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2005年1月16日 - 2005年1月22日

2005/01/21

問題いろいろ

なかなかにハードな一日でした。

どうもいろいろ問題多いしなぁ。
授業でかみあわないなぁと思っていたら、やっぱりおかしい。

「自由意志」の話。
いまの若い子は、例えば「ダイエットで誘惑に負けてお菓子を食べる」というのが、自由意志だと思っている風がある。食べたいから食べる。自由じゃん。ってことか。
ダイエットしようと思った自由意志が、お菓子の誘惑に負けたのではなく、「やっぱり食べたいからお菓子を食べよ」という自由意志に変わったのだという。
また、例えば、授業中居眠りをする。「眠たいから寝る」、これが自由意志だという。

そうか、だから、地下鉄でお化粧したり食事をしたりするのか。

欲求と自由意志との区別がつかない。
そして、「~したい」となると、その衝動はなかなか抑えられないと思っているようだ。

まだ数は多くはないけど、何人かの若い子の感覚器官や心の作用は、このように非常にもろく弱く、そして、鈍い。

何となく、心配になりますわ。人生、これで大丈夫なんだろうかと。

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と、心配したところで、さて、昨日の問題。

無駄を省いた欲の中には、「矛盾」が結晶してる。

そもそも「欲」というのは、待ったなし、という特徴がある。
だから合理的に無駄を省いて、「すぐ欲しい」となる。瞬間的なのだ。
それから「欲」は、自分が「欲だ」といわれるのが嫌いだ。
「欲以外のなんか」と言われたい。
例えば、「お金が欲しいのではない、正当に報酬を受け取りたいのだ」とか。
だから、「欲なのに欲でない」という特徴をもつ。
これも、待ったなしに、同時にいえるから「矛盾」なのだ。

ふう~ん、あんがい、言えてるんじゃない。

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2005/01/20

欲も極めれば「悟り」の境地

昨日は、ふっふっふ、朝飯前のたった五分で悟りの境地至った、超能力者、管理人でございます。
社会の真相を鋭く探り、真実を見つめる、炎のランナー、管理人。

炎のランナー、ってのは?
人生を疾駆しとるからですわ。ゴールは近い!ん?

超能力者ってのは?
朝に日記を書くからですわ、その日の分のヤツ。ん?

悟りの境地ってのは?
この社会を動かす原動力が、人間の欲と節約であることを知ったからですわ。

節約ってのはいらないんじゃ?

何言ってんすか!
無駄を省くというこの合理精神が欲と結びつくとき、その欲は、もっとも輝きを放って最高の欲にアウフヘーベンするのよ。

「アウフヘーベンする」って?

「不純物ゼロになる」ということよ。
つまりね、「愛の結晶」と同様に、欲の結晶というものができるのだわ。

愛の結晶というのは、子どもですが、欲の結晶というのは?

それは、ボランティアで謝金よ。

ボランティア(自発的な善意=無欲)という称号つきで謝金(欲の対象)をゲットするからよ。
つまり、その人がもっとも欲しい究極のもの、それを、節約という思考経済の原理によって手に入れるからよ。

何だかわけわからんすね。
とりあえず、じゃ、もっとも欲しい究極のものとは?

いやぁね、そんなことわかるでしょ、欲におぼれた人がもっともほしがるものよ、あててご覧なさいよ。

え?なんだろ?でっかいダイヤモンドじゃないよね?

何言ってんのよ。
答えはもう言ってるのよ。
「無欲の人」という評判よ。
ほんとだったらぜったい得られないのよ。
ほんとは「欲の人」なんだからさ。
そして、だからこそ、得られないからこそ、欲しいのよ。
のどから手が出るほど欲しいその評判とともに、謝金という実利も逃さないのが、無駄を省く節約精神のなせる技よ。

ほお。すごいすね。

そうよ!すばらしいわ。どうせなら、ここまで極めたいわっ!
ここから、ひとつの真理が得られるのよ。
欲するままに生きてるあなたのための、欲の立場を極めた「悟り」の境地をしめす言葉よ。
ロール・オーバー・ゴータマよ。いい?よく聞くのよ。

はいっ!おねがいしますっ!(わくわく、しんり。しんりぃ)

よろしい、伝授してつかわすぞ、このHPの読者限定でな。
しんりは~

無駄を省くと、結晶ができる!※

どうじゃっ!すんばらしい!真理の上を行く真理じゃ。

???
わくわくして損しちゃった。どこがすばらしいんだ?!
ま、でも、ただで「真理の上を行く真理」をゲットしようなんて、「真理の上を行く真理」の上をいく究極を超える「欲」を出したのがいけなかったかな…真理超えちゃったもんね。

※ 欲にまかせて行動し、しかも、無駄を省くと、あるものが結晶しますが、それは何でしょう?
二字の漢字で答えましょう。(答えは明日)

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2005/01/19

論理か欲か…論理も欲も…ですか?

