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2007年5月20日 - 2007年5月26日

2007/05/25

ブッダの門より入れ!龍樹本のご紹介

たぶんみなさまには、いろいろご迷惑を
おかけしているかもしれません。

つい先走ってしまって、
どんどん勝手に進んでしまってすみません。

さて、この辺で、我にかえったところで
わたしの得たものを
少し出してみようかと思います。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ブッダの法を、受けつぐものたちは数多くいましたが、
それらの人々は、みずからの個性と能力にあわせて
得た法をさまざまに展開して説きました。

その中で、もっともブッダの法の根幹にせまったのは、
やはり
なんと言っても 龍樹だろうと思います。

龍樹以降の人で、龍樹に影響を受けなかったという人は
まずいないでしょう。
仏教徒ばかりでなく、他学派にも強い影響をあたえました。
龍樹以後、インド思想は、数段レベルアップしたと言えるのではないでしょうか。

わたしの検討したところ、
龍樹は、ブッダの法を、ほぼまるごと受けついでいます。
それを用途に応じて
自由自在、変幻自在に活用しています。

たとえば、論法。

ブッダは、論法をみずからの語りの中にひそめて、表向きは説きませんでしたが、
随所に論理の道筋や論法の痕跡を示しております。

これらをすべて集めて整理し、その論法の体系を明らかにしたのが
龍樹の『方便心論』です。
これは世俗諦の論理が中心になっています。

これと同時に、比丘たちがもつべき論法をも整理したのが
『中論』なのです。
これは第一義諦の論理が主体です。

『方便心論』と『中論』
この二つが、ブッダの思想体系の論理を示すのです。
それは、ブッダの論理世界であり、
仏教の教えに従う人々がすむ世界です。

しかし、これで、ブッダの論理世界はおわりません。
これでおわるなら、他の宗教とそれほど変わりません。
(といっても、これだけでも、他の宗教思想をはるかに超える内容なのですが。)

自分の教えだけが正しいとする一般の宗教思想と同じになってしまいます。

ブッダの論理のたぐいまれなところは、
ブッダの思想の外にもその論理が適用されるという点なのです。

ブッダ論理
それは、「縁起の理法(因果関係)」 です。

他者が、原因として働きかけるなら
ブッダは、その結果、かならず応えるのです。

ブッダの教えに従わず、頑強な抵抗を示す人々と
ブッダは語り合う論理(弁証法)をもっているのです。

彼らと語り合うための論法の書はあるのでしょうか?
さっきの世俗諦の論理学『方便心論』で間に合うのでしょうか?

いえ、『方便心論』だけではダメです。
限界があるのです。

では、『中論』も使えば?
そうですね。それなら、多くの人を仏教に取り込めるでしょう。
でも、全員には効きません。

最後の論理の難関があって、原理的に不可能を示す欠陥があるのです。
それは、20世紀、ゲーデルが不完全性定理として発表したものです。
この論理の限界を示す定理は、ブッダの体系にもとうぜん適用されます。

ブッダも人の子、かれの体系だけが例外というわけにはいきません。
ブッダは、ゲーデルを乗りこえているのでしょうか?

西洋論理学の方からも、すでにわたしは指摘されました。
「ブッダが論理学を体系づけているのなら、
ゲーデル問題はどうなっているのか」と。

この点に、対応しているのが、
何を隠そう
龍樹の『廻諍論』です。

ブッダの思想体系の論理的な限界を示しながら、
しかも、なおかつ
ゲーデルを乗りこえる道も示しました。

それが、やはり、縁起の弁証法 なのです。
たいへん巧みに効いてくる必殺技です。

論敵が何か言えば、
(相手に縁って起こる、という)縁起は成り立ってしまうので
ブッダの法は、安泰です。

論敵が何も言わないなら、縁起は成り立ちませんが、
でも、そうなら何ごともなく
ブッダの法は、体系の内で安泰なのです。

ブッダの法は、けっして否定されないようにできているのです。

『方便心論』『中論』『廻諍論』
これらは
龍樹の論法の三部作なのです。

このような内容のことを

『ブッダと龍樹の論理学』で
ややこしくややこしく書いております。

では
目次をご紹介します。

@@@@@@@@@@@@@@@@

ブッダと龍樹の論理学 縁起と中道
                           石飛道子

はじめに

序論
ブッダ論理学の話からはじめよう / ブッダ論理学は、幸せのための論理学 / 西洋と東洋の互いの理解のために / ブッダ論理学が語りうるもの / ブッダ論理学の完成 / 龍樹論法の理解のために

