楽あれば…甘いぞ!楽無し
朝は曇り。日曜日。
いいわね…
何が?
日曜日ってこともあるけど
『中論』って、いいなぁと思って
ちょっと、日記に書いておくのよ。
*******
『中論』は、偈頌の部分は、龍樹作といわれている。
これに反対する人はいない。
そりゃ、そうだわ。
龍樹から『中論』の偈頌をとったら、龍樹、ゼロ(空)になっちゃう。
+++++++
『中論』でありがたいのは、サンスクリット語のテキストがある
ということだわ。
(仏護のサンスクリットのテキストも見つかったそうですし)
心が穏やかになるわ、ほんと。
何が楽だって、サンスクリット語があることほど
楽なものはない!
#######
これまで、『方便心論』は漢訳一本だったから
ものすごくたいへんだった。
一応、仏教漢文、という伝統的な読み方が、
通俗的には知られていて
それにならうことが多いけど
これは、「確かである」という読みの確証は得られない。
他にも読みの可能性を秘めていて
何とも言えないことが多い。
だから、他の文献との比較研究などが有効なんだけど…
『方便心論』の読みを決定づけたのは
やっぱり
わたしのサンスクリットの知識だった。
サンスクリットが漢字の中にみえたとき、
「わかる、わかる」
という感触をつかんだのだった。
ま、それも過去の話だわ。
~~~~~~~~~~~
パーリ語も、ある意味、サンスクリット語から
入っていくことができる。
俗語にあたるから、サンスクリットを知っていると
とても楽。
でも、これにはこれの独特のむずかしさもあって
パーリ語は、深く入っていくと
サンスクリット語の及ばない部分が出てくる。
まだまだですわ。
==========
で、最後に、サンスクリット。
これは、もう、六派哲学をやってる人なら
常識の言語!
ダルシャナ(学問)が用いるあらゆる単語・語句と格闘し、
血を流し、肉を切り、骨を断ち、したボロボロの
惨状が、今ここに…
よみがえる!
あ、よみがえらなくていい…
しかし、その経験が『中論』を読むとき
こんなに生かされるなんて思いもよらなかった。
『中論』は、あらゆるダルシャナの濫觴(らんしょう)。
そして、
あらゆる経典・論書の集まるところ。
学問や思想の交差点。
サンスクリット語のおかげで
いろんなものがよく見える。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥
で、今のところ、もっとも難儀なのが
チベット訳…
これはねぇ、もう、しばらくぶりだから
よちよち歩きの赤ちゃんみたいな感じ。
少しづつ思い出してはきてるけど、
リハビリは時間がかかってのう…
せっかくのサンスクリットの癒し効果が
チベット訳見ると
相殺されちゃうのよ。
&&&&&&&&&
ほんとっ!
世の中って、うまくいかないわねぇ。
楽な人生って、絶対ないようにできてるのよ、
みんな、知ってた?
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58200/11832317
この記事へのトラックバック一覧です: 楽あれば…甘いぞ!楽無し:


コメント