ざっつ、雑感!
例によって、アクセス解析です。
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みなさま、ほんとゴメンだよ。
ほとんど更新してないのに、
きてくれて…
えらいわ、ほんと
って、感心している場合じゃないですわね。
それに
例のブツですが…
じゃなくて
例の仏ですが…
でもなくて
例の龍樹ですが…
進んでますか?
自分で自分に聞くな
っつうの。
進んでるも何も
『中論』読んでるわよ。
『方便心論』もそうだけど
読んでも読んでも
読み切れてないところがたくさんある。
『中論』も
今回は、枠組みと部分で、本がいっぱいになっちゃいそう。
『中論』は、でも、『方便心論』より
だいぶわかりやすい感じだわね。
多方面に拡散しないもの。
チベット訳の註釈『無畏論』を、
龍樹の註ではないと思っている研究者は
多いんだけど
なぜかしらね。
チャンドラキールティとか清弁とか
他の注釈者の註で読んでしまうからかしら。
もの足りないようにおもうのかなぁ。
ぜいたくよね、
っていう問題ではないけどね。
わたしと一緒の考えの人がなかなかいなくてさびしいわ。
『中論』は、偈頌だけでも読めることは読める。
『方便心論』の論法と
仏教を知っていればだけど…ここが問題だ
仏教知らないわたしは、もうたいへん。
いちいちパーリ仏典探ったり、漢訳さがしたり、
頭ン中のわずかな経典を思い出したり、
すんごいことになっとるだ。
親を恨んでも仕方ないけど
何で、子どもの頃
わたしを寺子屋にいれてくれなかったんだろ!
寺の子屋で、お経でも暗記させてもらえば
一発だったのに。
寺子屋?
そういうもんでしたか?
あったんですか、寺子屋?
ははは、ま、ま、かたいこと言わずに…
小学校に入ったのが、人生のまちがいだった
と、今気づくのだった。
だけど、
そのまちがいを正し、さらに、おつりまで来るのが
じゃーん!
この
『無畏論』なのです
…そうですか…
あら、しらけてますか?
これがあると、時間短縮されてありがたいのよ。
わたしが「こうかなぁ、どうかなぁ」と思うと、
『無畏論』に
「やっぱりそうです」
と書いてある
「こうかなぁ」と思うところだけに
註釈がついてて、
分かりきったところには註がないから
無駄がないのもいいや。
こんなにフィーリングあうんじゃ
龍樹も、ひょっとして、
あせあせ主婦やってたんじゃないかと…
思うなっ!
じゃ、仕事はじめ!
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