寒い写真
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もう15日。
あれ、5日おきに日記を書いてるんですね。
規則正しい管理人です、こんばんは。
言うと思った?
思わず、口をついて出てくるんですよ。
また、怒濤の日々がはじまるなぁ。。。
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ブッダ論理学も、なじんだ言葉になってきました。
今年の暮れからまた、
『方便心論』をひっくり返しながら
ニヤーヤの方を見て、
あれこれ龍樹の周辺を探りはじめています。
あんなに謎だらけだった龍樹が
今では、かなり見えてきましたよ。
知れば知るほど
わたしは
龍樹とタイプが似てることに気がつく。
レベルはちがうが、タイプはいっしょ。
で
はっきり言えば、ブッダとはちがうタイプ。
聞きたいですか。
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ブッダ的性格 vs 龍樹的性格
==============
別に対決させなくてもいいんだけど、ね。
まぁ、はっきりしてるのは
倫理のブッダに、論理の龍樹 ですね。
これは、一般的な性格としては
どう分かれるでしょうか。
みなさまもどちらのタイプが考えてみましょう。
★倫理の人は、善いものを求めます★
なんせ、倫理ですからね。
そういう人は、どこに向かうかというと
苦行に向かうのです。
必ず、そうなってるみたいね。
ブッダも苦行に邁進しました。
で、瀕死になってあきらめました。
苦行より立ち上がったブッダは
瞑想に入り真理の世界をえました。
真理の世界の中でずっと静寂なる瞑想しつづけ
真理のことばを人々の上にふりそそぎました。
人々は、真理の世界の中で暮らしてた。。。いいなぁ
さて、それでは
★論理の人は、どうなるでしょう★
論理の人は、何たって真理を求めます。
言い方かえれば、真なるものを追求します。
そういう人は、どこに向かうかというと
快楽に向かうのです。
なぜかそうなってるみたいね。
龍樹も快楽の世界にはまりました。
で、命からがら逃げ出しました。
快楽より逃げだした龍樹は
仏塔に入り善なる世界を見ました。
善なる世界の中でずっと活動しつづけ
善なることばを人々にぶつけつづけました。
こんな感じかな。
「ぶつける」ってのが
ちょっと乱暴ですが、
活動を本来とする龍樹は、なかなか激しいのです。
また、「善なることば」ってのは?
論理を語ったんじゃないすか?
論理を求める人は、語ることばは、善いことになる。
論証の内容は、善に向かうことがらである。
これは、ちょっと、わたしもわかる。
どんなに、激しい議論をしていても
善に向かう意識があり、善を語る。
もし、善を語れないならば、
それは論理的にはならないことを知っている
ひたすら真理に向かいたいがゆえに
善を語らねばならない。
人々は善なる世界で活動した。
★まとめ★
ブッダタイプの人は、善なるものを求め
そのため、ずっと論理的な世界に生きた。
龍樹タイプの人は、真理を求め
そのため、ずっと善なる世界に生きた。
ブッダを追求する仏教は、苦行の系譜を引いている。
その性格は、静止的である。
龍樹を追求する仏教は、快楽の系譜を引いている。
その性格は、活動的である。
到達する境地は、一つでも
そこに至る道には、個性がある。
。。。って、言ってもさ、管理人!
二つしかないじゃん、個性!
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