先日、プラシーボ効果に絡んで「治験」のお話をしましたが、インターネットで検索してたら、いろんな角度からいろんな情報や意見が得られました。
医療の立場からの問題点や、患者サイドの意見、法律上の問題、倫理上の問題などなど。
現実とは、かくも複雑に展開するものか…っと、ながめてましたら、ひとつぜんぜん雰囲気のちがったページがありました。

ボランティアで謝金をもらおう!

という、るンるンメッセージでした。
ここで管理人、突如、悟りの境地に至ったのであります。

あ、これだぁ!真理は。

たてまえでは、確かにいろいろむずかしい問題はあるけど、結局この制度を支えているのは、

善意のボランティア(で謝金)なのだ!
そして、善意のボランティア(で謝金)はなくなることはない…( )がなくならないかぎり。

わたしって、けっこうかしこいかも。
次のような、真実をつかむ至ったからです。

わりと複雑に見えてごちゃごちゃした問題が次々生じているときは、論理的にきれいに解決できないからだ。
しかし、問題が無秩序のまま放置されるなら人間社会は成り立たない。
だから、問題は早急に解決されねばならない。
一連の事柄を貫く理念や論理が見つかっていないが、しかし、早急に問題を解決せねばならないとき、
論理の代わりになって秩序を導く「理念もどき」といいましょうか、そういうものが必要である。

論理に代わるその代用品、「理念もどき」になりうる唯一のものは…それは、人間の「欲」である。

論理をベクトルとして生きるか、欲をベクトルとして生きるか、人間どっちかですね。

論理がなければ欲がある。(これはたしかだ)
論理があれば、欲は…あるの、ないの?

論理があって欲がない場合、悟りの境地だわね、きっと。
論理があって、欲がある場合、迷いの世界、つまりわたしたちの世界だわよ。
あるときは、論理を優先し、あるときは、欲におぼれる…仕方ないすかね。

朝から哲学しちゃったわ。
ほんとはぜんぜんちがうこと書こうとしてたんだけど…治験に参加して謝金をもらい節約する有能な主婦の話だったんだけどなぁ…どこでどうまちがったんだか…

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2005/01/17

誘惑の甘い罠はどこにでもある

とつぜんですが、仕事ですっつ、パートⅡでした。
先週は、えらくつらいなぁと思いましたが、今日は慣れたらしく、楽勝。

15日、ココログ不調。ぜんぜん中に入れなくて書き込みできない。
16日、管理人多忙。中に入れたが暇がなくて書き込みできない。

17日、今、順調に書き込んでるところ。あ、読んでるからわかりますね。

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さて、久しぶりに本屋に寄る。
なんと中公文庫に梶山・瓜生津訳『大乗仏典 龍樹論集』14が入ったことをキャッチ。
ううむ、すばらしい!
少々文庫にしては高価だが、貴重なものだから仕方ないかなぁ…。

と、思いながら、やっぱり高いので書棚にもどす。ありゃ。

仏教関係のものをやるようになって、研究や翻訳がたくさんあるので、ずいぶん楽だなぁと思う。
索引などもそろっているし、ほんとに便利だと思う。ありがたいすよ。
龍樹のものでも、ふつうなら簡単に読めないものが、すぐれた訳で読むことができる。

なんて幸せなんだ。

…っと、思うが、また一方で、これは甘い罠だとも思う。

原典と格闘しないと読んだ感じがしてこないし、やっぱり、読んだことにはならない。
サンスクリット語やパーリ語やチベット語や漢訳、ヒンディー、おせんにキャラメル。
どんな言語でも、結局自分でやらなきゃダメだわ。

そうだから、へたに訳があるとよくないのよね。しかもすぐれた訳なら、なおさら。

矛盾だよなぁ。

翻訳に引かれてそこにある問題に気づかなかったり、まれに誤訳があっても翻訳の読みを鵜呑みにして気づかないこともある。
一度先入見をもつと、それを訂正するのは至難の業だ。

その危険性を考えると、はじめから翻訳を見てしまうのは避けるべきだと自分でも思うのよ。
でもあるとつい便利だからぱらぱら見てしまうし。

ああ、ほんとにハムレットの心境よね。

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