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2007年4月29日 - 2007年5月5日

2007/05/05

ぶっきょ的

久しぶりにアクセス数の発表ですっ!
じゃーん!

5月3日
アクセス数:322
訪問者数:68

5月4日
アクセス数: 296
訪問者数: 63

どう?すごいでしょ。
昔は、アクセス数が100くらいだったと思うけど
なんと、なんと、今では、

3倍!
のように見えますね。。

しかし

5月2日
アクセス数: 169
訪問者数:54

っと、ムラがあるのでした。

なお、本日、こどもの日は?

5月5日
アクセス数: 69
訪問者数: 32

まだ、一日終わってないので
こんなものでしょうか。
それとも
みなさま、お出かけかな?
いいなぁ、行楽地はどこもにぎわっているようですね。

で、

累計アクセス数: 47987
1日当たりの平均: 135.94

という結果になっております。
たくさんの方のご訪問、ありがとうございます。

2004年の10月のブログ開設からは
はや、3年目です。
それで、47987のアクセス数かぁ。。。すごい数だよね。。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
と、感動したところで、
管理人のつまらない日常生活をご披露します。

昨日は、家族がみんな出払っていたので
一人さびしく
『エヴァンゲリオン』の一気読みをしていました。

う、むずかしゅい!なんだか、よくわからん!

こんなにむずかしいものに
時間を使うのは、
無駄になるかもと思って

『エヴァンゲリオン』を読みながら
『チャングムの誓い』という連続韓国ドラマも
あわせてテレビで見ることにする。

一度に二つは、無駄がない!
えらいぞ、管理人!

という問題か?

いや、一度に二つは、ええですわ。
儲けた気分です。。(発想がせこいかしら)

チャングムでは、
「勝敗にこだわると、真実(真心)を見失う」
というテーマのお話しでした。

そだ、そだ、っと賛成する。
他に勝つことばかりを考えて料理を作ると
人に喜んでもらうという料理の心を
忘れるのです。。。なるほどね。

龍樹も似たようなこと言ってるわ。
「名利を求めるな」は龍樹のモットーだ。
仏教的な思想を基盤にしているのかしらね?

一方

『エヴァンゲリオン』
むむむ!
よくわからない戦闘のシーンが
続くけど、
組織の裏には、さらに裏組織がありそうだ
っと、いう展開のよう。。かな?ちがうかな?

なんというか
最後までいかないと
話がわからないようになってるみたい。
で、9巻までしかないので
さっぱりわからない。。

では、こういう展開をなんというか?

わたしは、「縁起展開」と名づけました。
Aというできごとの裏には、じつは
Bという組織がある が  じつは
その裏には、Cが。。。  じつは 
というのは、ああなって  じつは 
。。。
と、つぎつぎ新たな展開を作り出せる

こういうストーリーは、原因遡及型の縁起展開
と言えるのではないだろうか?

と、混乱しつつ、つらつら思うのでした。

そして、機械や爆弾や戦闘にあふれているのに、
それらは背景であって、
主題は人間の心の内側であるようですね。。。。
心がエネルギーを生みだすような
そんな風に
ものと心が一体になっている感じです。

どうも、どこかにこんな感じがあったような。。。

そうだ!

『ブッダの実践心理学』を漫画にすると
こんな感じにならないですか?
考え過ぎだな、きっと。。。

仏教もそうだけど
心を描く世界は、
いつでも
どこでも
魅力的ですね。

と言いながら、
夜はふけました。

それにしても、何を読んでも何を見ても
仏教思想が頭に浮かぶ管理人て、いったい。。。。。。

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2007/05/04

はかなき連休、されど連休

計画倒れの管理人です。。。

ああ、倒れてるぅ~
そもそも、ほとんど無理な計画だったけど

連休で
龍樹の『十二門論』『廻諍論』『無畏論』『空七十論』
ここを、なんとかしようと思ってたのです。
チベット訳を少しやっつけたい。。

先々の講義のノートもあらかじめ作っておきたい。。

空海さんも、もう少し読んで
『十住毘婆沙論』も、丁寧に読みたい。。
『華厳経』も斜め読みしたい。。
『守護国界陀羅尼経』を、さらに
鋭角に(?)に斜め読みしてみたい。。

