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2010/01/03

明けましておめでとうございます

はやくも、今年も三日目です。

みなさま、
おめでとうございます。
008

 
 
 

 
 
 
病院の玄関前に立派な門松がありました。
 
今年は、この病院が我が家です。
 
 
難病とたたかうおばあちゃんは
今までとはちがう人生を歩みます。
 
それにつられて
 
家族全員も、がらりとちがう人生に
なってきました。
 

今年も、ばたばたと暮れていきそうな気配です。 
 
 
なるほど!これがじんせいね!
 
 
==================
 
 
というところで!
 
 
「諸行無常」のお話を一つ。
 
 
 
 
ほんとに、この「諸行無常」ということば、
 
日本人なら、ほとんど誰でも知っています。 
 
 
 
あ、なんだっけ?
 
ええっと、ものごとは変化していく、ってことかな~。。。
 
 
 
たいていの人は、こんな風になんとなく知っているのです。 
 
 
たぶん古典の時間に、『平家物語』を読むからかもしれません。
 
 

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

 
 
あらゆるものが変化していくことわりを
 
日本人独特の叙情性をもって唱った
 
この詩のもつ意味は大きい、と思います。
 

 
この詩を口ずさむわたしたちには、 
 
変化を受け入れる素地が、
 
ある!
 
ということかな、

って思うからです。
 
 
 

 
変化していくことがらを見つめ
 
それをそれとして受け入れる。。。
 
 
まあ、そうするしかないわけですが。。
 
 
しかし、人間の心は、受け入れがたいことも
 
たくさんあるので、
 
心の中で葛藤が起きるのです、悶々と
 

 
 
そのとき!
 

 
 
この、魂のことば 「諸行無常」が
 
胸に響き渡るのです。。 
 
 
ある種の諦めの気持ちとともに
 
できごとをあるがままに見つめる心が
 
生まれてくるのです。。。 
 
 

 

 
 
こんなことを書いているのも
 
実は
 
テレビで、
 
世界一美しいミイラ、というのを
 
数分見てしまったからなのです。
 
 
断片的に見たので 
詳しくはわからないけど
 
幼い娘が亡くなったのを悲しんだお父さんが 
 
科学の力を用いて、

娘をミイラに作りあげ
 
眠っているがごとき 
 
そのままの姿で
 
残したのです。
  

 
金髪と白い肌 
 
かわいい娘は
 
そのままです。
 
 
 
しかし。。。。

 
 
お父さんは
 
やがて 
娘のところに訪れなくなった
 
と、
 
ナレーションは言っていました。
 
 
 
何かわかるような気がします。
 
かえって、会いに来るのがつらくなるのでしょう。。
 
心模様は複雑です。
 
 
 
 
で、
 
しばし、考察を。。。。つらつらと。。。 
 
 
永遠にかわいい姿の娘 。。変わらずにある。。。
いつでも、かわいい娘に会える 

 
 
ちょっと待って!
 
永遠に変わらない。。。そんなことはない。。。
 
ミイラになって、当時の姿のまま、ですって? 
 
いや、気のせいです。。。 

 
 
いくらか古びていくのです
ミイラとして。。。。。
 
 
そして、ミイラとして古びていく年月は
 
お父さんの心の変化を示す年月でも

あるのです。。。
 
 
心の変化のスピードと
ものの変化のスピードが
あっているとき
わたしたちは、そんなに苦しみを感じない。
   
 
でも、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
急になくなった娘を悲しむお父さんの心のように
 
ものごとの変化の方が、心の変化よりはやいとき、
 
心はとても苦しいのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 
また、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ミイラになった娘に会いくるお父さんの心のように
 
心の変化の方が、ものの変化よりはげしいとき、

心は、やっぱり、とても苦しいのです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
お父さんは、
娘の死を苦しむだけではなく
 
自分の 所在ない心 にも
苦しむことになったのではないでしょうか。
 
 
一つですむ苦しみを、二つに増やしたような気もします。。。
 
 

 
変わらぬものはないと
 
「諸行無常」のことわりを
 
よくよく知ることは
 
 
苦しみを減らしていく
 
 
よい方法でもありますね。。 
 
 
 
わたしたち日本人は、よいことばを
 
もっているのですねぇ。。
 
 
ブッダ、ありがと!
 
