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2006/07/09

良いブログの考察

月が始まっても書き込まないと、
このブログ白いまんまです。

管理人のせいだぞ。

そうなんだけど、
このブログには欠陥があるのよ。

開かないのだ!

この前から
書き込もうとするんだけど

この書き込むページに至るまで
何十分もかかるんですわ。
どうなってるん。

で、あきらめちゃうのも何回かあったのよ。

ゴメンね、みんな。
待たせて。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

みんな:待ってたわけではない、
管理人:あ、そうすか

みんな:ただ、コメントが書き込めないじゃないか
管理人:え?あ、そ、そうすね

みんな:コメント書き込むきっかけとしてブログはいるんだよ
管理人:そ、そうか、すまんです

みんな:だからつっこむようなネタを書くのが良いブログ人なんだ
管理人:そ、そうなんすか

みんな:そうに決まってるだろ!まったくブログのイロハも知らんな、ここの管理人は!
管理人:そうでした、そうでした、思い出しました、ブログのイロハ。

みんな:そう、それならいいんだよ!じゃ、つっこみネタ待ってるぜ!あばよ
管理人:へい、おまかせください!アバです。

なに?アバですって。
「あばよ」にあわせてみたのよ。いいのよ、そんなこと。

そうか、良いブログは、つっこみネタ満載なのか。
べんきょーになったなぁ。
ようし、日々精進するぞぉ!

(単純なヤツ!)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

でも、ここまで書いてきたこれも「ブログ内容」なんだけど
つっこみネタあるかしら?

お、あるある!

だいたい、会話のぬしが「管理人」てのはいいけど
「みんな」って、これ何?

一般名詞で表されるものが、
一人(?)で出てくるってのがまず変だわ。

「みんな」ってのは口がきけないのよね。
一般名詞なんだから、普遍っていわれるもんだし。

それに、コメントのためにブログがあるっていうのも
つっこめそうだわ。

順序が逆よね。
龍樹なら、こういうとき
「家が燃え落ちてしまってから
水をかけるようなものである」
って言うわね。

二つもつっこめるわん。
じゃぁ、このブログは良いブログなのね。
うれしいわ!きっと「みんな」コメントくれるわね

でも、…

つっこみネタバレだったら
「みんな」コメントなんて書かないんじゃない…
今回書いたわたしのブログ

良いブログなんでしょうか?
良いブログでないのでしょうか?

うう~ん

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コメント

>2回ですね
これは少し余裕のある時にやらないと、むずかしいかも
1回なら時を選ばず、なんとかできそうですが

あくまでも、経験からですから、人よって、違うかもしれませんが
30分くらいを、二回です。  
一時間できるなら一回で良いと思います(難しいですよ)
最初からあまり構えなくて、初めて入るときは、お臍に心をとめて、
数息という、“まず” 吐くを (い一) 続く吸うを (ち)
同様に (にー 、 い)と数えていきます
何か考えに捉われてしまった時は、
また、数えることを思い出して、(いーち)から始めます
4―5くらいになったら、また、1に戻ると良いでしょう
ずーっと(いーち)でいってもいいですよ
別に、うまくいかなくてもどーって事ないんだから、
そうしようとすることが、対話だと思ってください。
私は、20歳位のときに、我流で、始めたのです
呼吸を数えることも、自然にすぐに出てきました
「禅」の指導とか、方法を教わったことはないのです
決まりや、ノウハウを聞かされていたら、続けていなかったと思います
自分流の、ピッタリシタ仕方を気楽に行えばよいと思います
できなきゃ、やめればよいのだから

>この言葉を聞くだけでも、安心できます

安心してくれる、あなたがいることで、
私は、 嬉しく、、、  安心できます
( 本当のところは、 不安半分なのです )
少しでも多くの方に、
「大丈夫、どんな人でも、していることを、足せば一緒だよ」 と伝えたい

