« 2005年8月7日 - 2005年8月13日 | トップページ | 2005年8月21日 - 2005年8月27日 »

2005年8月14日 - 2005年8月20日

2005/08/19

つまるわよ、わたしの考え!

最近、心境の変化、ってヤツですわ。

「本」について、いろいろ思うことがあるの。

この世の中には、つまらない本  と  つまる本  がある。

つまらない本は、つまらない。
だから、頭の中に詰まらない。

つまる本は、つまる。
だから、頭の中に詰まっちゃう。

たくさん詰まるのはいいんだけど、詰まって出てこなくなっちゃうわ。
だから、だんだん、頭が煮つまるのよね。

って、ことは、つまりっぱなしの頭だと、この世の中、ちっとも  つまらない!

つまるところ、つまる本は つまらない というわけ。


じゃ、つまらない本はどうかっていうと、
つまらないもんだから、流れていくわ、どんどん。

流れていった先で、つまるのね。そして、つもるのよ。
つもったまま、つまらないので忘れられ、ある日、つまれる。

つまれると、花のように人の頭に飾られる。ファッションとなった古本は  つまるわね!


そうか! 本というのは、どんな本でも 、
つまる  部分と、 つまらない  部分 をもってるのね。 

そういうことになると、本の読み方というのも一つには決まらないわけか。

いつも、著者の言いたいことをしっかり理解しよう理解しようと、
努力してきたけど、そういう読み方はいつも正しいとは限らないわねぇ。


今度、著者の言いたいことをまったく理解しないようにしようしよう、
って読んだらどうなるかしら?

きっと新たな展開があるかも…

やっぱり考察はするもんだわ。
よしっ!ほんきでやってみるわっ!


ああ……ばか…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/18

これ、遊ぶでないぞ!管理人

「明日からがっこが始まる」と息子が、突然のように言う。
おお、おお、おべんといるんだぁ。

夏休みなんて、夏休みなんて、結局一日しかなかったじゃん。
夏休みをかえせー

っと叫びたいけど、もともとなかったんだわね。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
さて、今日、図書館に行く。

検索してテキトーに『国訳大蔵経』論部第二巻、ってのを借りてみたら
『大智度論』だった。それも途中からだ。

となると、わたしの推理では、ワトソン君、
きっと、論部第一巻ってのも、『大智度論』だわね、この分じゃ。

帰って、思わず読んでしまう。
巻の第二十二から始まっとるわよ
まるっきり途中ですね、はは。

ま、いいわよ、何でも。

「巧出(こうしゅつ)」ということが書いてあるわ。

「この法は巧出なり」だってよ。

「巧出とは、二諦に相違せざるが故なり」って書いてある。

はは~ん、「縁起」のことね。二諦ってのは、世俗諦と第一義諦だってあるからね。

わたしの本で言えば、「生ずる道」と「滅する道」のことだわよ。
「巧出」って、まんま理解できるわね。
「巧みに出てきたもん」なのね。
如来が出てても出なくても決定していて確定してる、といわれる「縁起(因果律)」のこと説明してるのね。
「巧出」ね、いい言葉だわね。

しかし、まぁ、いつも思うけど、

『大智度論』くらい、わかりやすい論書はないわね。

経典や論書って、わかりにくくてむずかしいっていうイメージがあるけど、

この『大智度論』だけは、全然ちがうわ。
普通にすらすらわかるから。

どこ読んでも、これだけわかりやすいこと書いてある本て、ないように思うんだけど…。

すごく現代的で科学的。
ぜんぜん荒唐無稽じゃないし。
説明は合理的だし。

って、思うのは、わたしだけかな?

だから、次のような考えが浮かぶのよ。

どうして『大智度論』の作者は、龍樹でないという説が出てくるのか、ほんと不思議だ!

龍樹しか、こんなの書ける人いないでしょ!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
あ~ぁ、また、趣味の世界に遊んだな。
ほれ!仕事せんか!管理人!

それにしても
『大智度論』を「趣味」の本にする、ってのも…

微妙にビョーキかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/08/14

答えを言いなさい、ほれ、早く言わんかぁ!

盆も正月もない暮らしをしている管理人でございます。

今年は、ほんとに夏休みっつうもんがない。
昔は、子どもが「夏休みの計画表」を作る段階で、
夏休みがこれからやってくることを知ったのだった。

そこに描かれる理想の夏休み!イデアの世界!
プラトンを知る息子は、イデアはけっして現実の世界にはないことを知ってて、
理想を実現する、っていう姿勢を一つも見せずに夏休みを終えるのであった。

だから、夏休みはとっても楽しい夏休みだったのだった。

なんて話しをしたいわけではなく、
昨日、ようやく我が家で唯一の休みがとれたという話しをしようとしたのでした。

一家全員が、家にいて出かけなくてもよい。

よし!どっかいこ!

なんとなくあまのじゃくな発想ではありますが、んでもって、
コンサドーレのサッカーを見に行ったのだ。
SA席です!いつも(というほど行ってないけど)のB席ではなく!

つまり、長方形の長い方の辺です(自慢してます、もろ)。
短い方の辺はB席で、ゴール裏とかサポーター席とも言われます。
相手チームのゴール裏は人が少なくてのんびり観戦できるのよ。いつもはそこです。

よかったです!席が、…あ、ちがいました、試合が、でした。勝ちましたです。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

じゃ、書くこと書いたし、満足したから、今日はこの辺で。

おっとっと!待ってくれ。昨日の答えを言わんかい!
何のために今まで我慢して読んできたと思ってるんだ!

という読者の心の叫びが聞こえたような気がするわ。

そ、そうね!悪かったわよ。じらすつもりはないのよ(ちょっとしか)。
そんなに怒らなくていいじゃん、ちょっと遊んだだけなんだしさ。
じゃ、いくわよ。

心によって心を知る

この例としてあげるにふさわしいものは…

今までのお話の中に答えがあるのがわかるでしょ。
え?わからない!
やだわ!冗談言っちゃあ。

わたしが、あなたのハートを確実にとらえてきたのは

ただ一つ!

「疑い」

これですよ。
ちがいます?

話しの中につじつまのあわないことや説明不足なことがあれば、

まじめに聞いてる人の心には、共通して

「?」っていう心が生ずる。

それは、たいてい一斉に起こる。
そして、その心は、話し手の心にそのまますぐ伝わる。

「?」って言ってるぞ、ってね。

話題が共通していたり、同じ状況にある人たちは、

心によって相手の心を知る

ということが起こる、とわたしは主張します!んがっ!

管理人!こわいです!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年8月7日 - 2005年8月13日 | トップページ | 2005年8月21日 - 2005年8月27日 »