仏教つれづれ
どうも最近勉強不足だ!
大乗や密教の茫洋とした大地を行くには
基礎体力が欠けてる。
その昔、『ブッダ論理学五つの難問』を書いたとき
龍樹(紀元後150~250)のあと
ぴょんと時代を飛んで
わたしが『方便心論』を世に問うまでの長きを考えると
その間に誰もこれに言及した人がいないのは
間が開きすぎていておかしい
と思ったのだった。
『方便心論』は、仏教の分野では
正統に伝わらなかったことは
はっきりしている。
その中身も、いまだに
仏教内では、よく知られていないようにみえる。
だけど、ほんとに路傍の石のように
『方便心論』は放っておかれたのだろうか。
「ほんとの」仏教徒だったら、
あの本の重要性は、すぐにわかったろうと思う。
『方便心論』の部分をニヤーヤ経由で受けついだ
ディグナーガやダルマキールティもすばらしいが、
龍樹の大きさに比べると
小粒の感は否めない。
かれらは、唯識学派の人である。
ちょっと、論理では足りないところがある。
なんか、大乗仏教の発展を考えると
その進む方向に、いくぶん恣意的なものを感じるのは気のせいだろうか。
なぜ、大乗は、部派の人々を小乗と呼んだのだろうか。
なぜ、もっと部派を大事にしなかったのだろう。
当時の時代背景もあるかもしれない、
が、しかし
部派の教えは、
必ずしも「小さい乗り物」という側面しかないわけではない。
阿羅漢を一人かくじつにゲットできれば
その人のいる地域全体は大きく救われることは必定だ。
でも、でも、理論上の出家主義を否定すると
残るのは、理論上の在家主義しかない。
そうすると、理論上「大きい乗り物」と言わざるをえなくなってくるわけか。
部派を否定することによってしか
大乗は生まれえなかったのだろうか。
もしそうなら、大乗には、その理論の中に
欠けるものがあることにならないか。
小乗と呼んだ部派の教えを、
あえて、いくぶん欠くことになるだろう。
そういう意味でなら
大乗が
龍樹の『方便心論』についても
冷淡だったのは、ある意味、わかるところもある。
『方便心論』は、部派の論理基盤にもなるからだ。
そしてまた、
部派の人々が
『方便心論』に気づかなかったのもわかる。
龍樹は、「大乗」中観派の開祖とされてますもんね。
つまり、
あわれ、『方便心論』は
どちらからもそっぽを向かれるような立場にいたのであった。
しかも、外教徒からはもちろん敵視されるし。
四面楚歌の論書だったわけだ。。。かわいそ
ということは
部派と大乗あわせて、
ブッダの仏教全体が形作られることになる。
両方おさえることができたのは、龍樹のようだ。
龍樹以後を考えますと、
かくじつに龍樹をおさえることができた人、
かれが
仏教界全体をリードする存在となりうるということだ。
で、
その人は、誰だろうかとながめると
どうやら弘法大師空海ではなかろうかと、
このように思えてならない昨今です。
で、
基礎体力つけて確かめてみなくちゃな
と思う管理人なのでした。
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