投稿 春間 則廣 | 2006/07/16 20:31

春間則廣さま

> 却って、余計に頭が回りすぎるのを止める
>と、考えれば、集中力が増すということにもなります

なるほど!余計なところに頭が行かない=集中力がます、
ということですか。

> ただ、最初は、ブドウ糖の枯渇に気付くと、
> ビックリしますよ
> 何にもしていないのに、
> 真っ白になってしまうように感じるから

授業中にこうなって、何も言えなくなって
困ったことがありました。
言葉が出てこなくなるのです。
それ以来、気をつけて
朝はパンを必ずかじることにしています。

> “瞑想”なんて大上段に構える必要はありませんが
> 端座して、心を、騒がせないことを、24時間の間に“2回”
> 入れてください

2回ですね。
これは少し余裕のある時にやらないと、むずかしいかも。
1回なら時を選ばず、なんとかできそうですが。

> 私は、理論派ではなく、思い立ったらまず行動の、実践派です

それはよくわかりますよ(^-^)、うん。

> 私の頭のどこかには、きっと“分類“があるのでしょうね

そうだと思います。
知らないうちに
きっと”身体”が
分類をしてくれているのではないでしょうか。

> 釈尊と、同じ頭脳を持っているのだから、
> 安心しています

これは!いいです!この言葉は、とてもいいですね。
この言葉を聞くだけでも、安心できます。

投稿 管理人エム | 2006/07/16 10:40

 こちらこそ

 童話の話は面白かったです。
 マイケル君がベッドの反対側からも降りられるようになることを祈っております(笑)。

>議論を「する」にしろ、「しない」にしろ、はじめるときと終わるときが、とてもむずかしい。
 そうですね。これが私の主要関心事に含まれていることはご存知だと思いますけれども、何か良い方法があるはずだと思っております。

 ではまた。

投稿 みみっく | 2006/07/15 17:54

みみっくさま

ところどころわからないところもありますが
わたしもだいたい飲みこめた(?)と思います。

議論を「する」にしろ、「しない」にしろ、
はじめるときと終わるときが、とてもむずかしい。

メリー・ポピンズの童話だったか、うろ覚えですが、
次のような話があります。

何事もうまくいかず、むしゃくしゃする日に
当たってしまったマイケルに

メリー・ポピンズが
「起きるとき、ベッドの間違った側から降りたのね」
といいます。
で、マイケルが
「間違った側って?僕のベッドは片側、壁だよ」
と言うのです。

ブッダ論理学を書いたとき、
「まさしく、これだな!
マイケルと同じだ。
必ず間違った側から降りることになる」
と思いました。

当たってるような気がしますよ。

ありがとうございました。

投稿 管理人エム | 2006/07/15 09:13

>> ただ最終的な解決にはならないと思うと書いていますが。

>これは、かなり致命的な否定要素のような気がしますよ(笑)。
 エムさんが最初に言っていたこととかなり違うような気がします。

>要するに、ブッダ論理学が現代論理学には存在しない論理学であることが
「はっきり」わかれば、それでよいのです。

 現代論理学とは別に成立するということと、最終的な解決策になっているということの間にはかなりの距離があると思います。それに解決策にならないと決め付けてはいません。私の理解するところを述べているだけです。

> やはり、よく意味が分からないのですが、あおみさまの議論は排除されていないと思います。ずっと続いていて、今はご返答を待っている状態です。
 私が問題にしているのは、「本に書いてあるのだからわかるはずだ」という考え方です。内容を把握できていない人にとってはよく読んだつもりでも頭の中を通りすぎてしまうのではないでしょうか。
 エムさんの言った通り、「論理そのもの」に関する議論は普通の議論とは違います。「相手の言いたいことがさっぱりわからない」という状況に陥りやすいのです。それは「ブッダ論理学」を隅から隅まで読んでも同じことではないでしょうか。そういう時は自分の既存の考え方をあてはめて間違いであると解釈してしまいがちです。
 
 「西洋の思考法に毒されている」人に読んで欲しいと思っているのであれば、この辺も考慮して返答を行った方がいいと思いますけどね。
 
> 人それぞれ拠り所とする「論理」があるわけで、それは、軽々とは変更できないし無理に変更する必要もないと思います。
 全くその通りだと思います。でもそれを承知で「ブッダ論理学」を書いたのではないのですか?

