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2007/12/02

智慧は、電車の如し。。。かな

とうとう12月ですね。
ということは、師走。

もう今年も終わるんですね。
年賀状を買わなくちゃ。

そう言えば、去年は、今ごろ
龍樹本で、四苦八苦の毎日だったですね。

あのころは
ザクロのように脳が割れそうな気分でしたが、
のど元はすぎるものでございます。

熱さは、忘れ、忘れ。。。。
ダメだ
まだ、忘れられませんね。

ザクロ気分が甦ります、うっぷ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@
ただいま、ふたたび

スマ長老さま『ブッダの実践心理学』第三巻を
玩味熟読中。

89(また121)の心の中身をしさいに分析する
分析哲学にはまりこむ。

はじめは圧倒されてたけど
最近、読みながら、
いろいろアビダルマの心の分析を、
さらに分析する術をおぼえる。

つまりです。
アビダルマの
心のさまざまな有りようの分類は
ひとえに
輪廻を解脱し
苦を滅した涅槃にいたるためのものである

ということが
よりいっそう見えてくるようになりました。

p.290にありますように

「アビダルマは勝義諦を語っているのです。
合成した世俗諦ではないのです。」

というところは、よく考えなくてはダメですね。

また、同じページに

ヴィパッサナー瞑想では、「智慧を育てる」という
大胆なことには挑戦しません。心の王様である
paJJA慧心所の取り扱いは、簡単ではありません。
satiを実践するのです。

とあります。
(※「慧心所」:「慧」は智慧で、「心所」は「心の中身」
あわせて、「智慧という心の中身」というくらいの意味かな。
satiは、「気づくこと」。「念」と訳される。)

うむ、にゃるほど。。。
もう、けっこう必死で自分の心の分析を
してますが、
sati(気づくこと)は、仏教書読むときには
「発動せよ」と自分に命じてることが
わかりました。

とくに、スマ長老さまのものとか、張明澄氏とか
龍樹とか、ブッダとか、

satiといえば、きれいですが
自分では
なんか鵜の目鷹の目という感じです。
satiにしては、ガツガツしてるかしら。

291ページは

satiの実践は仏教の真理について、
論理的に知識レベルで分かった人がおこなうものです。
ですから俗世間レベルのpaJJA慧心所があるのです。
合成機能(認識する情報を捏造すること)が減るたびに、
慧心所が強・大になっていくのです。

と、あります。
satiは、俗世間レベルの慧心所なのですか。ふむふむ。

ここをどんどんレベルアップしていけば
悟れるわけだから

けっきょく、仏教は般若波羅蜜(智慧の完成)である

ということにもなりそうですよね。

無明が滅して智慧が生ずるとき、
そのときを求めてがんばるわけなのね。

Image124
Image125
Image126

 
 
 

 


こんな具合に
智慧がスピードを上げてやって来るといいですね。

むりやりこじつけた感は否めませんね。
智慧ないぞ!管理人(とほほ)

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コメント

えび天サンバさま

宗教的な気分にちょっと浸れるのは、ほんとにお正月のときだけですね。
しかし、我が家は、ここ1-2年、それすらあやしい状態で、まるきりふつうの日と変わらないようになってきて、ほんと、さびしいです。

歳神さま、来年はどうぞ我が家にもお出でください。

えび天サンバさまもよいお年をお迎えください。こちらこそいろいろご教示ただきますようお願いします。m(_ _)m

投稿 管理人エム | 2007/12/06 07:45

春間さま

> 「彩」ですから、「撮り貯め」のなかから、小出しという方法は、どうでしょうか ?
> (机の上とか、冷蔵庫の中とか、、、、)

「机の上」ってのは、公序良俗に反するような気がします(おいおい!)ので、冷蔵庫の中をとってみましたが。。。何かイマイチですたい。

表題の下に絵がほしいんですか。
春間さま、注文が多いなぁ(笑)。

投稿 管理人エム | 2007/12/06 07:38

師匠や坊さんが走るから師走というのだそうですが、どうして走るのかというと歳神さんをお迎えするためだそうです。若い者は先達からその準備の仕方を教わるんでしょう。松竹梅のお飾りや、おせち料理などもきっと歳神さんへのお供えなのでしょう。大晦日からの行事は、今となってはなんだか少しだけ日本人に帰ることのできる時間なんだなぁ、などと改めて思った次第。先年中はいろいろとありがとうございました。来年も刻苦勉励を心がけてまいりたいと考えていますので、ご指導の程、またよろしくお願い申し上げます。えび天サンバ合掌

投稿 えび天サンバ | 2007/12/05 20:40

>今日は寒くて撮ってこなかった

北の国は、さぞかし冷えているのだろうと想像します

「彩」ですから、「撮り貯め」のなかから、小出しという方法は、どうでしょうか ?
(机の上とか、冷蔵庫の中とか、、、、)
(これ、そのまんま、私の覗き願望ですか ?)
「彩」とは、文字をさすこともありますし、色どりをさすこともあるわけですが、、、
まずは、
視神経を、直接刺激してほしいという願望です
よって、
表題の、すぐ下に、まず「色づけ」して戴きたい(絵がほしい)というのが、お願いです

投稿 春間 則廣 | 2007/12/04 10:43

春間さま

> 三枚を並べたことに、自らを通り越していく、時を感じますが、、、

あちゃぁ、智慧も通り過ぎてゆく、、、待ってくれぇ。

> いくら考えても、現れるものは、自らの趣意を外れるものですね
> いくら、熟考しても、読み取られる意味は、意図どうりではないように、、、、

それが世の中ですね、、、ここも、あちゃぁ、です。

春間さまの批評もますますシビアになってきましたね、年の瀬だからかな(?)
写真道に精進します。。。といいながらも、今日は寒くて撮ってこなかったです。。。

投稿 管理人エム | 2007/12/03 19:20

掲載作品

ずいぶん技術的なものを追求するようになりましたね
素敵に撮れています(特に最後が)
三枚を並べたことに、自らを通り越していく、時を感じますが、、、 
( 少し作為的かな ? )
視感覚は、説明的でなくてよいと思います
三つの画像の色彩ラインが自らをかすめて行くように並べられているのは作為ではないと思います
いくら考えても、現れるものは、自らの趣意を外れるものですね
いくら、熟考しても、読み取られる意味は、意図どうりではないように、、、、

投稿 春間 則廣 | 2007/12/02 18:33

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