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2008年3月9日 - 2008年3月15日

2008/03/11

たまたま論理学のすすめ

さて、もうお昼だけど

遅めのモーニングコーヒーでも飲みながら

いってみようかぁ!
 
034
 
 
 
 
 
 
 
さてっと、ゴータミー精舎日記の中で
 「ブッダと論理の微妙な関係・他」と題して、スマ長老さまの言葉があります。
 
http://gotami.txt-nifty.com/journal/2008/01/post_e4c4.html

真理と論理の関係や、龍樹についても、述べておられますが、それはパス。
この中で、今回取り上げるのは、ここです。

「ブッダの教えはたまたま厳密に論理的になってしまったのです」

さて、この意味は?

わたしは、このように解釈しました。
ブッダは論理学を作ろうとめざしたわけではない。
その意味では、たまたま論理的になっただけである。

このように解釈するなら

ブッダ論理学も、まったく同じである、といえます。

いつもいつも、ブッダ論理の姿をとるのではないのです。
この論理学は、ふつうは見えないのです。

たまたま論理的なブッダのおしえから出てきた論理学は、

たまたま論理学

という性格をもっているのです。
つまり、
いざというときだけ用いる非常用の道具なのです。

暗闇をてらすたいまつ
困ったときのへそくり
苦しいときの心の支え

難儀なときだけ、
姿を現し助けてくれるスーパーヒーローみたいなものかな。
ふだんは、ふつうの人なんだ。
ウルトラマンにたいするハヤタ隊員みたいにね。

難儀なときに、ブッダ論理学となって現れる。

じゃ、ふだんは、なんて言うの?
ハヤタ隊員のときは、ブッダ論理学には名前はないの?

あ、あるよ。。。ええっと、ええっとぉ。。。

「論理」というのは、ちょっとやさしく言うと
「道理」とも言われるよね。

だから、こっちがふつう、なの。
で、ふつうのときは、

ブッダどうり (道理)
ブッダどおり (通り)

という名前で、呼ばれて。。。ないけど、そう、呼ぼう。

いつ、ブッダ論理になるかと言うと

誰かが、
あなたに無理に意見を押しつけたり
あなたを苦しめるようなことを言ったり
あなたを悩ますようなことをしたりしたとき

この「ブッダどおり」は、
「ブッダ論理」に変身して
あなたに代わって
返信してくれる。

あなたは、こう言えばよい。

「わたしは、あなたの意見をとらない。
それは道理ではない」

苦しみを除くために
ただ否定したいとき
ブッダ論理学は現れる。

一方、

ほのぼの語り合っているとき
そこに流れているのは
ブッダのどうり。

誰も気がつかないけど
ちゃんと働いて
人々の心の流れを
スムーズにしてくれる。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

自己を主張して出しゃばることがないのが、ブッダどうり。
ただ相手の意見を否定するだけなのが、ブッダ論理学。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

こういう二つの要素を
うまく使うなら

苦しみはやってこないのさっ!
他人とぶつかることはないからね。
でしょ?

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