>それで慎重になる部分もあるのです。
>下手をすると、生きていけなくなってしまうので。
>論理は、爆弾のようなものと思っています。
 全くその通りだと思います。
 「私は慎重にやっています」というとエムさんに驚かれてしまうかもしれませんね。でも私は相手への影響の大きさを自覚しているつもりです。

> 「有意義な議論」ということですが、相手が必要を感じないのに議論を無理にするというのはまずいと思います。
 「返答を強要する」のは好ましくないと思います。「相手を挑発する」のはまさしく返答を強要する行為ですね。
 
 あおみ氏の態度はあまり適切ではないと思ったので、(控えめに)意見したつもりです。途中からはそういう問題ではなくなってしまったと解釈して放置しましたけど。
 
 まあ言いたいことは伝わったような気がするのでこの辺で終わりにしようと思います。

では。 

投稿 みみっく | 2006/07/15 00:07

>それなら、わたしも断食やった方がいいかな。
しかし、勉強したり授業してるときは
まずいような…、糖質が枯渇してくると
てきめんに頭が回転しなくなります。

心配ありません。
その証拠は、私が実例です。
ナーンニモ変えてないし、
ナーンニモ修正できない、
ただの言い訳のいい訳だったのです

却って、余計に頭が回りすぎるのを止める
と、考えれば、集中力が増すということにもなります

ただ、最初は、ブドウ糖の枯渇に気付くと、
ビックリしますよ
何にもしていないのに、
真っ白になってしまうように感じるから
それも個人差があるでしょうね、、、?
取り敢えず、短期断食で、不調になったという話は
聞いたことがありません

「 案ずるより、産むがやすし 」
但し、一点注意事項があります
“瞑想”なんて大上段に構える必要はありませんが
端座して、心を、騒がせないことを、24時間の間に“ 2回 ”
入れてください
心と体のダイエット(ユガ)です  ―  対話は、端座しかありません

>そういう分類を知らなくても、自分で考えて項目を立ててみたら、
すでにある分類と同じようだったりもします

私は、理論派ではなく、思い立ったらまず行動の、実践派です
アスリートを自認しています(自認していました -理由はいづれ)

私の頭のどこかには、きっと“分類“があるのでしょうね
でも、検証の済んでいない言葉に、分類はできません
だから、当分、私には分類不能、索引付けも、むつかしい

釈尊と、同じ頭脳を持っているのだから、
安心しています


投稿 春間 則廣 | 2006/07/14 23:17

みみっくさま

>  これ違います。「つっこまれて喜べないならば」目標を修
> 正した方がいいと言ったのです。「つっこまれていない」な
> らば目標を修正する必要はないでしょう。

「喜べない」というのではありません。
そういう意味では喜んでいるといってもいいと思います。

> だとしたら、西洋の思考法にそまっている人間からの反論は
> 歓迎すべきではないですか?

歓迎していると思いますが…。
 
>  エムさんが「本を読めば全部書いてある」と言うのはその
> 通りだと思いますが、特定の思考法にそまっている人には前
> 提の違いがなかなか理解できないのは当然ではないでしょう
> か。

意味するところがうまくつかめませんが、
とりあえず、本は読んでもらわなければ、
議論にも反論にもならないということで、
それは、最低限お願いしたいです。

とにかく反論する場合、
どこであれ自分の考えと違う部分を明瞭に自覚しないと
反論にならないわけですから。

よく読めばわかる場合もありますし、
どうしても承伏しかねるという場合もあると思います。
この、どうしても承伏しかねる部分がある時、
反論していただければ、ありがたいのです。

> あおみ氏やF.Nakajima氏の反論は誤解に基づくものだった
> かもしれませんが、このような議論を排除してしまった
> ら、ブッダ論理学への偏見を解く機会は得られないのではな
> いでしょうか。

やはり、よく意味が分からないのですが、
あおみさまの議論は排除されていないと思います。
ずっと続いていて、今はご返答を待っている状態です。

「有意義な議論」ということですが、
相手が必要を感じないのに
議論を無理にするというのはまずいと思います。

人それぞれ拠り所とする「論理」があるわけで、
それは、軽々とは変更できないし
無理に変更する必要もないと思います。

この論理に関する議論は、
他のさまざまな議論とは違い、
生き方を大きく変えてしまうので
大きなダメージを与えるおそれがあります。
軽い気持ちで議論をすると
トンデモないことになるかもしれません。

