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2007年4月15日 - 2007年4月21日

2007/04/21

哲学は、驚きからはじまるのさ

怒濤の一週間を終え
とりあえず、ホッと する管理人です。

ホッとする暇無いだろ。。という心の声に
ホッとくらいさせてよ。。と抵抗しています。

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昨日は、若い諸君と、哲学問答してきました。

あなたが生きていく上で大事に思っていることはなんですか?

この問いに、答えて

・人を信じる 
・人とのつながり、友人、家族…自分がかかわるすべての人
・温故知新 ・お金 ・やる気 ・愛情 ・自分を大事にすること ・思いやり
・感謝の気もち ・空気 ・目標に向かって努力する 
・一つの考えに固執しないようにする ・家族 
・愛と規律と正義 ・自分の意思や個性を大事にする 
・生きているということ ・信じる心 ・優しい心 
・ポジティブに考えていく

いろいろ出たんです。

で、みんなに意見を聞いていったら

すごい、「やる気無いぞ」オーラを発散している子がいて
その子が「だりぃよ、せんせ!うざい」という態度満載で

感想は
「何も無い」
といいました。

わたし、もう、こういう子、好きなのよ。。じつは。
で、ちょっとかまって遊ぶ。

「何も無いですか?そうですか。
じゃ、あなたの意見はこの中にありますか」

「あります」

「じゃ、生きていく上で大事なこと、って、なんと書きましたか?」

「『やる気』 です(やる気ゼロの態度で)」

噴きだしそうになるのを必死でこらえ
「それじゃぁ、哲学についても 『やる気』出してくださいよ」

「それはできません(だりぃ~という感じをだそうとつとめつつ)」

ダメだよ、そんなとこで、カッコつけようとしても、えへっ!
かわいいなぁ、若い子は。

んで、もう一人。きりっとした子です。 

「ぼくは、この、『自分を大事にすること』と書いた人は、
自己中 なんじゃないかと、思います(はきはき)。」

「えっ?そうですか?そりゃぁ。。ちょっと。。ないと思いますが。。」

「ぼくなら、こうは書きません」

「え?そうですか?あなたは、なんと書きましたか?」

「『思いやり』と書いたのが、ぼくの答えです」

まるっきり、思いやりのない意見を言う君が、『思いやり』かぁ、と、
思わず、また噴きだしそうになるが、ここは、
ちゃんと言わなくちゃと、しっかりフォローすることにする。

「この『自分を大事にすること』と書いた人のことを
もう少し考えてみてください。

あえて、こう書かなければならないということは、
なかなか積極的に自己を主張できないから、
こうなりたいと思って書いたと
考えられないでしょうか。

先生や家族や友達に「こうしろよ」とか
プレッシャーかけられると、
嫌と言えずに従ってしまったりする
おとなしいタイプの人だと
『もっと自分を大事にしたい』と
思うのじゃないでしょうか。

君は、そうではないでしょ。
もっと自分を主張できますね。」

「そうです」

「だから、他人を『思いやろう』と
積極的に他人に向かっていけるけど
この人は、たぶん、そういうタイプではないのでしょう。
君のような人をうらやましいと思って、君のように
なりたいと思っている人だと思いますよ」

へぇ、という顔をしている。
けっこう、ビックリしてるみたいだ。

そしたら、他の子が
「わたし、自分を大事にしたい、と書いたんですけど、
先生の言うとおりです」
と、言いました。

「思いやり」の君は、他人を思いやるようになったかな?
「やる気」の君も、他の問題にも答えて書いている。

いやはや。。。なんとも。。
今年もいろいろあるぜ、って感じです。

哲学は、驚き! から、はじまるんだから ねっ!

せんせ も、なんだか おどろいちゃったよ。。


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2007/04/19

管理人はつらいよ

今週は、ボロボロの管理人です。

昨日は、はじめての学校で初めての授業でしたので
勝手がわからず、てんやわんやでした。

1時間も前に行って、準備してたのに
講師室の説明や教室の場所、はたまた、コピーのとり方
教室の機材の使い方など、教えてもらっている内に
授業になってしまい、

なだれ込んでの授業でした。
次の時間は、いつ終わるか時間がわからなくて
1時間40分もしゃべってしまいました。

息も絶え絶えで帰って、
次の日の講義の準備を必死で間に合わせ
飛び起きて、JRに乗って
哲学の講義をして、さっき帰ってきたとこ。

きつい!

科目がバラバラなので
頭がきりかわりません。
明日も講義があるけど、
土曜日に何も予定がないのが
今週は 救い です。

来週は、これに土曜日が加わる。。

どうなるんだろ?!

管理人の運命や、いかに?

などと、言ってる場合じゃないよ。。ほんと。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
といいつつも、思いだしたので、ひとこと。

数日前、アメリカで銃の乱射事件が起こって
32人もの命がうばわれました。
そして
日本でも、長崎市長が、暴力団の一人に
銃で撃たれて、なくなりました。

重なるようにおきたこれらの暴力事件。

The sword is mightier than the pen.

