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2006年12月10日 - 2006年12月16日

2006/12/16

哲学しませんといけませんだ

日々、忙しく立ち働く管理人です。

というほどでもありませんが、
あせあせと授業の準備して
バタバタっと、授業するもんだから、

哲学なのに、哲学するヒマありません。

なので
いろんなところで思索不足を露呈する。

まぁ、学生さんの思索も大半夢の中だ!

どっこいどっこいだぜぃ、みたいな 授業だ。

「自由」と「責任」ということについて
考えようとして
「自己責任」という言葉を取り上げたら

反応が、「今どき風」になって

突然思索がとまる。
なんか、こう答えたらダメみたいのが
あるんじゃないの、と思いたくなってしまう。

ほとんど誰もが
「どんな行為にも自己責任がある」
と答えてくれる。

ホントか?

で、よく読むと
でも、自己責任はあるけど、すべてのことに
責任をとることができるかと言われると、そうでもない、ともいう。

たとえば、「子どもができたら、自分一人では責任とれません」という。

みんなに聞くと、そうだという。

じゃ、責任は誰にありますか?
わたし一人だけじゃなく、相手にもあります。

そうですか。じゃ、誰に対して責任をとるのですか?
え?誰に?え、誰にって、いわれても…。

一番、困る人はだれ?
え?

じゃ、生まれてくる子供に対してはどうですか?
あ、… それもあります。

なんだ!子どものことなんか、何にも考えてないジャン。
「自己責任」は、空回りしてます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
別のクラスでは、まだマシでした。

「自分の一つの行為、一つの言葉が、
周囲になんらかの影響を及ぼすから、
いつも責任がある」

なるほど!いつもそう自覚して行動してますか?
僕は、そう思ってやっています。

よし!「自分の主(あるじ)は自分です」ということかな。

で、徹底的な自己責任を貫く
「業と輪廻」の話をする。

みんな、し~んとなって聞いているので、
こちらは、ビックリする。
「輪廻」という言葉も、はじめて聞いたの?

一年にいっぺんくらい、こうなるんだよ…
予期せぬ反応、ってヤツです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今の子は、どうもよくわからない。

もろくて、従順で、狡猾で、わがまま、です。

わりと標準的には、こんな感じ。

でも
芯があって、生意気で、愚直で、やさしい子もいます。

若者諸君!哲学してください!
哲学するとは、「言葉と行動の乖離に気づくこと」でもある!

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2006/12/12

世の中は、捨てたものではない話

毎日、物議をかもすようなことを書いているものだから
アクセス数が半端じゃなくアップしてまいりました。

では!公開。

昨日は、な、なんと
アクセス数: 254 (前日値:137)
訪問者数: 112 (前日値:65)

前日のほぼ倍近いアクセス数なのです。

よし!ますます、はりきって物議を…

おおっと、やめなさいィ、管理人!
ただでも、物議をかもすこと書いてるんだから
この先、はりきったらどうなることか、おそろしい。

そ、そうですか、
残念ね、では、少しおとなしめに、いきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ほったらかしで、つけていなかった試験問題の採点をする。
(ゴメンよ、ゴメンよ。試験問題くん)

パセーナディ王とマッリカー妃の有名な会話。
一番愛しいものをたずねるお話から一問。

王妃は、王から、一番愛しいものをたずねられて、
「自己」と答えます。
王は、王妃から、一番愛しいものをたずねられて、
やっぱり「自己」と答えます。

この答えを知ったブッダは

「心があらゆる方角にさまよい行くとも
自己より愛しいものにたどりつくことは
決してない
同じように他の人々にとっても自己は非常に愛しい

それだから自己を愛しく求める者は他を害してはならない」
(『サンユッタ・ニカーヤ』3・1・8)

