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2006/12/10

こわい本、それは…

毎日、何にかしら用があって、
なかなか進まない龍樹本。

龍樹気分を持続できず、細切れなので、
前に書いたことを思い出すだけで、日が暮れる。

それでも7割は超えたような気がする。

書いてるうちに、どんどん予定していた内容とは
変わってくるのも、
困ったもんだわ。

ブッダの深い思索が、だんだんあらわになってくるので、
それを書いていると、龍樹に至りません。
困ったもんだわ。

で、
ブッダ論理学が、ずんずん深化していきはじめました。
それはそれでいいけど、龍樹本としては
困ったもんだわ。

『中論』の「空」をメインテーマにする予定だったのに、
四句分別と八不中道を説明したら、紙面が尽きそう。
困ったもんだわ。

あと、「行く者は行かず」の解釈にもふれなきゃね。
ここにも、紙面を使いそう。
困ったもんだわ。

ホント難問だらけの『中論』に、悪戦苦闘する毎日です。

と、いいながら、

玄侑宗久氏の『般若心経』(ちくま新書)を

読んでしまいました。おいおい!困ったもんだわ。

そして、
『中論』のずううっと延長線上にあるこの経典の難解さに
もだえ苦しむのでした。

力の入った玄侑宗久氏の能弁な解説が、
なんとなく
空回りしてるような
そんな印象です。

玄侑氏は、
『般若心経』を
現代科学の知識や
西洋哲学の知識や
現代仏教学の成果を
十分活用して
説明してくれようとしているのです。

よく勉強してたくさんのことを知って
説明してくれようとしているのです。

ところが、読めば読むほど
逆に
経典からたちのぼる
異様なオーラにむせかえる。

こんな知識じゃ
まるきり歯が立たないんだ
って、いう気がしてくる。

現代の知識レベルでは
この経典を読むことはできない

思って

心底震え上がって
本を
パタと閉じました。

ああ、こわかった!

あら、あまりにレベルの高い経典に
ふれたので

なんだか『中論』がやさしく感じる…
けがの功名かな…

ラッキーかも…

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コメント

luckyさま

読みました、読みました。といっても、だいぶ前です。
お友達に本を貸したら、戻ってこないので、少しうろ覚えです。
色即是空はいいけど、空即是色は余計だ、ともありましたでしょうか。それは、別の本かもしれませんけど。

スマナサーラ長老さまの御説は、いいですね、ストレートで、、、というのも何ですが、とにかく長老さまの頭の中を知る上で重要なので、今のところ、「フーン、そうきたかぁ」と承っています。
テーラワーダという部派の立場の意見として、すごく興味深いですよ。

『般若心経』の後半、呪文のところは、宮元先生が解釈されていますが、じつは、前半の空のところ、けっこうわからないです。龍樹の解釈にも通じますけど、龍樹その人の発想ではないような…おそらく。
その意味で、「龍樹『みたいな』人が余計なことを言った」は、あたりかなぁと。「龍樹みたいな(=龍樹ではない)人がいった」ということかなと思ったりしてます。
「余計なこといった」も、理屈としては、あたってる。龍樹なら、ああいう、ちょっとわからない表現はしないような気がします。
「呪文云々」も、文句言えないや、って感じですね。

しかし、それだからこそ『般若心経』は、トンデモないこと書いてある経典なのだろうと思っています。

投稿 管理人エム | 2006/12/12 21:39

玄侑 宗久氏とS長老の対談本「なぜ、悩む!―幸せになるこころのしくみ」をお読みになりましたか?

その中で、S長老は般若心経に関連して「それは龍樹みたいな人が余計なことを言っただけで... (中略)........空即是色。あれが完全に間違いです。..(中略).....色即是空。空即是色であると言った人が、次にこれこそ大事な呪文である、なんて矛盾したことが言える?(p57~72」とと述べていますが、エム先生はどうお考えになりますか?

投稿 lucky | 2006/12/12 16:25

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