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2008/03/11

たまたま論理学のすすめ

さて、もうお昼だけど

遅めのモーニングコーヒーでも飲みながら

いってみようかぁ!
 
034
 
 
 
 
 
 
 
さてっと、ゴータミー精舎日記の中で
 「ブッダと論理の微妙な関係・他」と題して、スマ長老さまの言葉があります。
 
http://gotami.txt-nifty.com/journal/2008/01/post_e4c4.html

真理と論理の関係や、龍樹についても、述べておられますが、それはパス。
この中で、今回取り上げるのは、ここです。

「ブッダの教えはたまたま厳密に論理的になってしまったのです」

さて、この意味は?

わたしは、このように解釈しました。
ブッダは論理学を作ろうとめざしたわけではない。
その意味では、たまたま論理的になっただけである。

このように解釈するなら

ブッダ論理学も、まったく同じである、といえます。

いつもいつも、ブッダ論理の姿をとるのではないのです。
この論理学は、ふつうは見えないのです。

たまたま論理的なブッダのおしえから出てきた論理学は、

たまたま論理学

という性格をもっているのです。
つまり、
いざというときだけ用いる非常用の道具なのです。

暗闇をてらすたいまつ
困ったときのへそくり
苦しいときの心の支え

難儀なときだけ、
姿を現し助けてくれるスーパーヒーローみたいなものかな。
ふだんは、ふつうの人なんだ。
ウルトラマンにたいするハヤタ隊員みたいにね。

難儀なときに、ブッダ論理学となって現れる。

じゃ、ふだんは、なんて言うの?
ハヤタ隊員のときは、ブッダ論理学には名前はないの?

あ、あるよ。。。ええっと、ええっとぉ。。。

「論理」というのは、ちょっとやさしく言うと
「道理」とも言われるよね。

だから、こっちがふつう、なの。
で、ふつうのときは、

ブッダどうり (道理)
ブッダどおり (通り)

という名前で、呼ばれて。。。ないけど、そう、呼ぼう。

いつ、ブッダ論理になるかと言うと

誰かが、
あなたに無理に意見を押しつけたり
あなたを苦しめるようなことを言ったり
あなたを悩ますようなことをしたりしたとき

この「ブッダどおり」は、
「ブッダ論理」に変身して
あなたに代わって
返信してくれる。

あなたは、こう言えばよい。

「わたしは、あなたの意見をとらない。
それは道理ではない」

苦しみを除くために
ただ否定したいとき
ブッダ論理学は現れる。

一方、

ほのぼの語り合っているとき
そこに流れているのは
ブッダのどうり。

誰も気がつかないけど
ちゃんと働いて
人々の心の流れを
スムーズにしてくれる。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

自己を主張して出しゃばることがないのが、ブッダどうり。
ただ相手の意見を否定するだけなのが、ブッダ論理学。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

こういう二つの要素を
うまく使うなら

苦しみはやってこないのさっ!
他人とぶつかることはないからね。
でしょ?

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コメント

春間さま

> それなら、同じと思い(思うようにし)ます

これまた、ストレートなお答えで。。。(笑)
主張をもたないブッダの立場ですね。。むむ、お答えが広くて深いですね。

> “主張をもたないブッダの立場”は、
> 真理の固定されない真理の世界ですから
> ブッダ(阿羅漢)以外には、
> 固定化された真理のみ伝わるわけです

なるほど。
同じようでもあり、ちがうようでもあり。。
leo は cancer から riceball をもらいました。さるかに合戦にしてみました。

投稿 管理人エム | 2008/03/16 19:22

Xマスには xmas と snow を作って birthday を食べます

>「どのような主張も承認しない」という自説すら承認しない、
>というのは、主張をもたないブッダの立場、そのまま

南伝大蔵経 10巻 中部経典 74 長爪経(ディーガナカ・スッタンタ)
舎利弗の叔父  ディーガナカ 長爪(ちょうそう)梵志
 四弁第一 (大智度論)


それなら、同じと思い(思うようにし)ます
( 節操がない ! )

同じで構わないと思います
その僧も、盤珪に深く帰依しているはずです
(真理にではありません)

南伝の世界は、まさに理詰めの世界です
大乗では、飲み干しても、
杯の中は、満たされたままで構いません
心の世界(仏世界)の出来事なのです

“主張をもたないブッダの立場”は、
真理の固定されない真理の世界ですから
ブッダ(阿羅漢)以外には、
固定化された真理のみ伝わるわけです
(縁起の法を理解しなければ、真理は一つではありません)
(縁起の法を知るものは、真理は一つしか存在しないと知ります)
(このことの、反対のことも、真理として成り立ちます)

