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2009年12月20日 - 2009年12月26日

2009/12/21

ジャータカ。。人間は愚かなことをくりかえす

ようやく雪が降って
冬らしくなりました。
006

 
 
 

 
 
いつも同じ風景ですが、
それは、同じところを
安易に撮っているからにすぎません。。

 
寒いので、手近にすまそうとしちゃうのね。。
 
で、安易に003
  
 
 
 
 
雪かき前に、ぱちり!
 
雪が降ると、ようやく冬という気分になりますね。
いろいろ不便でたいへんだけど
やっぱり、冬は雪がないとね。。
 
 
しかし、ですよ。。。
 
人間、同じことをくりかえして、
いずれ死を迎えるわけですが、
 
生きているうちは
すごくいろいろなことを経験するような気がします。。 
 
 
でも、よく考えてみたら
 
 
ちがうさまざまな設定のもとに
 
くりかえし

同じ理屈で
同じパターンのできごとを
体験しているだけなんじゃないか、と

思い始めました。
 
 
二度あることは三度ある、といいます。
 
 
 
何か新しいことに挑戦しよう
と、思って、
 
まったくちがうことをしているつもりで
同じパターンのくりかえし。。。
 
ありそうですよね。 
 
 
一つの人生でも、同じことはくり返される。
 
一度した失敗は、何度もくり返される。
 
 
 
二つの人生でも、同じことはくり返される。
三つの人生でも、
 
十の人生でも
百の人生でも
千の人生でも
万の人生でも
 
 。。。
 
 
これを、語ると、ジャータカ(本生譚)が生まれてくる。
 
 
ジャータカは、よく読むと、過去世の物語だけど、
けっして、「昔」の話しではない!
 
 
過去世の話しは、そのまま、今に結びつくお話になっている。

ふつうの人が考えるような「歴史上過去の」物語 なのではない。
 
どこにでもあって、何度でも起こるお話である。 

===============
 
ブッダが、乞食をして、
空のお鉢でかえる羽目になったことがありました。
 
 
そのとき、ブッダは、過去世にあったお話を
比丘たちにしました。
 

 
昔、青年修行者があって、

そのとき、楽寂(ぎょうじゃく)という独覚が、世に出ていました。
 
 
ある長者の家に、乞食にいき、青年修行者は
空鉢で、食を得ることができませんでした。
 
今度は、楽寂が、同じ長者の家で食を乞いました。
浄信に心打たれた家人は、おいしい食べ物で
鉢を満たしました。 
 
家から出てくるのを見た、青年修行者は、
お鉢の中にたくさんの食べ物があるのを見て
嫉妬の心を起こし、鉢をうちました。

鉢は地に落ちて食べ物はこぼれ
その食べ物を、青年は踏みにじりました。
 
独覚は、食を得られず、穏やかに鹿林に
かえっていきました。
 
 

 
この話をして、ブッダはこう言いました。
 

 
このときの青年は、わたし(ブッダ)であった。
 
食べ物を失わせた業の報いによって
 
長い間地獄に落ち、残業の報いによって
 
悟りを得た後も、乞食にでて空鉢でかえったのである。
 
 
(『根本説毘奈耶薬事』巻十八、『大正蔵』24,94頁下)
 
==================
 
たとえば、嫉妬の心が起きるとき、
 
他人のもっているものを損なってしまうことは、 
 
誰でも、ありそうなことです。
 
 
悟ったお釈迦さんにも、こんな過去があったのね。。。
 
ブッダ、ダメじゃん、
食べ物粗末にしたら。。おばあちゃんのセリフだ。
 
 
でも、悟り前は、ブッダでもこうなんだから
 
凡夫が、嫉妬するのも、仕方無いかしらね。
 
 
ということは
人のもっているものを羨んだり、嫉妬したりして、
 
その結果 
そこから、引き起こされる行為は、 
 
 
まあ、誰でも、同じようなものだと言えそうですよね。
 
 
 
ジャータカは、生き物がくりかえしくりかえし
 
行ってきたことを  
 
あらためて、

人々に印象づける大事な内容を含んでいますね。
 
 
 
ジャータカ読むとね、

わたしも、

人ごととは思えないことが多くて。。。
 
 
いや、お鉢はひっくり返したことはないです、ほんとです!
 
ほんとだってば!

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