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2006年10月22日 - 2006年10月28日

2006/10/28

管理人、ゲーデルと龍樹を食す

数日前に
「いつも元気そうですね」と言われた話を
日記に書いたら
その後
たちまち
寝込む。

どうしてか、わからないけど
ウィルスのようだ。

「元気そう」と書いたから
ウィルスが目覚めたのかな?

しかし、それだけではないような気がする。

ここのところしばらく
林晋、八杉満利子両氏の
『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫)を
しみじみ読んでいました。

掲示板「マニカナ道場」での、muさまの投稿

(「 友人としてのヒルベルト」
記事No : 2042
投稿日 : 2006/10/01(Sun) 17:58)

この投稿に触発されて
ずっと考えなければならないことが
あるように思っていましたが
それが何だかわかりませんでした。

龍樹の調べ物をして、
研究書を検討しながら、
『廻諍論』を読みました。

それとあわせて、
ゲーデルの定理をぼちぼちひもときながら
林・八杉両氏の解説を地味ィーに
辿っていたら

突然昏倒したもようです。

完全にわたしの限界を超えてるようだ。
龍樹とゲーデルなんて
ウナギとスイカの食い合わせみたいなもんでしょう。
お腹こわすかわりに
おつむをこわしました。

     ***

この『ゲーデル 不完全性定理』は、
とてもいろいろ考えさせられる本です。
くりかえし読むことになりそう。。

【著者の二人の苦労について】
ヒルベルトの発表したものだけでなく
彼の残した「数学ノート」を丹念に解読し
また、同時に
彼をめぐる人々との応酬の中から
彼のめざす目的やその真意を見つけようとする
著者たちの姿勢には感銘を受けます。

数学の歴史研究は、数学の業績の(歴史的)解釈です。
1-2年で終わる予定だったそうですが、
両氏は、それに10年もかけることになってしまいました。
おそらく膨大な研究結果があることと思いますが、
それをこの一冊に凝縮するのはたいへんなことだったろうと思います。

わかりやすく述べようとしながら、
しかも厳密であろうとする
著者魂と学者魂の葛藤が
透けて見えて
つらさがしのばれます。。

読んでる方としては、
もっと専門に入ってもいいから
丁寧に説明して欲しいと思ったり。。。
主要人物以外のほかの登場人物のエピソードは
略してもいいかなんて
無責任に思ったり。。。

すみませんです。

一大歴史読み物でありながら
数学理論の普遍的テーマを
語るわけだからなぁ。

言い換えれば
付法の因縁物語
プラス
経・論
これらをあわせて語るに等しい。
一冊の中でかたるには厳しい。。

      ***

ヒルベルトの「可解性」への信念が、
19-20世紀の数学基礎論の中で
通奏低音のように流れるなか、
人々はそれにあわせて踊った。

ヒルベルトがいなければ
ゲーデルも出なかった。

ゲーデルの不完全性定理のような業績は
それ以前に
それを衝撃として受けとめるだけの知的な成熟が
なければ
けっして出てこないものである。

何を言いたいかというと
「一切智者」の眼をもつような
そんな知的な構造を模索していなければ
あいかわらず
気づかれなかっただろうということなのです。

目的をもち意義を見いだす人々だけが
その重要性を認識できる。

その意味で
ゲーデル以後というのはどうなのだろう
と、ちょっと思ってしまう。

解説する林・八杉氏は、
純粋数学化の方向に向かい
重要な研究成果が続々あらわれていると
楽観的に述べてるようにみえます。

何か嵐が去って一件落着といった
感じもただよいます。
過去の遺産という視点が入ってますか?

わたしは、詳しい研究はまったくわからないけど、
何か研究があまりに専門的に細分化されて
小粒にならなければいいがと案ずるのです。

「一切智者」の眼を忘れずに
数学が進みますように。。
無矛盾であることに執着しすぎると
どんどん小さく小さく穴にもぐるのではないかと
心配したりするのです。

以上、この本の「最初の」感想でした。

     ***

ええっと、それで、龍樹本ですか?
はぁ、トンデモないことになって
進展中。
だいぶ書き直したので、30%くらいかな。

だんだん自分がわかっているのかわかっていないのか
よくわからないようになってきました。

龍樹と同じ

「一切智者」の眼が

欲しい。。。す

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2006/10/23

管理人、来し方を語る

書こうと思うことはいっぱいあったけど
こんどは、
書く暇がありませんでした。

そんなもんですね。

先週の金曜日には
講師室で一緒の先生に
「いつも元気そうでいいですね」
と言われ、

廊下で去年教えた学生さんに
「せんせっ!いつも元気そうですね」
と言われ、

うううむ、いつも元気そうに見えるのか…
なぜだ?
と悩むのでありました。

なんで、
龍樹で悩んでる(はず)なのに、
元気そうに見えるんだろ?

わたしのイメージとしては
思索にふけりながらうつむいて歩くカント先生と
自分が重なってる
(ことになっている)のだが…

世間というのはわからないものだ?!

というより

自分というのはわからないものだ?!
といった方がいいのかな。

思ったより、ずっと悩みのない人生を
おくってるのかもしれない…
気がつかないけど

もしかすると…
悟ってたり…

するわけないです

悟ったら「悟った」と自覚すると
お釈迦さんは言ってます。

あ、そうでしたね(ははは)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、土曜日には、
とうとう我が家でも暖房を入れました。
毎年、暖房を入れる時期が遅くなってるなぁ。

久しぶりにコンサドーレの試合を見に行って
試合結果に寒くなって帰ってきました。

暖房でも温まらない、寒い試合だったわ…
1:4で、ヴィッセル神戸に力負け…

帰ってみたら、日本ハムも負けていました。

ま、負けでそろってて、いいかも

なぐさまる(自動詞?)管理人でした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして、日曜日。
町内清掃がありました。
雨が降ったら、中止というので
期待に胸がふくらみましたが

雨なんか降る気配もない
ピカ晴れでした。

諸行無常ですもん
枯れ葉なんて集めなくたって…
などと
都合良いところで
仏教を利用する管理人でございます。

ブツブツ言ってないで
しっかり掃除しなさい!管理人。

さて、残り一日
少し龍樹に集中する。

そんでもって
龍樹で、小山を越える…
ちょっとよかった、ホッとする
けど
次の山が眼前にせまってました

ああ、なんかいいことないかなぁ

と、
居間にいって、テレビをつける

パチパチ、チャンネル変えてたら、
また、日本ハムと中日ドラゴンズの試合中でした。

バッターボックスはセギノール選手です
と、言っていました。

そうか、まだ、投手は投球しないようだな、
と目算し
「打つ頃見ましょ」と
他にパチパチチャンネルを切り替える

そろそろかなと
チャンネルを戻してみたら

なんと
セギノール選手が手を挙げながら
ゆっくり塁をまわっていました。

ええ~っ!うそぉ~!
あんな短い時間にホームラン打ってたのかぁ~

おお!
ホームランの瞬間だけ見逃す、という
得がたい経験をした管理人でした(おばか)。

このようにして
楽しい三日間でした…どこが?

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