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2006年2月5日 - 2006年2月11日

2006/02/08

前人既踏?

北海道に比べると、それ以外の日本のすべての土地は、
開拓されまくっていると、言ってもよいだろう。
(注:「すべて」っていうのは、もち誇張だからね)

津軽海峡を渡って、はじめて気づいたのがそれだった。

あら?なんか変!
なんかどっかに、違和感がある。

なんだろ?
なんだろ?

わかった!
雑草が、貧相
(韻をふんでみました)

っつうか、雑草がお行儀良い。

コンクリートの割れ目から、出ている雑草は、
ふつう、コンクリやアスファルトを持ち上げ、
ぶち壊しているはず。
それが、雑草の常識! あるべき姿だ!

なのに、雑草のくせに、隙間に細々生えてるだけだぁ。
そんなことで良いのかぁ。
もっと雑草としての気概をもたんかぁ。

あ、すいません、興奮してしまいました。

まぁこんな感じで、「自然」とおぼしきものが、
みんな人間さまの世界の中に取り込まれている
という点に驚きをもったのでした。

ここ、日本の土地では、自然は人間界の一部だった。
山野の木々も人の手の入らぬものはない。
自然は、従順に人間さまの意向にしたがう既知のものなのです。

…という感覚が、わたしにはある。

で、仏教学についても、入り込んでみれば、
人の手の入った跡に行く先々で出会うのです
どんなに仏教の森の奧に分け入っても、
そこにはポツンと人家があり、人が住まう
人か?あれ、キツネ?あ、失礼、仙人かも

…という感覚が、わたしにはある。

だから、人里離れて奥山に入っても入っても
必ず人に出会ってしまうように
自分の研究は、無数の人の研究の続きにすぎない

…という感覚が、わたしには、これまた、あれよかし

この感覚も、捨てがたい…と、思うようになりました。

前の「前人未踏」とセットで読んでね。

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2006/02/07

前人未踏

北海道は、明治以来、和人によって開拓されてきた。

「でっかいどう 北海道」 なので
道路をつくり、開墾し、放牧して、人々が住んでも
人の手の入らない土地はいっぱいあった。

なんか、至るところ、草が生え木が生え虫がいて動物がいて
自然は生きるエネルギーのかたまりだった。
その前に、人間さまは、ちっちゃくなってた。

先住のアイヌの人たちは、この美しい大地と本当に仲良く暮らしていた。
人は、自然のごくごく一部にすぎなかった。
だから、人は自然だった。そういう人の心も自然そのものだった。
アイヌの人の心は、雪解け水や透明な空気や白樺の木と同じだった。

…という、感覚が、わたしにはある。

「わたしの知らないところ」「未知の大地」「茫洋たる自然」
そういうものは、家を一歩出ればどこにでもころがっている

…という、感覚が、わたしにはある。

だから、インド哲学でも同じように
まったく人の踏み入れたことのないところ
あるいは、今では誰も見向きもしないところ
こういう場所を、自然と好んで研究してきたんだろうと思う。

わかれば、わかっただけ世界が広がる。
しかし、広がってみると、
それは世界全体のごくごく一部にすぎないことがわかる。
世界の中で自分はちっちゃくなってしまう。

自然のエネルギーの前にちっちゃくなるように、
大地にとけこんで、白樺の木と同じ心をもつように、
自分の研究は、哲学全体の中に取り込まれて一部になってしまう。

…という、感覚が、わたしにはあれよかし。。。(文語調になっちゃった)

まったく、はぁ、決まらないわねぇ。
ほんとは

…という、感覚が、わたしにはある。

と書いて、終わりたかったすよ(ぐす)。

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