なんてことが、あってはならないので、
書いておこう。

銃規制に反対する全米ライフル協会は

「人を殺すのは人であって銃ではない」

という
スローガンを掲げています。

このスローガンは、わたしが『ブッダ論理学の5つの難問』の
【難問4】で、使おうかな、と思ったものでした。

主語を見よ!ここは「人」が主語になっている。
言い換えると
「人が人を殺すのである」という意味だからです。

「銃が殺すのではない」という意味になっているのです。

「銃が」と、ものを主語にしてはいけないということです。

殺すのは人だから。。

しかし、イラク戦争のときには、
彼らアメリカ人は、「大量破壊兵器がある」と
いいかえれば
「大量破壊兵器が人を殺す」と

ものを主語にして語ったのです。
そして、人々は武器で人を殺した。

スローガンの文法を守るなら

「人を殺すのは人であって大量破壊兵器ではない」

考えねばならなかったはずです。

アメリカの二枚舌が、ここに表れています。

自分たちに都合のいいときには、
「人」を主語にして
武器をもち
自分たちに不利益になるときは
「もの」を主語にして
武器を規制する

sword を頼みにする身勝手な人々は
「人を殺すのは人であって銃ではない」
として けっきょく 銃を持つ のです

pen の力を頼みに理屈を知る人々は
「人を殺すのは人であって銃ではない」
として それゆえ 銃は持たない のです

penの力を信じる人々が多い世の中でありますように。

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2007/04/17

流れるもの、それは。。

Image022まさか、もう
こんなに咲いてるなんて!
アパートの南側の日だまりで
みっけ!

昨日より二段くらい春度アップしてますねっ。
早いなぁ。

さて、さて、最近、因果的生き方というのが
けっこうわかるようになってきました。

人生が、今までとはかなりちがって
見えてきましたよ。

事実の集積が、人生を作るような気がしていましたが
そうではないんですね。

意識の流れが因果的に交錯していくことが
人生なんですね。

だから、なんとなく次に何が起こるかということが
想像できるようになってきました。

といっても、予知能力はないので
ばくぜんとしたものです。

何か善いことをしていると、そんなに悪いことは起こらない
かりに起きても、なんとか最小限のダメージで済む

悪いことをすると、そのときはよくても
なんとなくじわじわ具合悪いことになる

という まさしく 善因楽果 悪因苦果 の
因果応報の基本原理が 
肌でわかるようになってきた感じなのです。

それは、必然的なんだな、と思うのです。
つまり、人間の意識というのは、
そのようにできているのです。

悪いことしてるのに、うまく立ち回って罰を逃れている人だと
なんとなく、みんな、「やだな」と思って、
ほんとに困ったときに助けてあげない。。

善い人なのに、損なくじばかり引いていると
なんとなく、みんな、「気の毒」と思って、
いろいろそっと助けてくれる。。。

まぁ、最終的に、損得は 人間誰でも同じようになっているんですね。

それは、わたしたちが、そうでなければ
理屈に合わない と思うからでしょう。
意識の中に、論理がひそんでいるのでしょう。

人間、素直になるとき、もっとも論理的ではないでしょうか。

我執や執着にとらわれているとき
意識の因果は、乱されるので、

善いことしても悪い結果や
悪いことにしてるのによい結果が
得られたりすることもあるのではないでしょうか。

だから、悪者同士が一緒に仕事すると
善因楽果と悪因苦果の 
因果が乱れているので
何を信じていいかわからず
仲間われがおきて
悲惨なことになるのではないかと

思ったのでした。

たくさんの財宝をうばった盗賊たちが
みんな殺し合って自滅したりとか、
よくお話にありますよね。

因果を支えるのは、
人々の
意識しない
意識の流れである

それは、流れる 論理 である!

きまった!

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2007/04/16

Image018毎日、毎日、
寒くて雪ばかり
春はどこ?

お天気はいいのに
この雪山はなに?

ちっとも雪山は
小さくなりません。

春は来ないなぁ!

は~るよ、来い!
は~るよ、来い!
は~やく、来い!

Image019
おお!
なんとぉ!
春だ!
春だ!

へへっ、携帯って
なかなかたのし!

通勤途中で
地面にはいつくばって
接写に余念のない
わたしです。

後ろから来た人が
怪訝な顔して
いきました。

意外と写真とるのは
むずかひい。。
自分捨てなきゃだめだな。

@@@@@@@@@@@@@@@
昨日は、夕方から、昔とっておいた
インド関係のビデオを見てチェックする。

授業で使えるかな?

バングラデシュの第二の都市
チッタゴンには、
数少ない仏教徒たちが
集落を作って住んでいる。
彼らは、イスラム教徒たちから
身を守るかのように
集まって暮らしている。

カルカッタにも、チッタゴンから
でてきた仏教徒たちが
わずかながらいる。

彼らは、スリランカ・東南アジアに伝わった
上座部の仏教を信仰している。

インドで、ヒンドゥー教の神さまではなくて、
ブッダ像が祀られているのを見ると
ちょっとした違和感とも安心感ともつかない
複雑な感じがする。

ガネーシャ神とかヴィシュヌ神などが
いかにも祀られていそうな
小さな寺院に
おだやかなふつーのブッダの顔があると
おお!って、感じです。

このヴァーラナシーのごみごみした町並みに
沙門ブッダが裸足で歩いていくところを
想像すると
やはり、仏教はインドのものだ
という気がしてくる。

バラモンたちとの論争や
布施をする人々の熱烈なる崇拝ぶりが
彷彿とされる。

農村のあぜ道を一人行く
放浪の行者 ブッダが
目に浮かんでくる。

時を超えて
孤高の人ブッダがよみがえる

@@@@@@@@@@@@@@@@

って、感慨にふけってしまいました。
は~~~ぁ、いい~~わぁ~~

ま、それはいいんですが、
醒めた目で見るなら

しかし、

こんなに何ももってないブッダが
一切を知る教えをもっていたなんて

そのギャップに、
ほんと!ついていけないっ!

しみじみ思うことは


人は、ほんとに見かけによらないですねぇ。。。
(もう少し、マシなこと考えたら、管理人っ!!)


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