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2010/05/22

八重桜はまだまだ満開

ああ、もう、ほんとに、
血も涙もない、ちゅーか
油断も隙もない、ちゅーか
たんに興味本位っ、ちゅーか

ねらわれるなぁ、このブログ!
真っ白に、なんか、
真っ白に、なんか、させるものかは。。

負けないぞ!
まだ、まだ桜もあるのだ!

最後の桜、八重桜の登場です!
008

 
では、道庁の桜の風景をば、どうぞ!
015

え、何ですか、そんなら、道庁も見たい?
ぜいたくですなぁ。。では、では、願いをかなえてしんぜよう。
011
 
え、やっぱり、桜をもう一度見せてくれ、って?
まったく、きみぃ、わがままだぞ。
じゃ、これで最後だからね。
013

 
ところで、在家佛教の講演会は、どうだった?
 
「経典の読み方」という題で
 
ヴァッカリの経典をとりあげてお話してきましたよ。
(「相応部」22.87)
 
 
なんとか拍手もいただけて、まずまずでした。
お釈迦様のおかげです!
お釈迦さまは偉大です!
 
==========
 
で、 
 
この講演とは、ちょっと話がずれますが 
 
ヴァッカリは、現代風に言いますと、
 
自殺をした比丘なのです。
 
 
自殺は、現代社会の中で大きな問題になっていますね。
 
 
苦しみのあまり自殺しようとする人が、もし、いるなら、
この経典を読んだらいいのではないかと思いました。

できるだけ、省略のない完全な訳で、じっくり読むのです。
 
 
なぜなら、
 
ヴァッカリは、自殺しましたが、
 
かれの死は、苦しみを消す自殺だからです。
 
かれは、完全に涅槃に入ったのです。
 
 
自殺には苦しみが増す一方のものがあります。
また、
ヴァッカリのように苦しみを消す自殺もあるのです。
 
 
現代では、自殺を悪と考える風潮があります。
「自殺してはいけない」
「がんばって生きなさい」
「自殺は悪いことだ」 
と、励ますつもりで言われますが、
そのことによって、余計、苦しみが増す場合もあります。
 
ブッダは、どんな人に対しても
苦しみを消すように教えを説いているのです。

ヴァッカリに対しても、ほんとうにきめ細かく
かれを悟りへと導くように心を砕いて話すのです。
 
「悟りへと向かう」と言いましたが
これは、
「苦しみがまったくなくなる方へ向かう」ということです。

 
自殺を考える人にも
自殺したくない人にも
それぞれ、苦しみをなくすように、教えを説きます。
 
ブッダは、死を乗り越える道を説くからです。
 

自殺してもしなくても
人間、誰でも、死を迎えるわけですものね。
そして、
ふつうの人には、死は苦しみですからね。
こうして
仏教は、苦しみをなくす方法を説くのです。
 
何にせよ、 
誰でも、幸せに死にたいですもんね。
 
 
在家佛教で話したこととは、ちがうけど、
この「ヴァッカリ」という経典は、善い経典だと
しみじみ思った次第です。 

なんか、とりとめなかったっすね。。いつものことだけど。

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コメント

ろんろんさま

>ヴァッカリだけウッカリ自殺しちゃったんですね。

もう、だじゃれヴァッカリなんだからぁ~。

投稿: 管理人エム | 2010/05/29 03:04

ヴァッカリだけウッカリ自殺しちゃったんですね。

投稿: ろんろん | 2010/05/27 22:51

桂 紹隆 様

読んでいただくために記述しました
(理解は、後でやってきます)
目を通していただき、生きている甲斐が生まれました

理解できないという理解を、
持って(創りだして)いただいたことが、
(私の)目的となります

「私」の目的は、そこにしかありません

私が決める事であって(も)、
あなたに依存することだからです

拒否したい事柄は、
受け入れてしまっている事柄です
拒否(拒絶)によって、
受け入れの事実が決定されるのではなく

対象を観るときに、
観たという 受け入れ が、起きます
(そこを證って、言葉を作っています)

