたりまえ、って思っても
 
日々、更新するごとに異義が出てきてきちゃうからだろうね。。。
 
 
ふう、なんとか、むりやりタイトルと結びつけたわ。

それじゃ、最後に!
 
更新することに意義がある のが

ブログよねっ!!
016 

真っ白ブログの代わりに、白樺ブログで、行こうぜ!

     


 

 

続きを読む "更新するごとに異義あり"

| | コメント (13) | トラックバック (0)

« 2010年4月11日 - 2010年4月17日 | トップページ | 2010年4月25日 - 2010年5月1日 »