第一章 ブッダ論理学の基礎

世俗諦の論理学 縁起・四聖諦

一切智者としてのブッダと龍樹 / 西洋論理学の基本構造 / 真理表 / 西洋論理学の特徴 / ブッダ論理学の基礎固め / はじめに言葉ありき / 【単語】 / 【文】 / 【否定】 / 世俗諦と第一義諦 / 二つの真理(二諦)と十二支縁起 / 【接続詞】 / 【世俗諦の接続詞】 / 【縁起(因果関係)「~(する)とき」】 / 「ブッダの公式」を使ってみよう / 「ブッダの公式」が適用される真理表 / これに依ること(此縁性) / 【真理表5】 / 四聖諦 / 「縁起」は相依相関関係にあらず / 生因と了因 / 【真理表7】 / 相対的な言葉の扱いについて / ブッダ的思考方法 /【真理表2と8と10】 / 【真理表9(苦・楽・苦でも楽でもない)】

第二章 ブッダ論理学の完成

第一義諦の論理学 中道・四句分別

ブッダの論理世界 / 苦楽二辺の中道 / 【真理表15(中道)】 / 世俗諦から第一義諦へ / 言葉の上だけで考えると / かき氷はどこにいった / 四句分別 / マールンクヤプッタに与えた形而上学説 / 【真理表16(四句分別)】 /論議の道も根絶やしにされた / 戯論(プラパンチャ)と空性 / ブッダの説く修行は二段階 / 論争してはならない / 龍樹の決意と『中論』/ 八不中道と形而上学説 / 不滅不生 / 不断不常 / 不一不異 / 不去不来 / 無常・苦・無我 / 無常・苦・空・無我 / 空であるのは自性についてである / 如来を「無我」と見よ / 去りつつあるものは去るのか / ブッダは「空」を用いたか / 【真理表1】 / 最後に

第三章 龍樹の著作について

龍樹研究は、舵を失った船のごとく / 龍樹入門は著作の確定から / 龍樹著作『中論』 / 論法の三書『中論』『方便心論』『廻諍論』 / 『廻諍論』は最高難度の論理学書 / 六句論議 / 『廻諍論』と『中論』の関係 / ゲーデルを超えて / 『中論』と『方便心論』の関係 / 龍樹のとった対機説法 / 思想書としてみると連作 / 話題が減ると内容は難しくなる / 『ヴァイダルヤ論』の性格 / いかなる動機で作品は作られたか / 龍樹研究は、時に逆らうことなく / 龍樹研究は、龍樹の説くがごとくに / 言葉の中身は空っぽ / あえて、一言申しあげれば

第四章 龍樹にせまる

一 論師龍樹
龍樹作品の中の龍樹像 / 龍樹の生存年代 / 龍樹の伝記 / 因縁物語のもつ意味

二 龍樹の前半生
出家まで / 論師誕生 / 龍樹の挫折 / 龍樹の挑戦 / 無生法忍の悟り

あとがき

文献のご紹介
@@@@@@@@@@@@@@@@@@
今のところ、このようになっています。

これから、もう少し書き直しますので
目次は、少し変わると思います。

智慧を尽くして
ブッダの門より入れ!

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2007/05/22

「空に足跡なし」を拝読

みなさまには、ご心配をおかけしているようで
すみません。。。。。。

続く言葉がぁ。。。思いつきません。

なるべく常識を身につけるようがんばります、
ってのもね、変ですけど、ま、努力してみます。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
さて、
テーラワーダ仏教の月刊誌『パティパダー』6月号を
拝読。

今回、スマナサーラ長老さまの巻頭法話に
ぐっときました。
めちゃむずかしい内容ですね。
なのに、これだけ平易に書けるなんて、
なんてすごいんだ!

出家をすれば、これだけ自由に書けるのだと思って、
うらやましくて、管理人はちょっとよだれが出てしまい、
ずるっとそででぬぐうのでした(汚いな)。

題して
「空に足跡なし」です。
ええですなぁ、題が。

お釈迦様のことば

「空には足跡がない。
仏教以外は沙門が存在しない」(『ダンマパダ』)

が取り上げられています。

これは、とてもむずかしい内容のお話です。
ブッダ論理学を駆使しています。

「仏教以外には沙門はいない」

というのは
ブッダ論理学(縁起の理法)から出てくると思います。
証明することのできる問題です。

長老さまの答えは
「仏教以外、現状では解脱の道を語る宗教はないから」
というものです。

なるほど、上座部だと、そう来るのかっ!(いちいち感動)

たしかにそうなんですよね。
縁起にもとづかないと、解脱は説明できない。
縁起(因果関係)をきちんと語れるのは、仏教だけ。
だから、仏教以外には沙門はいない、となると思います。
(わたしの解釈です)

また、スマナサーラ長老さまは
「涅槃の境地」とこの「仏教以外解脱に達する道はない」
の二つは
わたしたちの理解能力の範囲を超えている
とも、述べています。

これは、論理の限界を示すことばですよね。
これもとてもむずかしい。
「仏教以外解脱に達する道はない」というのは
ちょっとわかりませんが、「涅槃の境地」という方は
長老さまのおっしゃるとおりかなと思います。

