« 「空に足跡なし」を拝読 | トップページ | 一天参上。。。なんだけど、さ。。ぶつぶつ »

2007/05/25

ブッダの門より入れ!龍樹本のご紹介

たぶんみなさまには、いろいろご迷惑を
おかけしているかもしれません。

つい先走ってしまって、
どんどん勝手に進んでしまってすみません。

さて、この辺で、我にかえったところで
わたしの得たものを
少し出してみようかと思います。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ブッダの法を、受けつぐものたちは数多くいましたが、
それらの人々は、みずからの個性と能力にあわせて
得た法をさまざまに展開して説きました。

その中で、もっともブッダの法の根幹にせまったのは、
やはり
なんと言っても 龍樹だろうと思います。

龍樹以降の人で、龍樹に影響を受けなかったという人は
まずいないでしょう。
仏教徒ばかりでなく、他学派にも強い影響をあたえました。
龍樹以後、インド思想は、数段レベルアップしたと言えるのではないでしょうか。

わたしの検討したところ、
龍樹は、ブッダの法を、ほぼまるごと受けついでいます。
それを用途に応じて
自由自在、変幻自在に活用しています。

たとえば、論法。

ブッダは、論法をみずからの語りの中にひそめて、表向きは説きませんでしたが、
随所に論理の道筋や論法の痕跡を示しております。

これらをすべて集めて整理し、その論法の体系を明らかにしたのが
龍樹の『方便心論』です。
これは世俗諦の論理が中心になっています。

これと同時に、比丘たちがもつべき論法をも整理したのが
『中論』なのです。
これは第一義諦の論理が主体です。

『方便心論』と『中論』
この二つが、ブッダの思想体系の論理を示すのです。
それは、ブッダの論理世界であり、
仏教の教えに従う人々がすむ世界です。

しかし、これで、ブッダの論理世界はおわりません。
これでおわるなら、他の宗教とそれほど変わりません。
(といっても、これだけでも、他の宗教思想をはるかに超える内容なのですが。)

自分の教えだけが正しいとする一般の宗教思想と同じになってしまいます。

ブッダの論理のたぐいまれなところは、
ブッダの思想の外にもその論理が適用されるという点なのです。

ブッダ論理
それは、「縁起の理法(因果関係)」 です。

他者が、原因として働きかけるなら
ブッダは、その結果、かならず応えるのです。

ブッダの教えに従わず、頑強な抵抗を示す人々と
ブッダは語り合う論理(弁証法)をもっているのです。

彼らと語り合うための論法の書はあるのでしょうか?
さっきの世俗諦の論理学『方便心論』で間に合うのでしょうか?

いえ、『方便心論』だけではダメです。
限界があるのです。

では、『中論』も使えば?
そうですね。それなら、多くの人を仏教に取り込めるでしょう。
でも、全員には効きません。

最後の論理の難関があって、原理的に不可能を示す欠陥があるのです。
それは、20世紀、ゲーデルが不完全性定理として発表したものです。
この論理の限界を示す定理は、ブッダの体系にもとうぜん適用されます。

ブッダも人の子、かれの体系だけが例外というわけにはいきません。
ブッダは、ゲーデルを乗りこえているのでしょうか?

西洋論理学の方からも、すでにわたしは指摘されました。
「ブッダが論理学を体系づけているのなら、
ゲーデル問題はどうなっているのか」と。

この点に、対応しているのが、
何を隠そう
龍樹の『廻諍論』です。

ブッダの思想体系の論理的な限界を示しながら、
しかも、なおかつ
ゲーデルを乗りこえる道も示しました。

それが、やはり、縁起の弁証法 なのです。
たいへん巧みに効いてくる必殺技です。

論敵が何か言えば、
(相手に縁って起こる、という)縁起は成り立ってしまうので
ブッダの法は、安泰です。

論敵が何も言わないなら、縁起は成り立ちませんが、
でも、そうなら何ごともなく
ブッダの法は、体系の内で安泰なのです。

ブッダの法は、けっして否定されないようにできているのです。

『方便心論』『中論』『廻諍論』
これらは
龍樹の論法の三部作なのです。

このような内容のことを

『ブッダと龍樹の論理学』で
ややこしくややこしく書いております。

では
目次をご紹介します。

@@@@@@@@@@@@@@@@

ブッダと龍樹の論理学 縁起と中道
                           石飛道子

はじめに

序論
ブッダ論理学の話からはじめよう / ブッダ論理学は、幸せのための論理学 / 西洋と東洋の互いの理解のために / ブッダ論理学が語りうるもの / ブッダ論理学の完成 / 龍樹論法の理解のために

第一章 ブッダ論理学の基礎

世俗諦の論理学 縁起・四聖諦

一切智者としてのブッダと龍樹 / 西洋論理学の基本構造 / 真理表 / 西洋論理学の特徴 / ブッダ論理学の基礎固め / はじめに言葉ありき / 【単語】 / 【文】 / 【否定】 / 世俗諦と第一義諦 / 二つの真理(二諦)と十二支縁起 / 【接続詞】 / 【世俗諦の接続詞】 / 【縁起(因果関係)「~(する)とき」】 / 「ブッダの公式」を使ってみよう / 「ブッダの公式」が適用される真理表 / これに依ること(此縁性) / 【真理表5】 / 四聖諦 / 「縁起」は相依相関関係にあらず / 生因と了因 / 【真理表7】 / 相対的な言葉の扱いについて / ブッダ的思考方法 /【真理表2と8と10】 / 【真理表9(苦・楽・苦でも楽でもない)】

