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2006年11月12日 - 2006年11月18日

2006/11/16

二人の聖者ブッダとイエス!

公開講座も、無事終了しました。
たくさんの方にきていただいて
ありがとうございました。

わざわざ来ていただいた方もいて
申しわけないような…
だって、こんな話ですもん、(どんな?)

いやぁ、
もう少し、うまく話せなかったかしら
と、反省しきりでございます。

仏教とキリスト教

むずかしいですね。。。

神をもたない宗教 仏教
神のかわりにあるのが、縁起の理法

こういう視点を打ち出してみましたが
いまいち、詰めが甘かったでございます。

ブッダは、理法で
理法は、ブッダ

このあたりも、もっと強調したかったですが…

では、ちょっとだけ、イエスとブッダの比べッこ、してみますか?
こんなんなりました。

      **********

ヤサの出家のあと、友人など続々出家し、61人の阿羅漢が生まれました。
ブッダは、伝道を宣言します。

「今や多くの人々の利益と幸福のため、世間を憐れみ、その利益と幸福のため、諸国を巡り歩くがよい。
一つの道を二人して行くな。
初めもよく、中頃もよく、終わりもよく、正しい道理と表現をそなえた法を説くがよい。すべてにゆきわたれる清らかな修行を教えるがよい。…」(増谷文雄『仏陀』角川書店)

      **********


同じように、イエス・キリストは伝道に72人を派遣します。

「主はほかに七十二人を任命し、ご自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。…
わたしはあなた方を遣わす。それは狼の群れに子羊を送り込むようなものだ。…

どこかの家に入ったら、「この家に平和があるように」といいなさい。
その家に泊まって、そこで出されるものを食べ、飲みなさい。
働く者が報酬を受けるのは当然だから。家から家へ渡り歩くな。どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される食べ物を食べ、その町の病人をいやし、また、『神の国はあなた方に近づいた』と言いなさい。」(ルカによる福音書10.1-9)

      **********

同じような伝道開始の場面ですが、対比してみるとおもしろいですね。
ブッダは、「二人していくな、一人でいけ」と言い
イエスは「二人でいけ」と言っています。

イエスの伝道には危険が及びそうな気配が漂います。
イエスの弟子を案ずる気持ちが、「狼の群れに子羊を送り込む」という表現になっています。
ブッダは、阿羅漢である弟子たちに、「世間を憐れんで、諸国を巡れ」、と励まし
おそれを抱いている様子はありません。

また、イエスは、家に入ったらそこに泊まって食べ物を食べて飲みなさい、と言い、
それは仕事の報酬なのだと言います。家から家へ渡り歩くなとも、言います。
ブッダの場合はちがいます。報酬は受けてはいけない、家から家をまわって、乞食がルールです。
家に泊まることは基本的にありませんね。

イエスの伝道には危険がついて回るが、ブッダの布教にはそこまでの危険はない。
イエスの場合、報酬として食事を受けるが、ブッダの場合、布施として食べ物をえる。

二人の聖者は、考える基盤がどこか共通であるように思います。
そうでなければ、ここまできれいに対比的にならないのではないかな、って思いました。

キリスト教もおもしろいですね。
北星学園の山我先生のご著書『雑学3分間ビジュアルシリーズ 聖書』PHP研究所 拝読中なり。

先生曰く「3分間、っていうのは、本一冊3分で読めるってことじゃないですからね。
図の入ってるページと本文の見開き2ページが3分間ですよ」

え?そうなんですか。さすがに200ページを超える本だから3分は無理か。
でも、2ページ3分ってことは、100×3=300分かかるってことね。
ってことは、5時間!そんなにかかるんだ。

しかし…

じっさい読んだら、3分じゃ終わらないや。10分くらいかかっちゃうよ。

となると、18時間以上かかる!? 
ううむ、かる~くだまされますね。

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2006/11/14

勇気をもって因果を語れ!

看護学校で、論理学をやっています。
ブッダ論理学に、完全移行してから
めちゃ、調子いい!

四聖諦なんて、そのまんま医療の現場に
応用できる。
なんで、もっと早く気がつかなかったんだろ?

「因果律」も、ブッダの公式で教えてます。
そしたら、気がついた!

因果律は、看護師さんの必殺アイテム!
体温計とおんなじくらい、大事なものよ!

患者さんを見つめるやさしくも厳しい目は
いつでも的確に因果を見つめます。

すぐれた観察力で
たちどころに因果を見極める!

でも、問題は、その後なのだ!
因果関係を語る「勇気」がないのだ。
文章にするとき、因果を表すことが、もうできない。

言われたことは、完璧にこなす看護師さん
患者さんにも、やさしく適切に対応できる看護師さん
有能そのもの、看護師さん

だけど、足りないものがある

あなたの、その大事な提言をみんなが待っている
どうすれば、もっと医療がよくなるか
じいっと考えて

因果を見つけたら
おそれず勇気をもって語れ。

みんな、はっきり言うのがこわいので
あいまいににごして、
文の中につっこんじまう。

だから、事実なんだか考察なんだか
わからないような文ができあがる。

「不適切なケアにより痰が口に入らなかった」

これは、因果にならないよ、
文の意味もはっきりしない、ね。

因果を語る言葉は
「これがあるときかれがある」だよ

「適切にケアするとき、痰は口に入らない」のさっ。

論理学の授業で
まさか

「勇気をもって言う気をだせ」

なんて
言うとおもわんかった。

こうなると論理学って

結局、文章の書き方の問題じゃないわね。
結局、人間の生き方の問題だってことね。

ブッダ論理学、バンザイ!

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