哲学は、尊敬の念を基本とす

あっという間に、寒くなりました。
哲学の時間に、「怒り」について検討していました。
「ぼく、怒らないです」
「そうですか?!」
「そうです、怒ったことないっす」
と、話し始めたら
誰かが
「うそつけ!こいつ、入学のとき、
担任のせんせと、けんかしてました」
と、暴露されちゃいました。
あらま、ばれちゃって、罰が悪そうなその学生さん
「いや、せんせ、って、敬語使わなくちゃダメじゃないすか。
だから、苦手なんです」
「ああ、そうですか。。。でも、わたしには敬語じゃないですよね」
「いや、何をいうんですか!
ぼく、せんせに、敬語使ってるじゃないすか」
(あ、敬語だったんか、わかんなかったわ。。わはは)
「そういえば、せんせ、せんせも敬語ですよね、学生に」
と、意外そうな顔でたずねてきました。
お!きたな!チャーンス!
「そうです。敬語ですよ。
哲学では、学生と教師は対等ですから。」
「へぇ~。。。」
「学生、教師に関係なく、
相手の人に対する敬意や尊敬の念がなければ、
哲学はできないと思いますね。」
「みなさんの意見は、それぞれ尊重すべきものであって、
個性にあふれた貴重な意見なんですよ。}
「へぇ。。。そうなんすか」
「そうですよ。
教師が、学生より上だとなると
講義は、ただのお説教になっちゃいますから。。
それじゃ、哲学にならないですよ。。。」
「へぇ、そうなんですか。。。。
あ、せんせ、ぼくと無駄におしゃべりしてすみません。
貴重な授業時間をありがとうございました。」
おお、とつぜん、敬語だわ!!学生さん!
「いいえ、どういたしまして」
(これも、授業の中身に入ってるんですもの)
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そういえば、
自分の意見を述べる とか
相手の意見を聞く とか
いずれも、
互いに敬意をはらう関係にあってはじめて
成り立ちますね。
このとき、互いに対等の関係に立つんでしょうね。
人との意志の疎通は、
この、互いに尊敬の念をもつことから
生まれてくる
というのは、あんがい気がつかれていないかな。。。
今日の教訓。。。
哲学は、尊敬の念からはじまる
意外と大事な点かもね、コレ!
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