パーリ仏典の和訳も、じみにしておきたい。。

ニヤーヤと龍樹・ブッダの関係を探りたい。。

計画、っていうより たんなる 願望 だなぁ。。。

高邁な理想もどこへやら

夜には、睡魔が襲ってきて
眼は開けてられないし。。
本抱えたまま、般涅槃してる管理人です。。うう。

で、けっきょく
どうなるかというと

息子が見つけてくれた
『エヴァンゲリオン』の漫画読んで、
連休終わることになるのね。。。

時よ!止まれっ!

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2007/05/02

部派と大乗、つなぐは龍樹。。どうかな?

『ブッダの実践心理学』第三巻を読んで
興奮冷めやらず
『ブッダの実践心理学』第二巻もまた読んで
興奮冷めやらず
もとネタの『アビダンマッタサンガハ』を読みながら
考えました。

ずううっと考えてたのは、

南方上座部という部派のアビダンマは
この派に属す人々が、
自分たちの悟りへの道を模索する中で
くみ上げていったものだ

という点です。自分たちのために作ったのですよね。

他のやり方を取る人も、もちろんいたから
たくさんの部派に分かれていったのです。

戒律のちがいによって分かれたと
いわれることも多いですが、
このような教えの解釈のちがい
修道のやり方のちがいも
あったのだろうと思います。

人にはいろいろな個性があるように
修行のやり方にも、向き不向きがあるだろうと思います。

修行僧たちの個性なりにあわせ
いろいろ方法的に分かれていくのはとうぜんです。
そして、
それを説明する理屈についても
区別が出てくるのは、やむを得んことです。

そう考えると、たくさんの部派が生まれるのは
よくわかります。

部派どうしを比べると
大枠はブッダの八正道にしたがっているので
ちがいは細部になりますね。
基本は、確保されています。

しかし、

大乗の菩薩行になると、
それら部派とは異なる大きなちがいをもつ!だろうと
いうことは、とうぜん考えられます。

部派になるか、大乗になるか、その継ぎ目はどこか?ですよね。

部派と大乗には、わたることのできない溝があるように思います。

それは、理論上の大きなちがいです。
部派どうしのちがいではすまない、
決定的なちがいがあります。

そのちがいが何かについては
たぶん
わかったと思います。
龍樹本の中で、ふれています。

それは、
あくまで解釈上のものであり
理論上のものです。

龍樹の『中論』は、部派と大乗の継ぎ目にあります。
ここが、ある意味、ジャンクションなのです。

で、とつぜんですが

話は戻りまして、
『ブッダの実践心理学』第三巻のジャータカのお話しです。
大乗の「捨身飼虎」のジャータカと
パーリの人食い鬼に身をささげるジャータカとを
比べています。(152-156頁)

ここは、大きい!

理論的なちがいを述べているわけではないのですが
修行上の心構えという点で
大乗の精神と、部派の精神のちがいを
はっきりと示していると思います。

大乗の方は、
母虎が腹ぺこで子虎を食べようとしているのを
菩薩が身を差し出して(悲心、布施)、子虎を救う話です。

部派の方は
法が得られず世をはかなんだ菩薩が、
帝釈天が化けた鬼にであいます。
我が身と引き替えに真理を得る
という条件に同意して
菩薩は、崖の上から、鬼の口めがけて身を投げ
鬼は、真理を叫びながら口を開けて待つ
という、お話です。

『実践心理学』では、
部派のジャータカをよしとしています、もち。
鬼は、先に身体をよこせば真理を教えると無理難題をいうのです。
真理を知るために、智慧をしぼったのは菩薩です。
身体を失うのと真理を聞くのをほぼ同時に行える方法を考えたのです。
無知で100年生きるより、瞬間であっても真理を知って死ぬならよし!
という意見です。

これに対して

大乗のジャータカは、虎に食われるだけで
たんなる無駄死にになってしまうかもしれないので
ちょっとわりにあわないというように解釈しています。
この本の解釈が、とても重要なのです。

