不活の畏れ?何それ?
新年あけましておめでとうございます。
穏やかに年が明けた管理人です。
よかったです。こんな感じです。
さて、のんびりしてないで、管理人!
さっさといってみようかぁ~、ほらさ!
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「哲学はどこにあるのか」(マジカル広場、横井さま[1041]より)
=======================
[1042]の続き
「多くの人は、生活のために学問をする」と書きました。
そうでない人は、名誉のために学問をする。
そうでない人は、権威のために学問をする。
これらは、およそ皆同じです。
生活のために学問をしていると、
どうしても、学問的には
その人自身の内面と直結しない。
その人の「生活」と直結してしまう。
そこで
そのみすぼらしさを隠すために
名誉 とか 権威 とか
求めざるをえなくなる。
仕方ないす。。。
名誉と権威が手にはいると
失うのがこわくて何も言えなくなる。
仕方ないす。。。
これらは、必然的な結末です。
===
こんな生き方が嫌な人は
どんな生き方をするのでしょうか。
「学問のために、生活する」を選ぶのです。
”学問さま”に、自分の身をくれてやるのです。
粗末なものですが、お使いください。
学問さま:うーん、ホントに粗末だな。。仕方ない。。ないよりまし
わたし:そんなぁ、これでもせいいっぱいですのに、とほほ。
学問さま:もうちょっと、真剣に 真理、っちゅうもんを求められんかね。
わたし:能力の限界ですけど。。。
学問さま:ちっ!この程度で音を上げるんじゃ、いらねぇな。
わたし:そ、そんなぁ(言葉遣い悪くないすか)、もっとがんばりますです
このようにして、どんどん身をささげていくのですが
そのうち、主客逆転といいますか、
おもしろいことが起こってくるのです。
生活は、学問のためです。
が、
学問が、生活させてくれるのです。
生きるは、学問のためです。
が、
学問が、生かしてくれるのです。
わたしは、”学問さま”の言葉を語ります。
学問の言葉は、身をささげて得た報酬です。
それは、わたしを生かしてくれて、
生き生きとさせてくれます。
その言葉には、嘘はなく
学問の言葉であり
生きてるわたしの言葉です。
生きてるわたしの言葉となってしまえば
こちらのもの。
もはや、生活のために生きて
何を語ってもみじめだった昔とはちがいます。
何を語っても
学問の言葉であり、わたしの言葉です。
たとえ、自分の貧相な生活を語っても
真理の言葉になる!
めざせ、ここまで。真理の道を。
======================
多少、脚色していますが、ほぼ本音です。
わたしは、非常勤で働いています。
ま、生活のためですね。
大きな声では言えませんが、
この悪名高いシステムは、
わたしにとっては
そんなに悪くないのです。
真理勝負に使えるシステムなのです。
まぁ、いつ首になるかわからないので
その分、思いっきり
自分の真理を語れる
という強みがあるのです。
?
なんか変ですか。
いつ首になるかわからなかったら
真理を語れないんじゃないすか?
ちゃう、ちゃう。
そんなことしたら、首になっちゃうの。
それは、名誉や権威による人の発想です。
真理を語っているうちは、首にならない!のです。
嘘だ
って、思ったら
やってみてちょ。。。。ってのは、むごいかな。
====================
では、『十住毘婆沙論』より、ちょびっと引用。
問うて曰く、菩薩は何故に初地に住すれば「不活の畏れ」無きや。
大威徳の故に、能く堪受する故に、大智慧の故に、止足を知る故に。
……
有智の人は少しく方便を設けて能く自活を得る。
…不活の畏れ有るべからず。
【飜訳コンニャクぅ】
(初地(最初の段階)になれば、どうして、
『生活できないかも』というおそれが無くなるのですか。)
(とても威徳があるから、能く耐えるから、すんごい智慧があるから、なくても満足するから)
……
(智慧のある人は、ちょっと手段をつくって自活の道を開くのです)
…(生活できないかも、というおそれは有るはずない。)
=======================
だからね、まぁ、大丈夫でしょ。
(うーん、管理人、智慧って、智慧ってところが。。。心配よ)
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コメント
よし、つっぱしろ〜!