このように、思います


投稿 春間 則廣 | 2008/03/16 18:56

春間さま

> ならない と思います

ストレートなお答えで(笑)。。。ずっと考えていたのですが、やっぱり同じではないかと思えてしかたがないです。

僧は、けっきょく盤珪のいうとおりにしてしまっていたんですよね。

この長爪のバラモンも、けっきょくブッダのいうところと同じになってしまっているんじゃないかと思うんですよ。

「どのような主張も承認しない」という自説すら承認しない、というのは、主張をもたないブッダの立場、そのままではないでしょうか。

で、長爪のバラモンは、ブッダの弟子になってしまうんです。。。なんか同じに見えるんですが。。どうでしょうか。

投稿 管理人エム | 2008/03/16 11:43

ならない と思います
杯は、(飲まずに)返された、ということでしょう

盤珪の有名な逸話があります
ある僧が、盤珪の説教所にきた

(盤珪をやり込めようと、、、)
後ろのほうから、盤珪に言った

僧「皆は、あんたの言うことを聞くだろうが、わしは聞かんぞ」
盤珪「そこでは話が遠いから、もうちょっと前へ来て」
僧は、少し前へ寄った
盤珪「もう少し前へ」
僧は、前へ出てきた
盤珪「よく言うことを聞いているではないか」

不生を唱える盤珪は、
しゃべり過ぎる嫌いがあるかも、、、、、
(盤珪禅は、直ぐに廃れたのです)
(こんなに分り易いのに、、、、、)
(盤珪の温もりが無いと、伝わらないのです)

般若の世界では、虚妄は自らに返るのみです
(たとえ相手が、それを受け取ったにしても です)

慈悲の世界(如来の慈悲のこの娑婆)では、
虚妄が、悟りに、即(即時ではありません)、変わります
即身成仏が可能です
(娑婆での体を持ったまま、成仏ということです)
(煩悩即菩提ということです)

この理もブッダの諦めた縁起に拠るのですが
如来は、(アルカイックスマイルで)
暖かくそれを受け止めています

投稿 春間 則廣 | 2008/03/13 21:19

春間さま

> (大乗では、仏陀は、それを食べてしまい昇華します)

。。。。もしかして、パーリ語仏典にも、ブッダが飲み込んだ例もあるかもしれません。

ほら、長爪のバラモンという論師が、「わたしはどんな見解も承認しない」といい、ブッダに、自分のいう「…承認しない」という見解も承認しないかと尋ねられて、進退窮まったバラモンが「そうだ」と答えると、ブッダは、それを承認して飲み込んだんですよね。

これは、飲み込んで昇華した例にならないでしょうか。

投稿 管理人エム | 2008/03/13 15:05

管理人 エム 様

虚妄は二乗に比例して強くなります
(一乗は法華経の立場です)

出された限りは、それは存在します

(毒かもしれないけれど、ブッダは、代わりにそれを食さず)
出したものが食べることになるだけです
(大乗では、仏陀は、それを食べてしまい昇華します)

パーリ三蔵では、食べないことが、
(大乗の仏陀の)食べる事と同じです

後に、二乗の虚妄が自らに更なる苦として認識され、
その、“苦(痛み)”により、
それを、食べさせようとした人が、
理解せざるを得なくなるのです
(それは、長い輪廻の後になるや も 知れません)

投稿 春間 則廣 | 2008/03/13 10:28

無宗ださま あわにさくさま あるくさま

ことばの使い方には気をつけなくちゃなりませんね。
こういう微妙なところだと、用心深く表現した方がいいですね。
「たまたま」は「ときたま」とするともっとよいかも、と思いはじめました。
「美しき誤解」と言ってくださって、やさしいなぁ。そのことばに甘えて、改良してみます。わたしの文章のところは「ときたま論理学」にしてみます。

「否定」も、きましたね。。ちょっと、ひっかかりますね、たしかに。わたしも、「うーん、ちょっとちがうなぁ」という感じはしました。

でも、全部「虚妄」とすると、虚無主義のようにも見えます。やっぱり、言い表せないけどなにかはもっているわけですから。

あわにさくさまの調べてくださった、「打ち消すこと」「いつわりとすること(虚妄法)」も、あってるみたいですし。。。
弁証法の説明も、いい!
でも、「否定」ということばは、ちょっと「強い・きつい」ですね。

で、
「否定」は。。「受けとらない」としてみます。いい表現が思いつかないです。

悪口雑言をブッダにあびせたバラモンに、ブッダは、出したごちそうを食べずに客が帰るならそのごちそうは家の者が食べるという喩えを持ち出して、悪口雑言は「受けとらないので、自分が受けとるとよい」と述べました。この経典にならってみます。

