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2008年8月3日 - 2008年8月9日

2008/08/08

二人の龍樹って

ようやく、人間らしい生活になってきて
今年はじめて

’散輪’してきました。

散輪?聞いたことないなぁ。。なんじゃ?

散輪はね、散歩の自転車版よ。

管理人は、無駄がないのよ。。主婦のさだめ。。
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だから、
歩くと時間のかかるところは、
つい
自転車になっちゃうのだ。


おお、なんか
すばらしい風景ですねぇ。。
 
スイスなの?
フランスなの?
それとも
イギリス?

自転車でいけるところだからね。
スイスはちょっと無理。。
ま、
カナダかな、
ってわけないですね。。ははは。

サッポロの公園です。。。

しかし、写真て、すごいわ。
馬子にも衣装、ってか、
サッポロにも公園、ってか

わかりませんけど
美しいんじゃないでしょか?

カメラアングルが大事ね、オホン、
ま、プロとしちゃ。。(急に態度でかいぞ、管理人)

カラスの群れが、芝生に点在してないところを
ねらったのよ。
そういう気配りが、大事だと思うわ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ま、そういうわけで  (どういうわけで?)

さらに、この写真の前日のことですが、
図書館にも行って
調べ物もしてみました。

ううむ、なんとお!!
こんなものを見つけてしまった。。。

大正時代の論文ですよ!


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●1●寺本 婉雅「新竜樹伝の研究」『密教研究』14、1924

●2●栂尾 祥雲/羽渓 了諦/荻原 雲来/寺本 婉雅/森田 竜僊
「新竜樹に関する論叢」『密教研究』17、1925

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寺本氏が、龍樹に関して、新と旧の二人の龍樹がいる!と書いたのが
●1●の論文です。

古い龍樹は、顕教で有名な龍樹
新しい龍樹は、密教の祖としての龍樹で六世紀頃の人

しかし、大正末期には、

龍樹菩薩は、一人で、顕教と密教の両教の始祖となっていたので

これに対して、たちまちおこる争論

●2●の論文です。

もう、すごいありさまです。
コピーとったんですけど、とりながら、考えました。

こんなに誹謗中傷みたいな論文をコピーして
意味があるんでしょうか。。
いや
討論の歴史としては、意味があるかも、ね。。。

それに、なんて言いますか、
大正時代の人も、
論争するんですね。。(って、関係ないでしょ、時代は)

争いの根源はどこにあるかというと。。。。

やっぱり、
龍樹! きみ以外にはありえない!
どうして、きみは、そうなの。。

って、いうのも酷かなぁ。。ほんとは龍樹のせいではないんですけど、

龍樹が絡むと、必ず起こるわねぇ、争論が。


この争論のもとには

真言密教の初祖が、龍樹でなかったら困る
という気持ちがあるようだ。


時代がたってしまったので、
少し冷静になれるかな。。。どうかな。


じつはね

前回のブログで

龍樹が密教の始祖とされても、
わたしはおかしくないと思う

って、述べたんですが、

これには、いちおう、根拠があるんです。。
あんまり強力な根拠ではないし
文献的な根拠でもないんですけど。。。

=============
ちょっと、ここで、考察ですっ。
=============

この始祖問題といいますか、
二人龍樹問題といいますか、
この問題は

「どのような観点からとらえるか」

で、かなり変わってくると思うんです。

密教について

★1 思想的に整合性をもってどこまでさかのぼれるか

★2 歴史的に確実性をもってどこまでさかのぼれるか

このちがいを、ごちゃ混ぜにしながら、
争っているような気がするんですよ。

わたしは、★1の観点で、さかのぼれるだろう、と思っています。
ようするに
密教が、龍樹以来の思想的な伝統の上にある、というところは
思想を解明すれば出てくるので
言えるだろうと思います。

さらに、言い換えれば、
龍樹は、ブッダと直結するので
ブッダの教えの中から、密教も生まれてきてもよい!
ということです。

その点で、整合性をもって証明することができる

と、荒削りながら、思います。

空海さんも、そこのところで、
桁外れのものすごい苦労をしてることがわかります。

しかし

ここで、★2の観点を入れて見るならば
これは資料的に限界があるので、ううむ、厳しい。。。

どこまでさかのぼれるか。。というなら、今のところ、六世紀頃でしょうか?
どうなの?
わからん。

★2の観点でも、いろいろ探りは入れてるけど

はてしなく、謎がひろがりますわ。。。。。でも、

なんだか。。。ありそうな予感もする。。。。

いや、どうなの。。。。管理人は、五里霧中。。。。。


サッポロの公園のように

きれいに晴れ渡った仏教世界を見つけたい。。

またしても、尻すぼみな日記だ。


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2008/08/05

お勧め本! 生井智紹『密教・自心の探求』

月日のたつのは早いですねぇ。

もう5日だ。
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この一週間のあいだ、
「夏休みだ」って、いう気がしたのは、一瞬だった。。。

息子たちが帰ってきて、
慌ただしく、
また帰って行きました。

試験監督しにいって
その試験が
段ボールで届きました。

他にも試験が送られてきて

全部で、800枚の答案をつけることになりました。

死にものぐるいで
300枚ちょっと  祭典 おっと 採点   する。。。

「採点」を「祭典」なんていう字に
変換しないでよ、パソコン殿。
泣けるじゃないスカ。。

あとは、たったの500枚だいっ!

