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2006/09/20

しまった!ドア閉まった!

昨日の朝でした。
地下鉄に乗って、座っておりました。

なんとなく
「これがあるときかれがある」
という
その名も名高い(?)「ブッダの公式」について
一生懸命考えてしました。

ブッダは、これを何通りに使ったのか
あれこれ事例を挙げつつ
数えておりました。

駅に着くたび
人は出たり入ったりしています。

1,2,3,4,5,6…

おお!すごい、6通りだ。
「これがあるときかれがある」
たった一つで
6通りのことをあらわしていたのかぁ。

感動!

っつうか、お釈迦さんて
けっこう思考節約してんのね。

「ブッダの公式」って、
万能なべみたいなもんなのねぇ。
朝から有意義な…え?!

あれ?何で、右側のドアが閉まるんだ。
え?ここどこ?

あああ、地下鉄サッポロ駅が
すぎていく。

ほんとに、考えるのはいいけど
いい加減にしないと…

こうして、
次の駅で向かいの地下鉄に飛び乗り
駅の階段を駆け上がり、
エスカレーターも駆け上がり、
JRの階段を駆け上がり、
なんとか電車にまにあったのでしたぁ~。

なんかいつも無駄に走ってるような気がする。

思考節約するお釈迦さんにならって
せめて
少しエネルギーだけでも節約したいわ。

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コメント

春間さま

> 構造は、“苦”の消滅のために“用いられる”時に、
> その用をたします
> 構造の解明は、そのとき用をたします

ほんとにそうですね。
四聖諦は、毒箭を抜くために説かれました。
論理の構造をうちに秘めて。

ブッダの教えは、あらゆる人の毒箭を抜くために
つくられています。
論理の構造は、表に出ないけど、
確実に毒箭が抜けたとき
みんな、その構造を実感するのだと思います。


同時に

この世には
毒箭を放つための
論理も存在しています。
そういう論理は、
論理の構造が先にきて
毒箭はかくされているようです…

投稿 管理人エム | 2006/09/30 08:09

>毒箭を抜こう!判断するまえに、まず見よ!

確かに (!) 

(大正蔵 0109C23 0109b21 )
汝らが論ずるときには、「これは苦しみである」
と語るべきである。
「これは苦しみの消滅に赴く道である」
と語るべきである。

( 選集 13-44p ) 、と 引用されています

構造は、“苦”の消滅のために“用いられる”時に、
その用をたします
構造の解明は、そのとき用をたします


投稿 春間 則廣 | 2006/09/28 10:23

春間さま

> 出来る、出来ない は、根拠の無い価値観、判断、が根底にあります
> しない の 後に続きます
> ( 飛躍しすぎかなー )
> ( 貴方の、論理で、構造を与えてください )

そうですね!論理学でも、
命題論理学(「する・しない」の論理学)のあとに、
様相論理学(「できる・できない」の論理学)がきます。

現代では、様相論理学が表に出てきて、
命題論理学は忘れられているらしい。
現代人のみなさまは、ブッダ論理学の説明を
「なんだ、命題論理学じゃないか」って、
反応してくれました。

> これが、“ 詩 ”の構造です

“ 詩 ”の構造があって、
“ 論理 ”の構造に意味が出ます。

毒箭を抜こう!判断するまえに、まず見よ!

投稿 管理人エム | 2006/09/23 11:16

”元”アスリートとは、過去分詞完了形から派生した言葉で、
”いまは ちゃいまんねん”の意を含みます
(ブドゥから生まれた、ブッダと、少し違うかな ?)

出来る、出来ない の考慮は、長短と ”同じ” 縁起を孕み、
釈迦牟尼仏陀の、”かんぱ(観破)”する毒箭にあたります
(円)澄 よ 、 「毒箭を抜かずして空しく来処を問わざれ」
- 空海の言葉は、比叡山に木霊しました。

まず、行動、しかるべきときに来る 般若、それが 行 行深般若
まず、般若、しかるべきときに来る 行動、それが 行 行深般若
  ― どっちでも一緒か

出来る、出来ない は、根拠の無い価値観、判断、が根底にあります
しない の 後に続きます

( 飛躍しすぎかなー )
( 貴方の、論理で、構造を与えてください )

これが、“ 詩 ”の構造です

投稿 春間 則廣 | 2006/09/21 08:49

春間さま

全部で、ビルのほぼ5階分をほぼ一気に駆け上がったら、
最後の駅のホーム直前では、
もう、どんなに急ごうと思っても、

足が前に出ませんでした。
気ばかりあせるのでした。

> 走るって事は、代謝が上がることで、
後に悪い影響を与えるばかりではありませんよ。

今回は心臓には悪かったような気がします(笑)。

> 一日一回、
> 戒壇!を(かけ)上がることにしたらいいと思います。

おお、うまいなぁ、心臓と代謝のどちらにもよさそうですね。

若い好実くんには、
地下鉄は、
お茶の子ですね。

春間さま、アスリートだったのですか。
運動のできる人は、あこがれです。


投稿 管理人エム | 2006/09/21 07:45

間違えた !

好美じゃなくて、”好実”だった 。
このサイトを見ることは無いかもしれないけど、
一応、訂正します  - すみません

投稿 春間 則廣 | 2006/09/20 19:45

お釈迦様の苦行と同じところもあるのかなー 。

それ無くして、( のちの )
阿耨多羅三藐三菩提は、ありませんね。

無駄は、それと知ることによって、
有意義なものでしょ ?

失敗は、成功の 云々

走るって事は、代謝が上がることで、
後に悪い影響を与えるばかりではありませんよ。

一日一回、
戒壇!を(かけ)上がることにしたらいいと思います。

やっぱり、従兄弟の子供の、好美君は、地下鉄の階段を
駆けることもあるのか、 ” 聞いてみよっと ”


(元)アスリートより。

投稿 春間 則廣 | 2006/09/20 19:39

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