学者だって、いいとこあるさ
雪の日の朝は、いろいろたいへん。
急がなくちゃ、ならないけど
ぱちり!
雪がきれいなうちに撮っておこう。
さて、そろそろかなって思うから
この話題を。
何がそろそろだって?
『ブッダと龍樹の論理学』の評判について
何か言ってもいいかな、って思うのです。
で?
評判は?
ない。。。。
ほとんどない。
だったら、言うことないじゃん。
まぁ、そうなんだけど
じつは!
一つ反応をいただきましたので
ここで、喜んで
ご報告します。
いただきました、★。。。。いくつかな?
よくわからないけど、
御批評いただいた人は、
なんと
プラトン・アリストテレスの研究者の方で
キリスト教の信仰をもっている方です。
その方が、
即座に
何の抵抗もなく
「論理学書ですね」
と言ったのを聞いて
胸が躍りました。
「自分の思索を自分の言葉で
書く人は少ない」
「真理を求めるのが
学者の使命だ」
という文句に熱くなりました。
久方ぶりにねむっていた学者魂がよみがえる。
あらゆる偏見と
あらゆる先入見と
あらゆる我見を
離れて
何が書いてある本かを
理解してくれた
と思いました。
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学者というのは
なんだかんだ言ったって
智に対して
あらがえない人種である。
真理に対する
畏敬の念が
どうしてもでてしまう人種である。
これは否定できない。
学者って、ほんとうはハートなんだよ。
カビの生えた化石人間じゃないんだ。
猿の惑星から来た宇宙人じゃないんだ。
むずかしいことつぶやく堅物じゃないんだ。
そして、仏教では
なんて言われているか知ってる?
学者のいたる最高の境地を
正等覚者
って言うんだよ。
龍樹は、そういわれてる。
チベット語の文献の中で。
学者って、ホンモノは、求道者なのさ。
ホンモノは、だけど、ね。
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