「自分はそれを受けとらない」という意志の表明は、勇気をもって行うべし、ということで、どうでしょうか。

投稿 管理人エム | 2008/03/13 10:09

無宗ださま こんにちは

ヤフー辞書の『大辞林』で【否定】を引きますと、
【[1]そうでないと打ち消すこと。いつわりであるとすること。[2]〔専門〕 論 提示された命題を偽であるとすること。また、弁証法においては、否定はあらゆる発展にみられる媒介とされる。[3]命題「 p である」に対して命題「 p でない」をもとの命題の否定という。[4]「打ち消し[2] 」に同じ。⇔肯定 〔補説〕 negative の訳語】
とありました。

無宗ださまのご見解にも、大いなる理があるものと存じます。

投稿 あわにさく | 2008/03/13 08:57

> ただ相手の意見を否定するだけなのが、ブッダ論理学。

そうではない。
私は否定などはしない。
もともと、否定すべき意見などはないのだから。

私は、その意見の根拠も喩例も虚妄であることを示しているに過ぎない。

投稿 無宗だ | 2008/03/13 00:28

あるくさま こんにちは

一応おことわりしておきますが、あわにさくのコメントはエムさまの解釈に対するものです。スマナサーラ氏のご発言は顧慮しておりません。なお、スマナサーラ氏の当該質疑応答に係る音声は聴いておりません。

「美しき誤解」ということばがありますが、エム様の解釈は、誤解かも知れないけれども、美しい。と、あわにさくは捉えます。

投稿 あわにさく | 2008/03/12 18:06

あるくさま

> 「たまたま」と言うのは「偶然」と同義です。たまたまではなく、「当然」の結果です・・・と言ってみる。

おっしゃることもよくわかります。でも、「たまたま」を「偶然」ととると、長老さまのブログの最後のことば

「しっかり物事を知り尽くして語ると、論理的になるのです。ですから仏教は論理的です。」

と、あわなくなっちゃうんですよ。
これですと、あるくさまのおっしゃるように「当然論理的になります」といわなければならないでしょう。。そうですよね。
それに、「緻密な思考方法を持たずに、仏陀の思惟はなりたたない」というのも、その通りであると思うんです。ここは否定できない。。。

だから「現代では、たまたま、論理的といわれるような『姿』になった」と理解してみたんです。
いつも論理学の姿をとるわけではない、という意味なら、いいかな、と思いました。

むずかしいですね。長老さまも、悩んで答えてたかも。

投稿 管理人エム | 2008/03/12 18:01

緻密な思考方法を持たずに、仏陀の思惟はなりたたない。成り立ちっこない。

「たまたま」と言うのは「偶然」と同義です。たまたまではなく、「当然」の結果です・・・と言ってみる。

長老様だって、間違うことはある。それを咎めだてはしない。私だってしょっちゅう間違う。ただ、長老様の言葉としては?と思っただけです。

投稿 あるく | 2008/03/12 17:30

エムさま

しかし、余談ですが、「ブッダ道理(通り)・衆善奉行は、おおみかみ(大御神)がにきみたま(和御魂)がきよめ(清め、浄め)。ブッダ論理・諸悪莫作は、おおみかみがあらみたま(荒御魂)がはらひ(祓ひ)。」という説がありますけれども(どこに?)、あやし。

投稿 あわにさく | 2008/03/12 11:00

> 自己を主張して出しゃばることがないのが、ブッダどうり。
> ただ相手の意見を否定するだけなのが、ブッダ論理学。

「自己」と申しますと、宮元啓一著『インド人の考えたこと』
の「第十四講 自己」で、「自己主張」という慣用語にも違和
感を持ついまのあわにさくではありますが、それはともかく、
満足のゴロニャン顔、幸いと存じます。

投稿 あわにさく | 2008/03/12 09:22

あわにさくさま

少しわかりにくいかな、と思って、最後の方、改良してみました。

> 「ブッダ道理(通り)で衆善奉行、ブッダ論理で諸悪莫作」

おお、おお、今度はわかる!わかります、わたしでも。catface満足のゴロニャン顔です。

投稿 管理人エム | 2008/03/11 20:26

「ブッダ道理(通り)で衆善奉行、ブッダ論理で諸悪莫作」か。(←思いつきで、わかったようなことを記してみました。)

投稿 あわにさく | 2008/03/11 19:56

あわにさくさま

> 適う方が自ら生じ、適わない方が自ら滅す

うーむ、もっとも。。。らしい。。。深淵すぎて、よくわかってない管理人ですcoldsweats01。。。。

投稿 管理人エム | 2008/03/11 16:29

「適う方が自ら生じ、適わない方が自ら滅す」か。(←とりあえず、もっともらしいこと記してみました。)

投稿 あわにさく | 2008/03/11 13:07

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