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2009年7月12日 - 2009年7月18日

2009/07/18

雑草は雑想する。。。

けっこう、危ない橋を渡っていることに

渡り終えてから気づいた管理人です。

やれやれ!なんとか、間にあった。。。


じつは、試験問題を作らなくてはならなかったのだった。。

んでもって

Wordで作るのよ。。。
 
 
よく考えたら、WordやExcelって、

ほとんどほとんど使ってないので、

どうやって使うのか、よくわかっていなかったのでした。
 
 
  
最近は、秀丸エディタと一太郎で生きてます。
 
 
一太郎は、Wordにも変換できるので、

これで作っておけば問題なかったのに

Wordで作ってみようと思ったのが、運の尽き。。。
 
 
もう、悪戦苦闘する。。。。
 
一晩、消耗して、けっきょく一太郎で作って

Wordに変換して、やっとさっき、大学に送りました。。。。。
 
ホントに、ぎりぎりだった。。。ごめんなさい。。
 


もぉ~~~、最初から、そうしなさい。。。002
 
 
 

  
 
 
さらに、プリンタも壊しました。
 
 
もぉ~~~!

紙がつまったので、ちょっと引っぱったら、

壊れちゃったみたいです。。。
 
ほんのちょっと!「エイっ!!」って、引っぱっただけなのに。。。
 
  
 
ショックで、そのまま放置してます。。もぉ~~~!
 
 

 
でも、いつも、ホントにありがたいのは

壊れるときが、夏休み、冬休みにかかるときなんですよ。
 
これが、講義のまっただ中だったら、
 
パニックで、絶命してる。。。

ついてる!

004 
  
 
 
 
 
 


って、思えるわたしは、雑草の人生だわね。。。

しかし、アカツメクサも、 
アップにすれば、
ちゃんとした花だねっ!
 
 
 
 
うふふ、アカツメクサのわたしは

ツメに火をともして、今日は、べんきょするからねっ!

ようやく、りゅうじゅだあぁ~~、うれしぃ~~ぞぉ~

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2009/07/14

スマナサーラ長老『原訳 スッタ・ニパータ 蛇の章』

001
 
 
 
 
 
熱が出るかと思って、ビクビクしてたけど
なんとか無事に

熱っぽい程度でおさまりました。
 
 

ここ数日

『ブッダの優しい論理学』を集中して

講義して、頭すっかり、パーリ仏典です!
  
 

 
この勢いで、

そうだ!

スマ長老さまの新著『スッタ・ニパータ』を買おう

と、
 
講義の帰りに

駅前の三省堂に立ち寄る。 
 
 
  
前から欲しいと思ってたけど、

どういうわけか

駅前の紀伊国屋では、どこにあるのか見あたらず

買いそびれていました。 
 
 
 
『スッタ・ニパータ』

天下に、名の知れたこの経典!

ブッダの直説の教えも含むのではないか、とも
言われたりする

古い古い古い経典です。 


多くの学者が、訳に取り組み
 
編纂の時期を探ろうと
 
いろいろな検討を続けています。
 
 
さて、そんな中で、パーリ経典を所依とする

テーラワーダ仏教では

この『スッタ・ニパータ』を、どのように読むんでしょうか。。。
 

 
興味津々です。
 
 
●しかも、著者は、スマ長老さま。。
 

智慧の長老は、どんな解説をしてくれるのでしょう。 
ただではすまない。。。という気がします。


●しかも、蛇の章です。


ここ、めっちゃムズイのです。
ま、他も、めっちゃムズイけどね。
 
 
修行の相当進んだ、
ほとんど悟りに達したような人の境地が
説かれているからです。 

 
●しかも、管理人は、中村先生の訳には
ちょっと疑問があるのです。 
(『ブッダのことば』岩波文庫、p.12)

 
第八偈~第十三偈にあることばです。 
 
ちょっと見てみましょう。

 
【第八偈】 中村訳

走っても疾(はや)過ぎることなく、
また、遅れることもなく、
すべてこの妄想をのり越えた修行者は、
この世とかの世をともに捨て去る。
―― 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
 
 
【第八偈】 スマ長老訳
 
行き過ぎることもなく止まることもなく
現象世界をすべて乗り越えている修行者は、
蛇が脱皮するように
この世とかの世をともに捨て去る。
 
※後退することもなく(?)(p.152の解説では) 
 