001
002
 
  
 
 
 
 
滑り止め用の砂袋の設備
 
なんで、これを撮ったか、って? 
 
雪道ほど 
 
変化のはげしい、無常なものはないんですよん。。
 
ま 
 
ほんとは、撮るものがなくて、目の前にあっただけなんすけど。

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コメント

シャン坊さま

明けましておめでとうございます。

さっそく、初コメントうれしゅうございます。

>今日、私がここ十数年ほどご縁を頂いているチベット人の先生方たちによる、新年法要に参列しましたが、やはり「生の仏教」はいいですね。

それは、それは!
新年の法要とは、いいですねぇ。
ほんとに心のお洗濯というところでしょうか。まっさらな心で、新年を迎えるなんて、清々しいです。

「生の仏教」を地道に実践されているチベット人のお坊さまたちは、ぎすぎすした日本の中で、輝く宝石のような存在ですね。

善いお話をお聞きして、わたしも、ちょっとだけ心を水洗いした感じ。。。ま、ざっと泥だけ落として、っと、今年一年がんばります。


『現観荘厳論』もありがとうございます。
マジカルの方も拝読!どうもでございます。
 
とうとう、姉御になっちまったぜい!

投稿: 管理人エム | 2010/01/04 10:21

改めて、あけましておめでとうございます。
古典文学ついでに、「返し」として……

年々歳々、花あい似たり
歳々年々、人同じからず
(『和漢朗詠集』「無常」宋之問)

すばらしい「ホミリア(説教)」(キリシタン・シンパらしくラテン語です〔笑〕)、ありがとうございました。
新年早々、「無常を念ずることによる救い」といったことをお聞かせ頂き、まことに、心さわやかに澄み渡る思いがいたします。

今日、私がここ十数年ほどご縁を頂いているチベット人の先生方たちによる、新年法要に参列しましたが、やはり「生の仏教」はいいですね。
教義とか、論理も、もちろん、すばらしいのですが、やはり「信」のこもった人々に接するのは、心洗われる思いがいたします。
この先生方も、この日本の大都会の片隅で、よくもまあ……という感じがするほど、地道な活動を続けてきた人たちです。ただ、このことも、正直にいえば、私としても、時を経るに従って、だんだんと実感されるようになって来たことでした。
いかなる仏教であれ、「生の仏教」というのは、本当にすばらしいものだと思います。(もちろん、そこには「仏教」と呼ぶに値する実質が伴っているか、ということも問われますが……。しかし、逆にいえば、それさえあれば、卑近な日常でも、充分に「生の仏教」の現場=「道場」たりうるもの、ということになるのでしょう。)

で、今日、そこでお唱えした『現観荘厳論』(以前にも申しましたが、東アジアでいえば『大智度論』に相当するような、インド後期大乗やチベット仏教で重視された『般若経』の註釈書)の帰敬偈を、ここに引用させて頂きましょう。
たぶん、「一切智者」をテーマに、大乗も上座部も入り交じった、このサイトの新年を飾るのに、ふさわしい内容かと思うからです。

寂静を望む声聞たちを一切智者性によって、寂静に導き、
衆生を利益する者(=菩薩)たちの世間の利益を道智者性によって成就し、
それ(=一切相智者性である仏母・般若波羅蜜)と合した牟尼(=ブッダ)たちは、一切の行相を持つ、このすべてを説く、
その、声聞や菩薩の集まりを伴った仏母〔・般若波羅蜜〕に帰命したてまつる。

(註:本論では、一切智者性=声聞の智慧、道智者性=菩薩の智慧は、すべて、一切相智者性=ブッダの智慧である般若波羅蜜から生まれる、とされます。)

なお、ご挨拶に触れられていたご本については「マジカル」にP.S.として、書かせて頂きましたので、こちらも、ご覧下されば幸いです。

投稿: シャン坊 | 2010/01/03 22:19

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