はぁ~~

なんて、湿っぽいため息は、いいっこなし。

まけるな、管理人、
希望が見えるぞ

なぜなら


久しぶりに、すばらしい本にめぐりあえたんですから。。。

ブッダや龍樹のものを読むと

時々、
脳みそがふつふつと煮えたぎる感じがするんですけど
今回、久方ぶりに、それがやってきました。

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生井智紹氏

『密教・自心の探求 『菩提心論』を読む』 大法輪閣
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あら、本が白いので、背景に溶けちゃった。

まぁ、いいわね。
とても、おもしろいんだから。。。って、どういう理屈だ、管理人。

いや、ほんとに、なんと言っていいかわかりませんけど

すばらしく、おもしろく、刺激的で、仏教理解が進む本です。

とくに、管理人の場合

密教、かつ、日本仏教、かつ、近代 という領域は

ほんとにわからないところなだけに

そこに通じる道を示してくれる

御著はいくら拝んでも拝みきれません<(_ _)><(_ _)><(_ _)>_(._.)_


弘法大師空海が、論として

真言密教の根幹に置いた

『菩提心論』!!

この書を読み解き
密教の心髄にせまらんとする

野心的な意欲作
渾身の書

といっても、いいのではないでしょうか。


空海さんを知りたいっ!
密教の教え、って、どんな構造?

って、
仏教好きのみなさまが、探していた本heart

そろそろ、出てもいいのじゃないか
もう少し詳しくて、そして、よくわかるもの

って、
わがまま読者が、待ち望んでた本heart

そんな本のような気がします。

少なくとも、わたしは、待ち望んでた!!!ほんとに!


取りあげられている

『菩提心論』は
龍猛(りゅうみょう)(=龍樹、ナーガールジュナ)作と伝えられる。。。。。

ほら!

もう、最初から、出てくるんですよ。

仏教界の問題児、われらが 龍樹(龍猛)  イェィ! scissors

とうぜんながら、
作者が龍樹かどうか、という問題は起こっています。

この文献学上の問題を、

「かの空海がとりあげた重要書」という観点で、

あっさりかわして

肝心の『菩提心論』に進んでいくのは、もっともです。
とりあえず、中身が知りたい、中身が大事なんですから。

~~~~~~~~~~~~~~~~

第一章では、 思想背景を語ります。

菩提(さとり)と、それを求める心について、
さらに、それをもつ人菩薩について、

ここを中心に

密教的な世界への導入が図られます。


大乗の「波羅蜜門」から別れて
密教的な「真言門」へと進んでいきます。


仏教列車 train は、ぐんぐんスピードを上げて

菩薩の十地
如来秘密
三密加持

密教の修行構造や原理を明らかにし、

いったん、自心(スヴァチッタ)という、途中の駅で小休止。
ここまで、第一節です。

~~~~~~~~~~~~~~
次は、むずかしいす。第二節。

仏教列車 train は、進みます。

は~たけもと~ぶとぶ、い~えもとぶぅ♪

空の理論も、とぶとぶ、唯識もとぶぅ

とばかりに

大乗中観・唯識の風景の中をスピードを上げて
進んでいきます。

まちがって、認識論のジャンクションに切りかえて

そっちに行かないようにね。って、警告が出ます。

あくまで、 金剛頂瑜伽 という修行のレールをはずしません。

それが、密教の心意気、って感じかな。

~~~~~~~~~~~~~~~~

こうして、『菩提心論』読解の第二章に入ります。

さて、さて、ここは、読者のみなさま

味わってください。ひたってください。潜ってください。

~~~~~~~~~~~~~~~~
第三章では、空海さんが、いかに『菩提心論』を
咀嚼し、活用したかが述べられますが

その中で、印象に残ったところを一つ。

生類の菩提心の変遷を十にまとめた
「十住心」は、空海さんの思想では有名です。

その中の、第十番目にあたる「第十住心」を述べるところで

空海さんは、『大日経』『菩提心論』に忠実であると述べ、

次のように、生井氏は語ります。

=============
顕教に対する場合とは異なって、
密教の意義を説く場合においては、
空海の意図は、
これほどまでに伝統に忠実なのである。(229頁)
==================

ここを読んで、弘法大師空海が、
並の人ではないことが
実感されました。

ブッダ以来の仏教の長い思想の変遷を
すべて飲み込んで

「その教えの顕現の仕方は千変万化
なのに
教えそのものは、不変である」

という、変化と不変 の二つの要因を
全身全霊で守り通す空海!

いかに華麗に舞うか、空海の舞をご覧じろ。。

名づけて、

即身成仏の舞ぃ~


うーん、脳みそがたぎりますね。

かれが、龍樹というなら
『菩提心論』は
龍樹なのだろう。。。。と、思わずにはいられません。

じっさいのところ、
密教の開祖が龍樹とされても
わたしは、別に驚かない です。

どっちかっていうと

密教の開祖じゃない、って、いわれると
驚きます。

一切智をえているのに、
種々の大乗経典に触れているのに、

『中論』だけで満足していたとは

「信じろ」という方に無理があります。

でも、学問的には、いろいろむずかしいところも
ありそうですが、それはそれですね。

ああ、話がそれたわ。
あぶない、あぶない、仏教列車が脱線しちゃう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、そうそう、第四章です。
ここは、資料編です。

ジュニャーナガルバ『瑜伽修習道』
カマラシーラ『入瑜伽修習』
ナーガールジュナ『菩提心註解』

和訳があります。ここもありがたいですね。
貴重なものをありがとう!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

力のこもった濃密な作品で

わたしの能力では

作品を伝えきれません。

とてもいい本です。

著者の心意気に喝采をおくります。

さいごは、
尻すぼみのご紹介ですみません。

管理人、

かんぜんに

本に負けてるのだった。。。転覆してます

 
 

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