と偈をもって答えるのです。
で、問題は、ブッダの最後の言葉
「自己を愛しく求める者は、他を害してはならない」
について、どう思うか、というのです。

いろいろな意見が、出そうにないなぁ、
って、思ってましたが、

なんとお!
いろいろ、出ましたのじゃ。。。

自分が自己を大事にするなら、
他人にも自己があるから、
他人も自己は大事である、とわかる。
だから、他を傷つけるな、は正しい。

自己愛は、他人への愛へ変化する。
他人を愛するのも、結局自分への愛なのだ。
他を傷つけるのは、自分を傷つけるのと同じだ。
だから、他を傷つけるな、は正しい。

自分にされていやなことは、他人にしてはいけない
これと同じことである。
だから、他を傷つけるな、は正しい。

王と王妃は、自己愛のかたまりだから、
よくない。国を治める者として。
もっと他人への思いやりをもたなければ
国を治めることはできない。
だから、他を傷つけるな、は正しい。

自己を愛する者は、他を傷つけるな
という、ブッダの意見は、いまいちだ。
自己を愛する者だけではない。
誰でも、他を傷つけてはいけないからだ。

「自己を愛する者は、他を傷つけるな」は、
そうかもしれないけど、そんなの小さい!
自己を捨てて他人を助けるようでなくては
いけない。
看護の仕事は、自己犠牲的である(とあったかなぁ、忘れました)

他を本当に愛した者でなければ、愛はわからない。
自己を愛するというのは、あたりまえだから。
子どもを助ける母親のようであって、
はじめて愛がわかる(うろ覚えです)

看護師さんですから、こういう問題には
”力強く”
反応してくれるのが、ありがたい。

まだまだ、
戦争問題などいろいろにからんで出てきたけど
せんせがボケなもので
忘れてしまいました。

「自己を愛しく求める者」

これは、現代人にとっては、あたりまえかと思ってたけど
看護師さんのタマゴたちには、そうでもない、ということが
わかりました。

「人のために生きよう」

こういう人も、たくさん現代にはいることが
わかって、感動したっちゃ!

それに、学生さんの中にも
ブッダが、なかなかいいこと言ってることがわかって
感心している人もいましたっけ。

なんか、一応、論理学がらみの問題なんだけど
論理学なんて、関係ない感じもするですね。
あんなに論理学の問題に苦しんでたのに、
こんなに上手に論じることができるんだもん。

論理学なんて、論理学なんて、どうでもええか
こんなもん、いらんかも

って気もしてくるわ。

こんなこと言っては、物議かもすかすら…
ま、いいよねっ!
ほんじゃ、ばいちゃっ!

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2006/12/10

こわい本、それは…

毎日、何にかしら用があって、
なかなか進まない龍樹本。

龍樹気分を持続できず、細切れなので、
前に書いたことを思い出すだけで、日が暮れる。

それでも7割は超えたような気がする。

書いてるうちに、どんどん予定していた内容とは
変わってくるのも、
困ったもんだわ。

ブッダの深い思索が、だんだんあらわになってくるので、
それを書いていると、龍樹に至りません。
困ったもんだわ。

で、
ブッダ論理学が、ずんずん深化していきはじめました。
それはそれでいいけど、龍樹本としては
困ったもんだわ。

『中論』の「空」をメインテーマにする予定だったのに、
四句分別と八不中道を説明したら、紙面が尽きそう。
困ったもんだわ。

あと、「行く者は行かず」の解釈にもふれなきゃね。
ここにも、紙面を使いそう。
困ったもんだわ。

ホント難問だらけの『中論』に、悪戦苦闘する毎日です。

と、いいながら、

玄侑宗久氏の『般若心経』(ちくま新書)を

読んでしまいました。おいおい!困ったもんだわ。

そして、
『中論』のずううっと延長線上にあるこの経典の難解さに
もだえ苦しむのでした。

力の入った玄侑宗久氏の能弁な解説が、
なんとなく
空回りしてるような
そんな印象です。

玄侑氏は、
『般若心経』を
現代科学の知識や
西洋哲学の知識や
現代仏教学の成果を
十分活用して
説明してくれようとしているのです。

よく勉強してたくさんのことを知って
説明してくれようとしているのです。

ところが、読めば読むほど
逆に
経典からたちのぼる
異様なオーラにむせかえる。

こんな知識じゃ
まるきり歯が立たないんだ
って、いう気がしてくる。

現代の知識レベルでは
この経典を読むことはできない

思って

心底震え上がって
本を
パタと閉じました。

ああ、こわかった!

あら、あまりにレベルの高い経典に
ふれたので

なんだか『中論』がやさしく感じる…
けがの功名かな…

ラッキーかも…

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