それで慎重になる部分もあるのです。
下手をすると、生きていけなくなってしまうので。
論理は、爆弾のようなものと思っています。

> ただ最終的な解決にはならないと思うと書いていますが。

これは、かなり致命的な否定要素のような気がしますよ(笑)。

投稿 管理人エム | 2006/07/14 20:59

>「つっこまれていないなら、
>『つっこまれるブログ』という目標を修正せよ」

 これ違います。「つっこまれて喜べないならば」目標を修正した方がいいと言ったのです。「つっこまれていない」ならば目標を修正する必要はないでしょう。

 「ブッダ論理学」について言いたいのは、どういう人を対象にしているのかということです。

 エムさんの動機を私は、西洋の思考方法にそまってしまっている人に違う考え方もあるということを提示したいのではないかと推測しました。

 だとしたら、西洋の思考法にそまっている人間からの反論は歓迎すべきではないですか?
 
 エムさんが「本を読めば全部書いてある」と言うのはその通りだと思いますが、特定の思考法にそまっている人には前提の違いがなかなか理解できないのは当然ではないでしょうか。

 ブッダ論理学について議論することで、相手がこの前提の違いについて理解を深めることができるとしたら、実に有意義なことではないでしょうか。

 あおみ氏やF.Nakajima氏の反論は誤解に基づくものだったかもしれませんが、このような議論を排除してしまったら、ブッダ論理学への偏見を解く機会は得られないのではないでしょうか。

 本をよく読まないから悪いと言わずに、こういう議論を積極的に行ってはいかがですか?
 見当外れの反論が有意義な議論となることもあるのです。
 あの本を読むだけで理解できる人は(エムさんのいうところの)西洋の思考法に毒されていない人だと思いますけどね。

 念のため言っておきますが、私はブッダ論理学を否定したことはないですよ。マニカナ道場で私は素晴らしいって書いてます。ただ最終的な解決にはならないと思うと書いていますが。

 以上です。

投稿 みみっく | 2006/07/14 19:25

メンテナンス中で書き込み不能でした。遅くなりました。

春間さま

> かぼちゃスープに、ミルクを足して、
> 広島から送っていただいた、
> ジャガイモと、たまねぎの煮付け(母が作りました)

全部、北海道で採れる食材です!
とても親しみ深い食卓です。

それなら、わたしも断食やった方がいいかな。
しかし、勉強したり授業してるときは
まずいような…、糖質が枯渇してくると
てきめんに頭が回転しなくなります。

> viriya 精進、  strenuous、energetic、 resolute>
>  などもありました
>         vital- effort  これがよさそうです

そうですね。とてもいいです。わたしも、vitalの語を入れたいような気がします。

> 「 五根 」、、、、分類はすきではありませんがこのくらいは必定ですか?

いや、どうでしょう。
必要になれば、自然と頭に入っていくるのではないでしょうか。
わたしが、覚えているのもみな自然と自分の中に入ってきたものです。
むりやり覚えても、すぐ忘れてしまいます。