第二章 ブッダ論理学の完成

第一義諦の論理学 中道・四句分別

ブッダの論理世界 / 苦楽二辺の中道 / 【真理表15(中道)】 / 世俗諦から第一義諦へ / 言葉の上だけで考えると / かき氷はどこにいった / 四句分別 / マールンクヤプッタに与えた形而上学説 / 【真理表16(四句分別)】 /論議の道も根絶やしにされた / 戯論(プラパンチャ)と空性 / ブッダの説く修行は二段階 / 論争してはならない / 龍樹の決意と『中論』/ 八不中道と形而上学説 / 不滅不生 / 不断不常 / 不一不異 / 不去不来 / 無常・苦・無我 / 無常・苦・空・無我 / 空であるのは自性についてである / 如来を「無我」と見よ / 去りつつあるものは去るのか / ブッダは「空」を用いたか / 【真理表1】 / 最後に

第三章 龍樹の著作について

龍樹研究は、舵を失った船のごとく / 龍樹入門は著作の確定から / 龍樹著作『中論』 / 論法の三書『中論』『方便心論』『廻諍論』 / 『廻諍論』は最高難度の論理学書 / 六句論議 / 『廻諍論』と『中論』の関係 / ゲーデルを超えて / 『中論』と『方便心論』の関係 / 龍樹のとった対機説法 / 思想書としてみると連作 / 話題が減ると内容は難しくなる / 『ヴァイダルヤ論』の性格 / いかなる動機で作品は作られたか / 龍樹研究は、時に逆らうことなく / 龍樹研究は、龍樹の説くがごとくに / 言葉の中身は空っぽ / あえて、一言申しあげれば

第四章 龍樹にせまる

一 論師龍樹
龍樹作品の中の龍樹像 / 龍樹の生存年代 / 龍樹の伝記 / 因縁物語のもつ意味

二 龍樹の前半生
出家まで / 論師誕生 / 龍樹の挫折 / 龍樹の挑戦 / 無生法忍の悟り

あとがき

文献のご紹介
@@@@@@@@@@@@@@@@@@
今のところ、このようになっています。

これから、もう少し書き直しますので
目次は、少し変わると思います。

智慧を尽くして
ブッダの門より入れ!

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58200/15196534

この記事へのトラックバック一覧です: ブッダの門より入れ!龍樹本のご紹介:

コメント

宮本浩樹さま

絶対出すから、待っててください。。。と断言していいのかな。もしでなかったら、やいのやいの言ってください。

投稿 管理人エム | 2007/05/29 17:49

エムさん。
すごく読みたいです、それ。

でも黙って待ってる事にします。

投稿 宮本浩樹 | 2007/05/29 11:25

えび天サンバさま Oさま 流者さま

こんな目次だけで、たくさん書き込んでいただいてありがとうございます。

「そだ!もう出版社との約束はないんだから、著作権とかなんとか気にしなくていいんだ、せめて目次だけでも載せよう。そうしないと、わたしのお尻を叩いてくれる人がいないから、ついずるずるしちゃいそう」と、思ったのが、昨日通勤電車の中。

こんなに期待して頂けているとは知りませんでした。
流者さま すばらしいお言葉、ありがとうございます。
「もしかして、これ、わたしのことなのね」と喜んでいましたら、家人の「これでつまんなかったら、袋だたきだな」という言葉に現実によびもどされました。
つまんなかったら、ほんとどうしよう、サイトたたむしかない。。。。

0さま こんど読みます。見つけて読みたいと思っていました。お勧めですね。

えび天サンバさま 三部作については、第三章で書いてるんですが、一番なんだかわからないと思いますので、ここに書きました。ほんとは、ここ、もう少しわかりやすくしたいです。
予告編というより、もう本がはじまっていると思ってもらってもいいかも。。って、そんな本あり?

なんだか、変わった出版になりそうですね。


投稿 管理人エム | 2007/05/26 07:44

エム(智者)さまへ

「黎明の龍樹本への賛文」

混迷の世に仏の明知の光が、今、出でんとす。
時が来たり、瑞相あり。
智者、大論を立てるに、小智の者こぞってこれを言難をなす。
無智の批判あらざるならば、これ真実にあらず。

仏法動かば、世、動けり。
理(り)より、事(じ)起こる。
理(り)、よく信(しん)を生む。
信起これば、時世動けり。
事、是なり。

梵天勧請は釈迦の迷いと見えたれども、
然らず、唯、人の姿を現すなり。
時来れば、芽出でて、華果自然と現るるなり。
もし動きなくば、縁起の理法もなく、仏世に出でる事もかなわじ。
されど、仏世に出で、よく法を説けり。
周知の事実なり。

抗ずるもの大きければ、その法、尚、重し。
智あらんものは、縁起をもって、その法の偉大なる事、更に知るべし。

投稿 流者 | 2007/05/26 01:44

エム先生、楽しみです。
ところでマチウ・リカール『掌の中の無限』はお読みになられたでしょうか?

まだでしたら、是非、御著書を上梓される前にお読みください。

投稿 O | 2007/05/25 20:22

エム先生

いつも有難う御座います。三部作についての知識を披露して
頂けただけで私はもう幸せで御座います(笑)。合掌

投稿 えび天サンバ | 2007/05/25 18:12

コメントを書く