 
ああ、やっぱり。。。 
 


知りたかったのは、一行目の訳です。

「現象世界」はパパンチャですね。
ふつう、戯論(けろん)とか、妄想とか訳されたりしますが、
スマ長老さまのお好みでは、
「捏造」の訳語が与えられることも多いです。

何が「行き過ぎたり」「止まるのか」と言いますと

パパンチャ(妄想、データの捏造)が、「行き過ぎる」と
いうことだ、とあります。

「考え過ぎ」ということですね。
 
 
また、

ここでは「止まることなく」ですが
解説では「後退することなく」となっていますね。

ちょっと、ミスなのかな?

こちらの「後退することなく」が正しいのでしょうね。
 
 
これも、考えずに逃げることと説明されますね。
 
 
中村先生の訳では、ちょっとわかりにくくて、
どうもピンとこないと思っていましたが

すっきりしました。
 
 
ちょっと、わたし的には
================== 
パパンチャという、

思惟や言語の広がる妄想の世界を

行き過ぎたりもせず、もどったりすることもなく

修行者は、へびが脱皮をするように
 
この世とかの世をともに捨て去る
==================
という感じでしょうか。
 
 
空の世界が広がります。
行者の、寂静とした安らぎの境地が
イメージされてきます。
 
 
あと、138頁の「概念の実用性」という節は

非常に簡潔ながら、高度な内容です。

アビダルマの勝義がちょっとだけ語られています。

====================
「無常」とは真理です。しかし、「無常」という語は
施設(せせつ)です。           (p.138)
====================
 
深入りせずあっさり述べられていますが、
世俗の真理が、ちょろっと、語られています。

内容的に、むずかしいところです。

 
しかし、サラッと流して 
 
油断ならないわ。。。読みすごすかもね。。
 
 
哲学に入らないように、
それこそ、
パパンチャに行かないように、

長老さまは
気をつけていますね。。。ううむむ、巧みです!
 
しみ 
じみ、 
読みたい
経典です。 
 
欲や、
怒りや、
無知をはらって、
進む
修行者の姿が
胸に
せまります。
 
 

できることなら 
 
この蛇の章の、全訳を

最後にでも、一括して

あげておいてくれると

うれしいなぁ。。。
 
 
それと、

p.135あたりから出てくる

ノミナル(nominal)
エッセンシャル(essenntial)

は、日本語訳がほしいです。

ノミナルは、     「ただ名のみ」
エッセンシャルは、 「自性をもつ」

という感じでいいのかな?どうでしょうか、長老さま。

 
 
仏教の深みに

ズボッ~~~と

はまりたい方
 
 
蛇が皮を脱ぎ捨てるように
 
人間、

さっぱり脱ぎ捨てたい方

本書を、お勧めしておこう、っと。
 
 
 
この世とかの世をともに。。

捨てたいね。。。。。007
 

 
 

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2009/07/13

うなされると、龍樹

さて、日記書かなくちゃ。。

昨日と同じセリフです。
004
 
 
 
 
 
なんだか熱っぽかったので
地下鉄の中で、

瞑想というか、妄想というか

龍樹のことを考えていました。。。

ま、じつは、いっつも考えてるんですけど
 
 


龍樹作といわれている膨大な論書

『大智度論』は、

いろんな物語とかたとえ話とかを入れたせいか

ちょっと前まで、

論理的に甘い感じがするような気もしていました。 
 

 
しかし 
 
今回、『龍樹と、語れ!』を書いたときに

ずいぶん使って、

その論理性にあらためて感心してしまいました。
 
 

『方便心論』の研究をしていて、最初の頃

わからないところは

じつは

この『大智度論』がものすごくヒントになったのです。

いまだから、言える。。。隠された真相。。というほどでもないけど。
 
 
 
『方便心論』のネタは、『大智度論』を探ったら、

ほとんど出てくるのではないか、と思うくらい

感覚的にも、内容的にも、しっくりきます。 
 

 

たまたま内容的に合ったというものではなく

『方便心論』は、

『大智度論』のスートラ※かもしれない

という気もします。


(※ スートラとは、教義の内容を短い文句でまとめたもの。
覚えやすく簡潔な文になっている。)
 
 
 

