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2007/02/21

考えるシュフ

久しぶりにアクセス解析でも、チェックしてみますか。
おおお、すごい!200を超えた日もある。
最初の数字が「訪問者数」で、あとの数字が「アクセス数」です。

2007年2月14日(水) 65 135
2007年2月15日(木) 67 122
2007年2月16日(金) 65 151
2007年2月17日(土) 69 209
2007年2月18日(日) 69 175
2007年2月19日(月) 60 137
2007年2月20日(火) 79 172

たいしたこと書いてないのに
すみませんねぇ。

もう少し波乱に富んだ人生おくった方がいいかしら

って、それもたいへんそうです。

なんで、アクセス解析を思いだしたかというと

「ひじる日々 東京寺男日記」

仏教ブログ ランキングというのがあって、
アクセス数を競う大会(?)があるのを知ったのです。

で、参加している寺男さまにご協力して
毎日、1回クリックしに行くのでした(笑)。
ついでに、他の人のサイトにも行って見ています。
いろんな人のサイトにいけるのでおもしろいですね。

そんなわけで、うちにもアクセス解析って、あったっけな
って、思いだしたわけなのです。

ろくに更新してないのに、多くてビックリよ。
心苦しいわね。

なので、むりやり書くのです(笑)。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さて、仏教の深い森に分け入る管理人ですが
ほんとに森の入り口付近で、ちょろちょろしてただけ
ということを知りました。

でも、入り口でちょろちょろする管理人にも
それなりに、言い分、っつうもンがあって、
心ひそかに、こんなことを思っていたのでした。

龍樹を研究し、龍樹の著作を読む人達は多いのですが、
多くの人は
『方便心論』が、龍樹作だとは知らずにいる。
それから
『廻諍論(えじょうろん)』も、詳しく研究されていない。
だから
龍樹の論法は、あんまり知られていない。
なのに
『中論』は、よく読まれている。

ということは
どういうことだろう。
『中論』だけで、龍樹がわかるということは あるのだろうか。

もし、わからないとすれば、
『方便心論』は、ろくすっぽ読まれたことがないのだから
み、みんな、よくわかってない
ということになる…オロオロ

『中論』だけでも、じゅうぶん龍樹を理解できるなら
問題ないけど…でも、そうなら
『方便心論』の立場は、ないよな

口には出さねど、けっこうドキドキしてたんですわ。
あちらを立てれば、こちらが立たず
って、感じですもんね。

それで、答えはどうなんだ?
でありますが、

よくわかりません。

なくても、後代の大乗仏教の数々の経書は
龍樹の影響も受けながら
ブッダの教えをはずれず、しかも、自由に展開している。

『方便心論』なんて、なくたっていいんだ(ぐすっ)
という気もして、いじけそうですが

でも

何か足りない気もする。

ディグナーガやダルマキールティの論理学は
ニヤーヤ学派の影響を受けたものだ。
(誰も、そう言ってないけど)

龍樹から直接きたわけじゃない。

仏教論理学という名で呼ばれる学問体系は
他の大乗仏教の思想から、
ちょっと距離をおいたところにあるのは、そのせいだろう。

『方便心論』と『中論』の二つの論法を
一緒に学び受けつぐ人がいなかった
ということは、とても大きな痛手のような気がする。

中観派が、帰謬論証派と自立論証派に分かれてしまうのも
そういうことなんだね。

両方あわせて使える人がいなかった、ということだもんね。

こういうことから考えると

仏教では、
どんなものでも
どんなにいらないもののように見えても
捨ててはいけない
ということだわね。

「もったいない」となんでもしまっておく
おばあちゃんみたいなタイプでないと
仏教をものにすることはできない

というわけなのか。。。

主婦向きの学問でよかったわ。

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