わたしとしては
ここの説明は、部派と大乗の考え方のちがいを
根本的に示す
とても重要な意見だと思って、感心して読みました。

部派は、不貪(むさぼりのない心)であって、
この言葉に
積極的な「施し」という意味をこめないというのです。
大乗では、「施し」という意味をこめているとみるようです。

部派と大乗の
修行者の「心構え」について
根本的なちがいがわかります。

心構えは、とうぜん、理論に直結します。
いや、すばらしい!
龍樹本にも、つながってくるかしらと
ちょっとあれこれ考えてしまいました。

@@@@@@@@@@@@@@@
二つのジャータカについて
どちらがどうか、ということは、
なかなかむずかしいと思います。

先に述べた
大乗と部派の理論上のちがいに
関わることだからです。

部派のジャータカは、部派の理論に立つとき、まったく正しく、
大乗のジャータカは、大乗の理論に立つとき、こうするしかない道です。

一方は、自利を優先させることによって利他を完成する
他方は、利他に徹することによって自利への道が開かれる

とも言えましょうか。どうでしょう。

これを理論上のちがいとして言うならば、
中道、 世俗諦と勝義諦  などのちがいを
持ち出すことになってきます。

部派は、有無の中道、苦楽の中道
龍樹は、八不中道(不生不滅・不断不常・不一不異・不去不来)

上の二つのジャータカの解釈のちがいは
ここに述べた、中道の解釈のちがいにも通じます。。おそらく

それがどんなちがいなのかは、ここでは言えない。。

ううん、龍樹本、早くでないかなぁ。
もっと話したいけど、がまんしよう。
話が、どうも尻切れトンボになって
すみません。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
ええ、そういえば、
龍樹本は、4月終わりに何とかいってくださるということでしたが
さらに、また伸びて、連休明けになりました。

優柔不断の管理人なので、
「はい」「はい」とお返事してきましたが、
3回目となると

「読みにくいとは思いますが、がんばってださい」

と書くのも
いい加減飽きてきました。
原稿完成から
もう、まるまる3ヶ月経っちゃいましたね。

連休明けに、さらに伸びるようなら

もう、やめます

って言おう。。。

勇気と言う気を出すぞ!
んで、もって
他の出版社を考えよう!!!

って、ここに書いてしまえば、
ウソはつけないから
そうすると思うのよ。

いくらむずかしくてやっかいでもさ、
そんなにそんなに訳(わけ)わからないこと
書いてるわけじゃないと思うのよね。。。自分では、だけど。

いちおう日本語なんだしさ。

どうして、読むのに
そんなに時間かかるのかしら。

なんか不安になるわ。。。

龍樹だから。。なの?

(龍樹の声 「ぼくじゃないぞ!管理人だい!」)

ええっ!やっぱり、わたしかぁ。。。

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2007/04/30

『ブッダの実践心理学』第三巻 出ました。

Image028
昨日、西岡水源地というところに行ってきました。
水芭蕉でございます。

接写モードで、
離れてとったら
なんとなく美しく
撮れました。

ぼやけて
よろしいわ。。

Image042
こちらは、近くの公園のコブシでございます。
適当にシャッター押したら
まずまず画面に入ってました。

ええですね。。
去年は、ほとんど花が咲かず
もうこの木は
寿命かと思いました。

一年休んでただけなのか。。
よかったっ!

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
連休は、なんだかあっという間にすぎそうな予感。

やること、やっとかなきゃ、
あとでひどい目にあいそうな予感。

予感はあたりそうな予感。

ということは
連休だからといって
気を抜かず
働け!管理人!
ってことか。。トホホ。

@@@@@@@@@@@@@@@

などと
グチなぞこぼさず、

さっそく
次の書に行ってみよう。
一日、びっちり、
はまりにはまって
読みました本です。

『ブッダの実践心理学』第三巻 
「心所(心の中身)の分析」です。

著者は、ご存じ!
藤本晃氏
アルボムッレ・スマナサーラ長老
のお二人です。パチパチ!