(あなたの)丁寧な人柄に
(わたしの)“軽意”であっても、
「敬意」を起こします

経緯 “だけ” をお伝えします
(伝わらないとされても、伝わる事柄です)

(再度)
「 御批判ください 」

投稿: 春間  則廣 | 2010/05/25 09:26

春間さま

ご指名なので書き込みますが、貴兄のコメントまったく理解できませんでした。不悪。

投稿: 桂紹隆 | 2010/05/25 01:02

桂 紹隆 様

申しちゃわれたこと に対して
(聞き流せない)
あなたのように、
自らのアイデンティティーを(に対して)
あらゆる方向から(自ら)攻め込もうとする姿勢は、
確かな立場という 
キヅ(ズ)キ(気付き・築き)となります

守るところが、打ち破られるところです
守らないところは、
受け 容れる ところです
aquarius
破られれば、
受け“入れる” こと となります

あなたと、誰かにしか
わからないように記述してみました
secret
( 誰か以外に ワカルカナ )

投稿: 春間 則廣 | 2010/05/24 10:48

なーる!(ホドッ。。) 「伝承」に<眼>が行く、ってタチバもあるんですネ〜♪ 

霊友会さんご庇護の<しゅみっとはうぜんチャン門下生さま>もグーでっすけど、まあ、なんと申しちゃいますかネェ。。。
天下の桂センセ、ともあろうお方が、コーした<小手先のネタちゃん>でコメントなさるなんて、もぉおおお。。ビックリーーーー!(それって、アッタリマエ?かしらぁ。。。)

ま、クマは、これ以上は、ノーコメントですっ!!!

投稿: シャーンティクマーリー | 2010/05/23 14:20

Vakkali経ですか、結構ややこしい伝承史があるようですね。

国際仏教学大学院大学紀要の最新号に
載っているシュミットハウゼン門下生
Martin DelheyのVakkali: A New Interpretation of His Suicide
が最新の研究でしょう。Ciniiで読めます。

投稿: 桂紹隆 | 2010/05/23 11:52

しょせん

(他)人事だ

  updown という他人事です 

(わたしのことをいっています)

投稿: 春間 則廣 | 2010/05/23 09:37

日本では平成10年以来、自殺者が3万人を超え続け、しかも、警視庁の統計によると、無職者・被雇用者の数が圧倒的に多いとのことです。

http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm

平成10年に急速に自殺率が上昇して以来、基本的にその傾向が続いていることも、バブル崩壊後の日本社会の変質(さらに踏み込んでいえば「解体」)を反映したものかもしれません。いずれにせよ、先の統計を見ても、無職者・被雇用者の数が群を抜いて多いことは、やはり「世の常」として、社会的弱者に、その「波」が来るのでしょう。
いずれにせよ、日本は世界有数の「自殺大国」です。ということは、日本人が「あたりまえ」と考えている様々なことは、案外、人類レベルで見ると「異常」なことが多いのかもしれません(衆生にとっての「あたりまえ」が、聖者にとっては「顛倒」でしかないように)。

自殺は、仏教では「建前」としては「殺生」に含まれ、ご法度なはずなのですが、さすがはブッダ、杓子定規の判断はしませんね。ただ、こうした「慈悲」あふれるブッダのふるまい(方便)も、一切智者の「智慧」に裏づけられればこそ、なのでしょう。
いずれにせよ、ブッダの「慈悲」も「智慧」も、衆生が「苦を離れる」ためにこそ、世間にあらわれ、はたらくもの、であるはずです。

道庁の八重桜、いいですね!

投稿: シャン坊 | 2010/05/23 08:37

昔、

『自殺するくらいなら、死んだ方がましだ』

という、ギャグがあったなぁ(遠い目)

投稿: 無宗だ | 2010/05/23 05:51

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