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2007/02/17

蜘蛛の糸

バタバタしております管理人です。

確定申告の手引きを熟読しながら
税金の仕組みをマスターするのでした。

年々進歩する管理人です。

今にして思えば、
二年前は、税務署に行って、
言われたとおりに書き込むだけでした。

昨年は、インターネットの確定申告の
計算フォームを使ってやってみました。

今年も、同じ確定申告のページに行ってみると
電子なんとか、と書いてあったので

くらっ!っとなって止めました。

覚悟を決めて、マニュアルどおりに
原始的に計算してみたのです。エライぞ。

どんなに少なかろうと
税金は、納めていれば 納税者だいっ

はぁ、つかれたよ。
~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、お客さんとのおしゃべりで
おもしろかったお話。

芥川の短編「蜘蛛の糸」の話になりました。

カンダタという極悪人が地獄におちてくるしんでいました。
でも、かれは一度だけ蜘蛛を助けてよいことをしたのです。
そこで、お釈迦さんが、極楽から蜘蛛の糸を垂らしたのです。
カンダタは、それにすがりついて、極楽への道を上っていきました。
ふと下を見ると、地獄で苦しむたくさんの人が
カンダタのあとから登って来るではありませんか。
「おい!オレの糸だぞ!みんな登ってきたら、切れてしまう、登るな」というと
かれの頭の上で糸は切れて、また地獄におちてしまいました。


仏教にまつわるこんな話をしていたら、
「イスラムじゃ逆だよ」と言われました。

ムハンマドが追われて洞窟の中に隠れたら
蜘蛛たちが、せっせと糸を張って
洞の入り口をふさいでくれたのです。
蜘蛛の巣が張った洞を見て、
こんなに糸が張っているのだから
なかに人がいるはずがないと
追っ手は、調べずに行ってしまいました。

かれは蜘蛛に助けられたのでした。
だから
イスラム教の人は、蜘蛛を大事にするんだそうです。


おもしろいですね。
蜘蛛の糸というのは、
いろんな想像と創造をかき立てるのかな?


わたしの知ってるもうひとつの話は
蜘蛛になったアラクネ、ギリシア神話です。
女神アテナより機織りが上手いと、奢った人間アラクネは、
女神アテナと機織り競争をして、
アテナの怒りにふれて、蜘蛛にされてしまうのです。

お!
貪・瞋・癡 になってませんか?

欲を出したカンダタ
怒りにふれたアラクネ
愚かだったムハンマドの追っ手(これは、ちょっと、かわいそうかな)

蜘蛛の糸で貪瞋癡を学んでみました。
決まってますね、ふふ。

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確定申告を行うのは面倒だがしょうがない。昨年はサラリーマン一筋だったが、今年は他にネットビジネス始めたから来年からはしなくては。。。 [続きを読む]

受信: 2007/02/18 12:48

コメント

>アラクネも混じっちゃってますよ(笑)。
 もちろんです(笑)。
「神さまの失態や落ち度ばかりを図柄にして、織り上げたタペストリー」
 とは何かということなんですけどね。

 現在でもたくさんいますよ。
 世の貧困や戦乱を嘆いて「神の失態や落ち度を織り上げる」人達がね。

 このようなことは神からみて余計なことなのだという考えもあります。

 人が苦しんでいるのは神の意図するところであり、邪魔をしてはいけない。
 ということですね。

 苦しんでいる人を助けることは、神の怒りを買う行為なのでしょうか。それとも神に祝福を与えられる行為なのでしょうか。
 
> 蜘蛛にされたことを「神の祝福」と解釈すれば話は変わってきます。
>「蜘蛛」は名誉ある地位なのです。
> 人からは尊敬されないことが多いけどね。
 引用しておきます。 

 以上です。

投稿 みみっく | 2007/02/20 12:48

みみっくさま

アラクネも混じっちゃってますよ(笑)。

こうしてみると、芥川龍之介が描きたかったのは、

人間

なんでしょうね。

投稿 管理人エム | 2007/02/20 09:56

>山のように垂らさなきゃいけないかもしれないし、ね。
 大量に投げ出された糸は途中でタペストリーのように緻密に織りあがるのですよ(笑)。
 あり一匹這い出る隙間もないようにしてね。