繊細で 微妙で 不可思議で 大胆なるこの書。

ブッダの教えのなかでも
本来ならば
秘義に
属すものとしてもよいところでしょう。

しかし、「師の握り拳(秘義)をもたず」
と述べた
ブッダの教えを守る仏教でですもの。

それを 惜しげもなく 開示し
懇切丁寧にこれでもかと
解説するのです。

その熱意と、そして、その力量に 感動です。

テーラワーダ仏教の心の中身の解釈を
詳細に語っています。
禅定の深い段階まで
現代の言葉で!説明した本は
これまでなかったのですよ。

ぜったい読むべし。

仏教とは、これほどのものかと
おどろくこと請け合いです。

@@@@@@@@@@@@@@@

学問研究で、部派の法の分析は
ずいぶん研究されていますが
おおよそ、言葉上のものにすぎず
具体的、実践的な見地はほとんどありません。

わたしも、部派の研究書は、
あれこれ探ってみましたが、
正直言って、
ほとんど何言ってるのか
わかりませんでした。

煩瑣な分類ばかりが並んだ
無味乾燥としたもののように見えました。

本当はそうではないのだろうと思いましたが、
どう手がかりをつかむか
手をこまねいていたのでした。

最近は、部派の論書から入らず、
龍樹に
足がかりを得て
けっこう自分なりに
心、心所の分類に
とり組んでいましたのじゃ。

少し、具体的に見えてきたかな
というところで

善い心の分類なんか
あれこれ検討していたところだったのだった。。

だから、

よくわからない分類名や
どうして、この分類がここに?みたいな位置関係や
修行と心の関係
などなど

疑問に思っていたことが、
この書で一気に解明!

そうかそうか、という感じです。

尋(ヴィタッカ)、伺(ヴィチャーラ)、勝結(アディモッカ)
詳しい説明で、よくわかりました。
なんとなくこんな感じかと思っていたことも
はっきり感覚的にとらえられて、
ほんとありがたいです。

いや、もう、ほんと、感謝感謝です。

@@@@@@@@@@@@@@@

わたしが、こうじゃないかと思っていたことが
そんなにはずれていないということが
わかったのも、うれしい。

たとえば、四月二八日「梵天、梵天、ぼんてん、ぼんて。。」の
コメント欄に書いた

「もの」を分析する現代科学と
「心」を科学する仏教という対比が

ほとんどそのまま257頁に載っています。

あら、おんなじだ!

他にも、どことは言えないけど
ずいぶん似たような発想をしているところを
見つけて
うれしくなりました。

それと、これは書いておかなくちゃ。

大乗仏教の「捨身飼虎」のジャータカを
批判しているところ
ウフフ、と、思いながら読みました。

テーラワーダ仏教の同じような菩薩のジャータカを
とりあげて、心所の問題に絡めて説いています。

そして
正しい道徳を説くのは、
「こちらのテーラワーダのジャータカの方」
としています。

詳しい話は省くけど
なるほどなぁ、と思って、拝読しました。

この大乗仏教批判は
とてもおもしろいです。
ここに、部派の特徴がよく表れているからです。
(批判はけっこう的を射ています、
うまいなぁと感心しています。)

しかし、また

大乗からも
反論できなくはなさそうな気がします。
大乗仏教の特徴を前面に出すと
まあ、それなりに納得の答えが出そうです。

何か、
スマナサーラ長老さま・藤本氏の論を立てる上での
緻密な計算が
ちょっと見えて、ウフフと言いたくなるのです。

大乗側の反論を期待してるんじゃないかって
思うのですよ。
大乗にも、花もたせてやりましょ、みたいなね。
しっかりしろ、大乗、ってところかなぁ。。わたしの想像ですけど。

テーラワーダ仏教の立場を
しっかりと
打ち出し

しかも

仏教全体におよぶ普遍的な
心の分析をなしとげた

『ブッダの実践心理学』第三巻

ここに出ました。

お見事です!
そして
このような本を出してくれて
ありがとう
といいたい。。。。。わざわざ わたしのために

おいおい!ちがうってば、管理人。


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