こういう感覚、って、どういう風に説明したらいいんでしょうか。

学問的には、実証的に解説しなくちゃダメだから

『大智度論』の龍樹真撰を決定づけるのは

むずかしいのかもしれませんが、
 
しかし、

ここに説かれる内容は、どこを読んでも

龍樹そのものの発想です。
 
 
 

龍樹のたくさんの論書の内容が、縦横無尽に

引かれているのも、すごいことです。
 
でも、龍樹本人なら、すごくはないか、あたりまえだわね。
 
 
 
さらに、

『大智度論』は、禅定や行に関して、とても深い

内容をもっていますね。 
 
 
 

いまさらですが
 
どれだけの智慧をもった人だったんだろう
 
と、ちょっとめまいがしてきますわ、ほんと。  
 
 
 
 
じゅうぶん、わかっていたこととはいえ、

『大智度論』、たった数ページ読むだけで

あらためて、ため息が出てきますね。。。
 
 
 
 

それにしても、

わたしも、龍樹のすごさが、ようやく

だんだん、わかるようになってきた、っちゅうことですか。。
 
 
 
 
それにしても、

熱出てくると、うなされながら

龍樹を読みたくなるって、どういう精神構造なんだろう。。。
 
 
 
 

それにしても、

わたしの、目標は、涅槃でも解脱でもなく、

どれだけ、龍樹の智慧に密着取材できるか

ってことになってきたようで。。。

 
 
 
はめられたかも、ね、龍樹に。。

002

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2009/07/12

『ブッダの優しい論理学』をたずねて わたしの旅旅(たびたび)

日記、書かなくちゃ。。

昨日は、講義日数の加減で
補講をすることになって

虎の子の 貴重な休日を 仕事にとられてしまう。。。


あーん、ひどいよお。。いたいよお。。
講義の日数が足りないのは、
もともとなのにぃ。。。
 
 
と、グチは言わないのです。。。言ってるけど(汗)。。

ま、良かったのです。

なぜなら 

『ブッダの優しい論理学』2f72a1909fa0bc8a8b5e0210_lsmall

 
   


 
 
 

を使って講義をしているからです。
 
 
略して『ヤサ(優)ロン(論)』です。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて


今回は四人の方をお招きして、この『ヤサロン』について
語っていただくという、企画を立てました。

御四方、 
 
では、では、どうぞ! 

 
◆著者(わたし)のことば◆

この本は、

書くまでに10年くらいかかってるんですが
実際書いてる時間は3週間くらいという

とても変わった経歴の本です。

だから、
自分が書いたのかどうか
よくわかりません。
 
 
自分が書いたという感覚が
一つもないので、
読むと、
いつも新鮮です。はい。。。すんませんです。。
 
 
 
◆読者(わたし)のことば◆
 
なんか、後引き納豆みたいな本ですね。
 
あ、糸引き納豆でしたっけ。。ま、なんでもいいか。。

納豆もしつこく出てくる本ですよね。。。ねばねば、っとっ!

んで、ねばっ、ついつい、ずるずる読んでしまいます、ねばっ。
 
縁起マジック、っちゅうんでしょうか?

やめられない、とまらない感じで

ねばねば、読みながら、

これまた

ついつい、ねばねば、考えてしまいます。
 
 
★人生について
★この世界について
★ことばについて
★生きることについて
★優しさについて

ねば~~っ! 
 
 
 
001
 
           
 
 

 
 

◆評者(わたし)のことば◆
 
この本が言いたいことは

現在のわたくしの見解では

「さかしらにに生きるなよ」

ということと理解しております。。
 
はたして

著者の意図はいずこにあるのでありましょうか

ま。。。たぶん、何も考えていないであろうと
評者は思うのであります。。 
 
この本の著者は、空ですね、きっと。。。。。 。。。うむ 
 

◆大衆(わたし)のことば◆ 

論理は、なんか、どうでもいいんですけどぉ、

「優しい」って、

どんなことか、

ブッダは、

教えてくれたのかもしれない

って、
 
大衆代表としては、思うんですぅ。


 
以上、各界の四人の方に登場していただき

ご意見をお聞きしてみました。
 
レポート担当は、わたし(って、誰なの?)でした。
 
 


いやあぁ、それにしても 
全部、ひとりでやるって、
たいへんねぇ。。。。 by わたし(ほんと、誰なのよ?)

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