投稿 みみっく | 2007/02/18 21:51

みみっくさま

山のように垂らさなきゃいけないかもしれないし、ね。

投稿 管理人エム | 2007/02/18 13:50

>わたしは、この設定は、芥川龍之介の計算なのだと思ってました。
 私もそう思います。

 阿弥陀如来の垂らした糸が切れたりしたら許せん。

投稿 みみっく | 2007/02/18 12:14

ペンギンどの、春間さま

わたしは、この設定は、芥川龍之介の計算なのだと思ってました。
妙に違和感がありながら、でも、ちょっと見るといかにもありそうな設定というのが、この芥川龍之介の小説の世界をつくっているのじゃないかなと思って感心してました。

与謝野晶子は。。。計算ぬきで、ってことでパスです。

投稿 管理人エム | 2007/02/18 09:39

(縁起はここにもありますね)

正しく書くとすると、すべての典拠を限定しなければ書けなくなるかもしれませんね
阿弥陀如来は、何処の経典から来ていて、極楽は、阿弥陀経にあるものだとか
華厳では、釈迦牟尼は、毘盧舎那佛(如来)であるし、
理趣では、大日如来でもあるのだから

極楽の阿弥陀が、散歩してもおかしな話であるわけですし
芥川の理解する仏教は、どの段階にあるのかも、量る事は難しいことですね

“ 蜘蛛 ”の世界では、面白く読めて、そこにある人間性を、少し読ませればよいのだから、、、、
所詮、売るための執筆です (私は、芥川をすごく気に入っていますけれど、、、)

与謝野晶子の “ 美男 ”には、少し思うところがある
大仏を釋迦と思い違いして言えることには、ナンにも言うことは無いのだけれど、
仏教(真理)に、美醜を持ち込むことには、賛成できない
( 皮肉だとすれば、辛らつだけれども、趣味が悪い ! )
柔肌に触れて欲しいのは理解できるけれども、
道は、そこから(法から)随分と別れていくことだと思う

投稿 春間 則廣 | 2007/02/17 23:17

 昼下がりの極楽をお釈迦様が散歩していらしたというのは、芥川龍之介にも困った話ですね。極楽においでなのはお釈迦様ではなくて阿弥陀如来なんですけどねえ。

 与謝野晶子も勘違いしていますね。鎌倉の大仏を指して、「釈迦牟尼は美男におはす」などと詠んでいますが、鎌倉の大仏は阿弥陀如来なのですよ。

投稿 紫陽花ペンギン亭主 | 2007/02/17 16:17

>それに、アラクネはやっぱり
>勝ったわけでもないのかな。
>神さまの失態や落ち度ばかりを
>図柄にして、織り上げたとあります。
>いくらみごとでも
>神さまは怒ったでしょうね。

 蜘蛛にされたことを「神の祝福」と解釈すれば話は変わってきます。
「蜘蛛」は名誉ある地位なのです。
 人からは尊敬されないことが多いけどね。

投稿 みみっく | 2007/02/17 16:12

みみっくさま

蜘蛛は、いろんな役目をしてくれるんですね。
蜘蛛は嫌われ者かと思ったけど、
あんがい人気あるかもね。

あ、でも、どちらかというと
極楽から地獄への糸ですね。
あら、今気がついたけど
蜘蛛は極楽にいたのね!

それに、アラクネはやっぱり
勝ったわけでもないのかな。
神さまの失態や落ち度ばかりを
図柄にして、織り上げたとあります。
いくらみごとでも
神さまは怒ったでしょうね。

投稿 管理人エム | 2007/02/17 15:50

「蜘蛛」とは、
地獄から極楽への糸を垂らすもの(菩薩)
神と争って勝つもの(アラクネ)
預言者を護るもの(ムハンマドの守護者)

 ということですね。

投稿 みみっく | 2007/02/17 14:44

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