どこまで語りえて、どこから語りえないかを
はっきり示すことのできるものは
完成された理論です。
ブッダの論理学体系は閉じています。
閉じているから、体系内のことには
すべて答えが出せる。
しかし、体系の外になると、語りえぬ部分が出てくる。
ブッダは、自分の理論の限界もはっきり示しています。
それによって、かれは一切智者なのです。
体系内のことにすべて答えが出せるという理由だけで
一切智者なのではないのです。
(わたしの解釈です)

また、スマナサーラ長老さまは
解脱した人は、ブッダの教えにすらたよる必要がない。
仏教徒と言えないし、異教徒とも言えない、

このような内容を述べています。
むずかしいなぁ。
そして、よく考えるとすごい意見だよね。
(仏教の立場を乗りこえて発言してるものね)
でも、そうなんだよね。

ちょうど、このことをわたしも地下鉄の中で
考えていました。

「この世には、3種類の人がいる。
仏教徒
非仏教徒
これら二つのどれともちがう
ブッダ論理学徒
これだけだな。」

この「ブッダ論理学徒」というのが

解脱した人やブッダや龍樹にあたるのです。

縁起の論理の中にいる、というだけの人です。
仏教の教えすら必要ない人です。
でも、ブッダ論理(縁起)は形式だから、
これだけは残るのです。
なので
「ブッダ論理学徒」と名づけたのです。

ここまではよかったのよ。
それで、さて、わたしはどこに入るかな
って考えたの。

仏教徒でもない
非仏教徒でもない
じゃ、
ブッダ論理学徒となるな。。。

あら、ブッダと同じグループになっちゃった。

むむむ、ちょっと、というか、
相当、問題ありますな。。
一人だけレベルちがいすぎだにゃ。

仕方ない
三つの分類は、わたしが悟るまでお蔵にいれとこ。。。

と思ったのでした。トホホ
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

さて、そう、「空に足跡なし」に戻りまして、
スマナサーラ長老さま、渾身の法話に
圧倒されまくった管理人でした。

ここで、この法話のもうひとつの重要ポイント、
見逃すな、みなさん!

長老さまは、第一義諦を語っています。
しかも、もともと部派で説いていた
勝義有の解釈ではないようです。
たとえば『倶舎論』などの解釈ともちがいます。

すみません、詳しく文献あたっていないので
まちがっていたらごめんなさいです。
微妙なところですが、
長老さまの解釈には
ちょっと龍樹の解釈が混じっているような
気がします。
「空」「中道」をうまく活用して
ダイナミックな部派の理論を
紹介していると思います。

これまでの部派が説いていた
ちょっといまいちの解釈(ゴメン)を
かなりアレンジしなおしてる感じです。

(厳密に文献で詰めてなくて申し訳ない。
『ブッダの実践心理学』などもほんとは
見なくちゃいけないけど。
でも、文章の勢いで突っ走ります)

出ましたね、さすが!スマナサーラ長老さま
これは、もう止まらないでしょう。
イケイケドンドンの世界です。

大乗仏教が、もたもたしている中に
長老さまに龍樹を持っていかれますよん。
ついでに「空」も持っていかれそう。

それから、
大乗仏教の「法身」に対する批判。
これに応えられる大乗仏教の人はいますか。

なんか、こんなにすごい人が日本にいるなんて
わくわくしちゃいますね。
スマナサーラ長老さま、がんばれ!
サーリプッタに龍樹がプラスじゃ、こわすぎるけど。

そして、大乗仏教、しっかりするのよ。
龍樹の『中論』は部派に渡しても、
『十住毘婆沙論』は守ってね。

ちなみに、わたしは、龍樹本の中で
「法身」にかんして
スマナサーラ長老さまへの答えを
書きましたよ。

長老さま、いつか見てね。
すばらしい法話をありがとうございます。

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2007/05/20

本の方程式

1+1=2
この式が成り立つならば
(1)A+B=C
これも成り立つはず。
そして
(1)が成り立てば
(2)B+C=A
(3)A+C=B

これらも成り立つはず。

Aは何でしょう?Bは何でしょう?Cは何でしょう?

A=AUTHORs
B=BOOKs
C=CUSTOMERs

(1)から(3)までは出版方程式です。

(1)著者(A)と本(B)があれば、読者(C)が生ずる
(2)読者が本を求めれば、著者がいる
(3)著者と読者がいれば、本ができる

今回は(1)ではなく、どうしても(3)でいきたいですね。

なんせ純粋に龍樹を追求しようという本だから
たくさんの人が、読んですぐわかる、
ということはそうそうないと思うの。

とことんつき合ってくれる人でないと
この本から得るものは少ないかも。

でも、じっくり読んでもらうと
けっして読者を裏切らないという
ここは最低おさえたい。

だから、自分で責任もてることしか書けない。
さらに、龍樹にあんまり迷惑はかけたくない。。あんまりね。
ふつうに迷惑かけるのは、ま、仕方ないとして(おいおい)。

管理人のせいでもっと混乱したじゃないか、
って、龍樹に言われるのは、ちょっといやだわ。

となると
これかなぁ

必要な人に必要なだけ売る

オンデマンド本!

いいかもっ!

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