« 2005年12月25日 - 2005年12月31日 | トップページ | 2006年1月8日 - 2006年1月14日 »

2006年1月1日 - 2006年1月7日

2006/01/07

私生活をチェックしろ、なのだ

年が明けたというのに、まったく進化していない管理人です。

いろいろ雑用が多くて…っと言い訳してみよう。
このまま雑用に埋没すると、退化しちゃうなと心配になる。

むなしく空回りしながら、かつ、異様に焦るので
『印度学仏教学研究』の最新号(第54巻第1号)を読む。

で、
前田恵学先生の「釈尊の悟りには展開があった」を
地味に熟読する。

もう一度熟読する。

えい!もう一度だ!

何と言っていいかわからない!
けっこう目から火花、って感じで
ガツン!とやられる。

ブッダは、ヤサやその友人達を出家させたあと、
ウルヴェーラーの第一回目の雨安居の時
次のような体験をするのです。

ブッダは
「比丘らよ、わたしは真の精神集中、真の正しい努力によって
無上の解脱に達し、無上の解脱を実証した。
比丘らよ、おんみらも、真の精神集中、真の正しい努力によって
無上の解脱に達し、無上の解脱を実証をせよ。」
と述べているのです。

これは何を意味するかというと、

ブッダは、菩提樹下の「最初の現等覚」より、
さらに進んだ境地に達したのだと
前田恵学先生は語っています。

むむむ!そうなのか。

はっきり言って、わたしもブッダに関しては、
まだまだ、いろいろひっかかることがあるのよ。

ずううっと、考えてることもあるの。
でも、この悟りの二段階(もっとあるかもしれないけど)には
気づかなかった。

教説にばかり気をとられているのもいけないわね。
ッテ、言っても教説だってよくわからんところがいっぱいあるし。、

45年間の教導生活の間、ブッダは、「進化」してたんか?

ありうるよなぁ
…そういえば、ちょっとそう思ったこともあったっけ。
あれは、何でそう思ったんだろ?
思い出せない…

と、退化しつつある頭で呻吟するのだった。

ブッダは進化し、わたしは退化するのか。
反比例の関係かしら

などと言ってるばやいでは、ない!

また、一つ、やること増えたでねえの。

ブッダの私生活チェックしろ、なのだ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/03

年頭のご挨拶なのかな

明けましておめでとうございます。

もう三日になっちゃいましたね。早いなぁ。。

暮れに大急ぎで年賀状を書いていたんだけど、
一言二言書こうと思うと

「老化するばかりです」とか
「足腰立たなくなりました」とか

そんなせりふばっかりで、
みんなに「正月なのにぃ、くらいよ」と言われたので
できるだけ一言書くのをやめました。

それ以外の文句が浮かばないのよぉ!
くらい年賀状受け取った人、ゴメンね。
何もない年賀状受け取った人も、ゴメンね。

でも、おばあちゃんは、年賀状のことを
「(自己)生存証明書」と呼んでるんだから、
それに比べたら、かわいいもんだと思うわ。

「年賀状が来ているうちは生きてるって、相手も思うから」と、
ばあちゃん!
それって、すごいんじゃない。

かなり元気でる意見だぞ、っと。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
さて、今年もあと363日。

昨年暮れには、いろいろ悩み多き人生でした。
みなさまには、いろいろご迷惑をおかけしました…ような。

で、
いまも続いているけど、気を取り直し、
少し地道にテキストに埋没しようと心に決めました。

ブッダ・龍樹と向き合うことにするわ。

いままでと変わらんのじゃ?

そうね、変わらんけど…

いままでは、ブッダ・龍樹でもうめいっぱいだったのよ。
いまでもそうだけど、それに第三の人物を加えようと思うの。
ちったぁ進歩しなきゃな、いくら管理人でも。

第三の人物、誰も注目しないが、
仏教の論理学を現代化できるただ一人の人物。

彼の名は、アクシャパーダ(別名、ガウタマ)。

もっとも現代論理学に近い男、
そして、
わたしたちの心情にもっとも近い思想の持ち主。

そして、
龍樹をもっともよく理解した男。
そして、
ブッダ思想の上前をはねた男。

彼を本格的に加えることにするわ。
そうなると、ますます頭が爆発するかもしれないけど、
やむを得ないわね。

頭ぐらい何よ!

…っていう、問題ではない…か。

今年も波乱の幕開けとあいなりました。
みなさま、
よろしく巻き込まれちゃってください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年12月25日 - 2005年12月31日 | トップページ | 2006年1月8日 - 2006年1月14日 »