で、僕はそろそろ自分の持ち場に戻ります。
ブログ読者のみなさん
お正月の管理人さんを独占しちゃってすみません。
皆さんの今年一年がよい年になりますよう…。
投稿 宮本浩樹 | 2008/01/04 13:14
> えっと、括弧のなかの言葉は心のつぶやきだから引用も返信も無用なんだけど…。
え?あ、すんません。
これにも、返信つけなくていいかな。
勢いです、いきおい!今年も、つっぱしれぇ~~
投稿 管理人その名はエム道子 | 2008/01/04 08:33
えっと、括弧のなかの言葉は心のつぶやきだから引用も返信も無用なんだけど…。
君を愛してる事に違いは無いから。いいさ…。
道子…。
投稿 宮本浩樹 | 2008/01/04 01:04
聖書や仏典には、飜訳コンニャクゥは効かないようにできあがってるらしい。心に鍵をかけた人たちには、飜訳できない世界。
> ビッグイシューと同じで、変な検閲がかからないらしくて、いくらでも深読みできる社会批判らしきものにお目にかかれることがあるんだ。
ここにも飜訳コンニャクゥの効かない世界があるんですね。
ドラえもんと仮面ライダーは必見だったのか、惜しいことをしたなぁ。
> やっぱり、どっかに居るんだよ。
> 真剣にやってれば。
> わかってくれるひとが…。
> うれしいもんだよな、これって。
心に鍵がかかっていない人ですね、わかってくれるのは。
> 誰にもわかってもらえないかもしれないぎりぎりのとこへ投げたボールを拾って投げ返してもらえるっての。
心のキャッチボールだ。
> 今年も絶妙の玉とクソボールを織り交ぜて返球するからよろしく。
> (愛してるさ…、道子。)
よっしゃー!!
投稿 管理人は道子 | 2008/01/03 20:05
何万年か振りに地球に接近する魔界星の悪魔を封印する為の古文書を解読する場面で重要な役割を果たすんだな、翻訳こんにゃくぅが…。
子供向けアニメのTVシリーズ本編ではあまり泣けないけど、年間一本の映画では制作者の良心が炸裂するっていうか、ビッグイシューと同じで、変な検閲がかからないらしくて、いくらでも深読みできる社会批判らしきものにお目にかかれることがあるんだ。
去年のドラえもんもそうだったし三年前の仮面ライダーはよくレンタル屋に並んでるなっていうくらいのぎりぎりの出来なんだ。
それもこれも、愛も意味も、感受してくれる人がいなけりゃただ単に無意味なんだけど…。
やっぱり、どっかに居るんだよ。
真剣にやってれば。
わかってくれるひとが…。
うれしいもんだよな、これって。
誰にもわかってもらえないかもしれないぎりぎりのとこへ投げたボールを拾って投げ返してもらえるっての。
今年も絶妙の玉とクソボールを織り交ぜて返球するからよろしく。
(愛してるさ…、道子。)
投稿 | 2008/01/03 18:42
> 名前、記入漏れしました。(0点だな…。)
名前がなくても、わかっちゃう。文章が名前です。。きまった。
飜訳コンニャクゥ~は、夢の開発商品ですね。
息子は大学生になったら、ドラえもん、卒業したみたいで、ビデオとっておいてくれと言わなくなりました。泣けるんですか。。
だけど、第二外国語の試験のたびに、はやく飜訳コンニャクゥ~開発されないかな、と言うところ、母は問題感じるのだった。。。
投稿 管理人エム | 2008/01/03 12:21
名前、記入漏れしました。(0点だな…。)
>すばらしい。。。
よかった、今年はいい年になりそう。
でもこの「飜訳コンニャクぅ」がドラえもんの道具だってみんなわかるのかな?
('07 「新魔界大冒険」を昨日ビデオで観てぼろぼろ泣きました…。)
投稿 宮本浩樹 | 2008/01/03 10:41
> 愛だとか意味だとかの不在、欠乏ってことならそれには耐えられそうに無い。
チェック、チェック。。。
『十住毘婆沙論』「地相品第三」の最初にこうあります。
菩薩は初地に在りて 能く堪受(かんじゅ)する所多し
訴訟を好まず 其の心に喜、悦多し
常に清浄を楽(ねが)い 悲心にて衆生を愍す
瞋恚心あることなく 多くのこの七事を行ず
「清浄を楽い」というところ、「一切の仏法にことごとく皆心に信清浄なるなり」と説明されているから、
ここが「意味」にあたる!と思います。
んで、
「悲心にて衆生を愍す」が、「愛」ですよね。
菩薩は、愛と意味によって豊かだといえると思います。
!ちゃんと書いてあった!
宮本さま、仏典をそのまま語ってますね。すばらしい。。。
投稿 管理人エム | 2008/01/03 10:22
「能く耐え、なくても満足する」
のが物質的欠乏だとかお金の不足だとかの事ならいくらでも「耐え、…する」んだけど、これが、愛だとか意味だとかの不在、欠乏ってことならそれには耐えられそうに無い。
俺たちは愛と意味によって豊かなんだから…。
(で、いいかな? だめかな?)
投稿 | 2008/01/02 17:51
宮本浩樹さま
> いいなあ…、いい。
> その通りっ!!
お!ありがとうございます。
菩薩が、不活のおそれがない理由ですけど
> 大威徳の故に、能く堪受する故に、大智慧の故に、止足を知る故に。
このうち、1番目と3番目だったら、けっこう自活の道が豊かに広がるんですけど、2番と4番だけだったら。。。って、いうのは考えないようにします。。。微妙なコツです、たはっ。
投稿 管理人エム | 2008/01/02 14:53
いいなあ…、いい。
その通りっ!!
(宮本浩樹は去年限りでやめようと思ってたんだけど、なかなかやめられそうも無いな…。)
投稿 宮本浩樹 | 2008/01/02 13:43