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2007/03/08

木は森に隠せ

お、ちょうど一週間のご無沙汰でした。

マニカナ道場のログをぶっ飛ばす、という
ドッキリなことをしてしまい
一週間、動揺し続けました。

なさけないぞ、ったく。。
管理人、管理はしっかり!せい!

へい、へい、すんません。
しかしですよ

悟ったブッダなら、どうしたと思う?

「諸行無常」っていって、終わるかしら。 
それとも
一字一句まちがわずに、思いだして
口述するかな。

どっちもありえそうね。

で、もって、どっちもできないところが
凡人の凡人たるゆえんだわね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さあて、
新学期が始まる前に、いろいろやっておかなくちゃ
と思って、
チベット語のフォントを入れてみたりする。
いいすね。
ローマナイズだと、何種類か書き方があるので
ごっちゃになって、わけわからなくなることがあるのよ。

ほんと、なんでも、すぐ忘れちゃうわ。
じゃ、物忘れに絡んでパスワードのお話を。

パスワードなんて、
ありとあらゆるものにあるんだから
ほとんど覚えてられない管理人です。

なので、仕方なく

ディスプレイのわくに
パスワードは鉛筆で書いてある。

ほんとは、そうしちゃダメだ、っ書いてあるわね。
ノートなどに書きとめるのはやめましょう。
推測されやすい文字や数字はやめましょう。

そんなこと言ったって、ね、
ノートに書いてダメなら、どうやって覚えとくねん。

というわけで
ディスプレイに直に書いてますわよ。
ノートではない!からね。

って、そういう問題ではないか。

でも、大丈夫よ

パスワードが一つしかないなら
危ないかもしれないけど

ディスプレイのふちにぎっしり
パスワードが羅列してある場合

これはこれで
カモフラージュになると思うのよ。

木は森に隠せ(チェスタトンだっけな?)

パスワードはパスワードの中に隠せ

ってわけなのです。
ただ、わたしも、
どれだったかわからなくなるのが
欠点だわ。

で、ぜんぶ試して、とうとう、
「パスワードを忘れた人のために」という
コーナーに行ったりするのは、悔しいわね。

で、
今回の話題は、パスワードに絡んだものです。
暗号の話しなんです。。ちょっと、あやしいすか。

空海さま『弁顕密二教論』の中に『大智度論』が引いてありました。
『大智度論』三十八よりです。

「仏法の中に二諦有り。一には世諦、二には第一義諦なり。
……。また、二種有り、名字の相を知る有り、名字の相を知らざる有り。
譬えば軍の密号を立つるに、知る者有り、知らざる者あるが如し。」

え?と思うのは、この「軍の密号」というところ。

頼富本宏氏の訳です。
「軍隊で暗号を使用するのに、
それを知る者と、知らない者とがあるのと同じである」

へぇ、『大智度論』の作者を龍樹とすると
こんな例をあげるなんて、
おもしろいですね。

太古の昔から軍は
暗号を使っていたんですね。
それに、龍樹がなんでこんなこと知ってるのよ!
ますます、あやしい

そういえば。。。。思いだすわね

龍樹は、若い頃、道術をおさめたりしてるし
また、後に
南インドの王様のところに行って応募にこたえて
軍隊の将をやったりしてますもんね。
兵をととのえてうまくやった、って書いてあります。

「威、厳ならざるも令行われ、
法、彰はれざるも物随えり。」(『龍樹菩薩伝』)

威厳はなかったけど、みな規律正しく
法を説いたわけではないが、従順だった」
ってことです。

ということは、
案外、
龍樹は、軍隊のことも詳しかったのかしらね。

龍樹の隠された秘密でした。。。

って、

別に隠してないかな。


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コメント

>昔、龍樹の道術を知りたいとおっしゃってましたよね。
>どのようなものか、それこそ秘技・秘伝なども含むと思いますが、道術は、医術とセットになって学ばれるようです。
 私の知っているものと同じですね。

 まあそもそも武道は整体などと縁が深いものですから、当たり前と言えば当たり前でしょうけどね。
 人を壊す技と人を癒す技は元々セットなんです。
 人を壊す技だけ持つのは外道だと考えられていることが多いと思います。
 漏尽通抜きの神通力のようなものだと言えばわかるんじゃないでしょうか。
 

>伊藤武氏の『インド武術』や『秘伝マルマ ツボ刺激ヨーガ』は、一般の人向けに楽しく読ませながら、とても深い内容をもっている本です。とくに『インド武術』は日本ではじめて、インド武術にふれた本です。
 面白そうですね。探してみようかな。

>道術とは、たんなる力技ではないことが想像できます。
 まあ東洋的な武術は、全般的に力技ではないと思いますけどね。

>だから、ブッダの教えはおもてだって出せなかったと思うんですよね。
 表に出せなくても真に極めた人には関係ないということですかね。  
 
 とても参考になりました。ありがとうございます。 

投稿 みみっく | 2007/03/10 12:43

みみっくさま

。。。

昔、龍樹の道術を知りたいとおっしゃってましたよね。
どのようなものか、それこそ秘技・秘伝なども含むと思いますが、道術は、医術とセットになって学ばれるようです。
伊藤武氏の『インド武術』や『秘伝マルマ ツボ刺激ヨーガ』は、一般の人向けに楽しく読ませながら、とても深い内容をもっている本です。とくに『インド武術』は日本ではじめて、インド武術にふれた本です。
道術とは、たんなる力技ではないことが想像できます。
龍樹は、医学もおさめました。

道術という点からだけでも、ある程度人を従える力はあったのだろうと思います。
しかし、本当に人々がしたがったのは、法(ブッダ論理)ではないでしょうか。
「ブッダ論理」と書いたのは、いわゆるブッダの教えそのものではなくて、その中にある論理(=倫理)を用いたからではないかと思っているのですが。

南インドの王様は、外道の教えを信じていて、それをただすために、龍樹は将に応募したとなっています。
『付法蔵因縁伝』によると、「みずから赤幡をもって王の前をいくこと、7年が過ぎた」とあり、軍隊の将となったとは書いてないのですが、『龍樹菩薩伝』とあわせて考えると、そのことを指しているのかなと思います。
だから、ブッダの教えはおもてだって出せなかったと思うんですよね。

投稿 管理人エム | 2007/03/10 10:25

>「威、厳ならざるも令行われ、
>法、彰はれざるも物随えり。」(『龍樹菩薩伝』)
>威厳はなかったけど、みな規律正しく
>法を説いたわけではないが、従順だった」
 理想的ですね。
 仏教が可能としたのか
 道術が可能としたのか
 どっちなんでしょうね。

投稿 みみっく | 2007/03/10 01:53

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