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2006年2月12日 - 2006年2月18日

2006/02/18

正覚者の孤独

すっかり、時間が経ってしまいました。
横井さま、お返事を書こうと思いながら、
なんだかんだと過ごしてしまいました。

掲示板の横井さまの書き込みを一度あげてみましょう。
それから、わたしの思うところを、少々。
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2655. 既踏の地 横井直高 [URL]  2006/02/12 (日) 19:29

>で、仏教学についても、入り込んでみれば、
>人の手の入った跡に行く先々で出会うので
>す.どんなに仏教の森の奧に分け入っても、
>そこにはポツンと人家があり、人が住まう
>人か?
>人里離れて奥山に入っても入っても必ず人
>に出会ってしまうように自分の研究は、無
>数の人の研究の続きにすぎない…という感
>覚が、わたしには、これまた、あれよかし
>この感覚も、捨てがたい…と、思うように
>なりました。

 人里はなれて雑草生い茂る原野をかきわけ、
かきわけ歩いていくのは本当に心細いものです。
未踏の地へ分け入り、くたくたになって、
自分がどこに進んでいるのかさえ分からなくなって、
とんでもない間違いを犯しているのではないか、
誰も歩んだ道ではなく、
そもそもこんなところは歩くべきところでさえないのではないかと
疑い出したらきりがありません。
一歩も進めなくなってしまいます。

 そんなとき、はるか向こうにポツンと人家の明かりが見えたら、
どんなに安心するでしょう。
歩んできた道は正しかった、
これでいいのだと確信できたら
自分の人生は無駄ではなかったと思えます。

>だから、インド哲学でも同じようにまった
>く人の踏み入れたことのないところあるい
>は、今では誰も見向きもしないところこう
>いう場所を、自然と好んで研究してきたん
>だろうと思う。

 どんなに心細くとも未踏の地を歩む力は、
これが既踏の地であってほしい
という祈りが支えているのではないでしょうか。
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わたしが歩んでいるのは、
ほとんど未踏になってしまった既踏の地でした。
本当の未踏の地ではないはずでした。

自分の行く道は、確かに大昔ブッダが歩いた道だ、
あるいは、その昔龍樹が通ったこともある。

確かにそのはずだと
何度も何度も確かめましたが、
もはや行く人もなく
道の跡はなくなっているようでした。

ブッダの通った道だと確信してすら、
これだけ、不安なのだから、
ブッダ自身はどうだったのだろう
と、思わないではいられませんでした。

ブッダについては、
増谷文雄氏が
『この人を見よ ゴータマ・ブッダの生涯』(講談社文庫)の中で
こんな風に語っています。

悟りをひらいて幾日も幾日も樹下で過ごしているとき、ブッダは
孤独のおもいにとらわれます。

「その時、世尊は、ひとり坐し、静かに思うて、かように考えた。
<尊敬するところなく、恭敬するところない生活は苦しい。
わたしはいかなる沙門または婆羅門を尊敬し、
親近して住すべきであろうか>と」(p.59)

このように、自分が、師と呼びうるような、
尊敬すべき人を求めますが、
自分の前を歩く人はなく、ただ未踏の地があるのみで、
自分の来たこの境地にも誰もやってくる気配のないことを
知るのです。

天涯孤独 … 誰も彼を理解する者はいない。

天上天下唯我独尊

とは、こんな意味だと増谷氏は言うのです。

「彼が親近して住するに値するような思想家は、
どうしても思い浮かばない。それもその筈である。
彼がさとり得たものは、天にも地にも
いまだあらざりしところのものであった
はずであるからである。」(p.62)

とうとう、孤独のブッダは最後にこう言います。

「われは、むしろ、わが悟りし法、
この法をこそ、敬い尊び、親しみ近づいて住しよう」(p.62)

こうして、
自分の悟った法を、
師とも友ともなして歩むことを決めたのでした。

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何もいいことない、ってわかっているのに
人は、どうして、道を求めていくんでしょうね。

孤独でやりきれないのに

ほんとに、どうしていくんだろうなぁ…われ。

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