また、そういう分類を知らなくても、自分で考えて項目を立ててみたら、
すでにある分類と同じようだったりもします。

~~~~~~~~~~~~~~~
> 私は、最初からワードに作ることは、出来ない
> (やってみたのだけれども、できなかった)
> これは、釈尊の「縁起」に適っているような気がする
> (やってみたのだけれども、できなかった)
> やってみて、貴方の経験を、知らせてください

わたしも、どうしても、ブログに直接書き込んでしまいます。
できた後で、マイドキュメントに入れることにしました。
これも、そうやってみました。

みみっくさま

> つまり「つっこまれるブログ」を目標にしたのに満足できな
> い(目的を達成していない)としたら最初の目標を修正する必
> 要があるということです。

ものすごく深く考えた末のコメントなのか、
ぜんぜん考えないでのコメントなのか、
よくわからないところが深淵ですね(笑)。

「つっこまれていないなら、
『つっこまれるブログ』という目標を修正せよ」
というのは、
「つっこみ」なのだろうか?
そうではないのだろうか?

> エムさんがブログを書く目的は何ですか?

あなたとわたしの暇つぶしです。
暇がなくても「暇つぶし」になってしまうのが欠陥です。

>  そして「ブッダ論理学」を書いた目的は何でしょうか。多
> くの反論(つっこみ)をもらっても満足できないとしたら、前
> 提が間違っているかもしれませんよ。

基本は、利他(他人のため)です。
現代論理学から反論をもらうのも、
そのことが、結局、みんなの役に立つだろうと思うからです。

「満足する」というのは、自利(自分のため)だからなぁ。
ちょっとちがうような…。

要するに、ブッダ論理学が
現代論理学には存在しない論理学であることが
「はっきり」わかれば、それでよいのです。

投稿 管理人エム | 2006/07/14 18:41

>ん、良いブログにってことに!ありがとう!
 他の人の反応も見てみないと(笑)。
 
>だけど、ほんとによろこんでいいのか?!
 目標を達成したのならば喜ぶべきでしょう。
 目的を達成したかどうかは結果を見て判断する必要がありますが。

 最初に目標を設定して判断基準にします。目標を達成しても目的を達成していない場合には最初の前提が間違っていたということです。

 つまり「つっこまれるブログ」を目標にしたのに満足できない(目的を達成していない)としたら最初の目標を修正する必要があるということです。

 エムさんがブログを書く目的は何ですか?
 
 そして「ブッダ論理学」を書いた目的は何でしょうか。多くの反論(つっこみ)をもらっても満足できないとしたら、前提が間違っているかもしれませんよ。

 私はエムさんが「現代論理学」からの反論を心待ちにしているとばかり思っていましたが。もし私の勘違いであればご指摘下さいませ。では。

投稿 みみっく | 2006/07/11 10:43

おだてられて、乗ってしまう、“いちじょう(一途のシャレ)”の私

ついでに、個人的な、好みを、
最初は、ブログに途中まで書き込みます
そうしないと、私の場合は、強い絆が生まれない気がする
ある程度、文章がまとまったら、ワードに移し
あとの言葉を組み上げる
私は、最初からワードに作ることは、出来ない
(やってみたのだけれども、できなかった)
これは、釈尊の「縁起」に適っているような気がする
(やってみたのだけれども、できなかった)
やってみて、貴方の経験を、知らせてください

投稿 春間 則廣 | 2006/07/10 21:02

みみっくさま

つっこんでくれたってことは?

ん、良いブログにってことに!ありがとう!
だけど、ほんとによろこんでいいのか?!

春間さま

用意周到ですね。すごいなぁ。
何の対策もなしで
よく書き込みを消してしまい
泣きを見る管理人です。

少し学習しなくちゃ。ふむふむ。なるほど。

投稿 管理人エム | 2006/07/10 20:39

私は、書き込みのタイムアウトを経験して、対策として、

1.  ブログを縮小して左の隅に寄せる
2. ワードを開き縮小して右の横に並べる
3. 書き込みの文章を作成した後、コピー&ペーストする
4. これは、ブログからでも、ワードからでもよい
5. ワードに、日付表題をつけて、マイドキュメントに
  
こうすれば、保存と、
検証(これは多く、後回しになったまま)が可能ですし
ブログに貼り付ける時に、
再度、ブログを開いてからにすれば、タイムアウトは防げる
さらに言えば、ワードの保存場所を、工夫すれば、
PCのハードディスクの破損からも開放されるでしょう
USBメモリー、
 ― これはまだしていないけれど、今日購入したい
   CDR-Wでも可能だけれども、USBがよさそう

投稿 春間 則廣 | 2006/07/10 06:38

>良いブログなんでしょうか?
>良いブログでないのでしょうか?
 それは他人が決めることでしょう。本人が決めないで下さい(笑)。

 一応突っ込んでみました。では。

投稿 みみっく | 2006/07/10 01:54

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