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2008/01/26

ブッダが語ったわたしによって語られない法

雪は降ります。
降るものです。
アイスまんじゅう型。
003
 
 
 
 
 

 
ナナカマドの赤い実にも雪の山。 
005

  
 
 
 
 
いつもよりずっと雪が少なかったのに
一気に降って
けっきょく例年通り。

ま、そんなもんです、世の中。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて、本日、朝カルで

『箭喩経(せんゆきょう)』を、じっくりお話ししてきました。
どうなることかと思いましたが

なんとお
ぴったり1時間半
しゃべりまくって

うまく、全部終えることができました。

こんなにきれいに
ぴたっと
話が決まったのは

はじめてだ。

いつも、全部話が終わらないんです。

ちょっと少なめに見積もったのがよかったのかな。

いわゆる 十難無記 という十の形而上学説も
けっこうしっかり説明できたし、

論争好きの若いマールンキヤプッタが
ブッダとの問答の中で
ブッダの貫禄ある語りに
圧倒されてくの様子も
浮き彫りになった。

毒矢の喩えも
じっくりと検討できたし

ブッダ論理学の
語りの語順の話も
展開できた。

いっつも、こうだといいな。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

仏教は、ええですな。。。
なんか、最近、何を言っても

仏教思想になってきちゃった。

こういうこと言っていいのかどうかわからないけど

あらゆる哲学の中で

わたしのわかるものは
ブッダと龍樹だけだ。

この二人のことなら
自分は
「わかる」
といっても
嘘つきにならない、と思う。

ブッダと龍樹の言うことは
シンプルなのだ。
だから、わたしが、わかるのです。

二人を理解するコツは

================
Ⅱ  言ってることしか言ってない  Ⅱ
================

ということに、気づくことのような気がする。

ただ、言ってることだけを言っていて
中身、それしかない。

だからこそ、いろんなところに応用できるんじゃないだろうか。

ブッダがマールンキヤに言った言葉:

「それだから、マールンクヤプッタよ、
わたしによって語られなかったことは、
語られなかったものと憶持しなさい。
そして、
語られたものは、語られたものと憶持しなさい」

語られない教えである十難無記の説も
語られないものとして、覚えておくんだよ。

これが、ブッダが語った
「わたしによって語られない法」
という教えなのです。

言ったことは言っただけのこと。

おもしろいヤツだよ、お釈迦さん、ってさ。

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コメント

>画像です。
>少し、これで和みます

ネッ !

自分でも感じるでしょッ !


いっぺんに、全部が和らぐのです


菩薩だけに届く言葉があります

(貴方は、聞こえるはずです)

(貴方 って、彼方の「人の」ことですよ ! )


(聞くことと、届くことは、同じだろうか、、、)

投稿 春間 則廣 | 2008/02/03 10:17

> 相手が「持っていない」と言っているのに、
> 「持っているはずだ」といったりする人。
> 実際に持っているのに、「持っていない」という人。
> そんな人の存在する世の中。

じっさい、そんな人「ばかり」。。と、つい言いたくなるそんな世の中。

そういうところにいるのが、苦しみなんですよね。

そうとわかれば、解決もできるかもしれません。。。むずかしいけど。

投稿 管理人エム | 2008/01/27 15:43

そうですね。

相手が「持っていない」と言っているのに、「持っているはずだ」といったりする人。
実際に持っているのに、「持っていない」という人。
そんな人の存在する世の中。

人の言うことが、そのまま、信じれない。
終いには、自分の言うことすら信じれない。
そんな人生。

涅槃からはかけ離れていますね。

投稿 無宗だ | 2008/01/27 06:58

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