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2005年5月29日 - 2005年6月4日

2005/06/04

熱にうかされると何が起こる?

6月は暇するぞ!っと書いたら、その通りになってしまいました。
熱を出して二日間ダウン!
うう~ん、暇そのものだぁ。

今、ちょっと気分がよくなったので、リハビリに日記を書いてるところ。

熱にうかされつつ、
中村元氏訳『ブッダのことば─スッタニパータ─』をあらためて読む。

最初の方はよかったけれど、
最後まで読んでみて、

疑問がわく。

ナゾの多い本だなぁ。
いってる意味がわかんないモンも多い。
ブッダがあんまり立派に見えない、管理人には。

ほんとに原始仏典の中で初期の作品なのだろうか。
いろんな経典のエッセンスを抜き取って、
作っているような…
むしろ、少し後で作られた…どう?
ちょっと大乗くさい感じもしない?

その根拠ですか?

高熱による第六感ですわ。
絶対熱のある時って、非凡な発想があるのよ。
ま、脳の中でアイディアが煮えたぎるわけ。

だから、あてにはならないの。
だけど、とにかく、アイディアはアイディアなんだし。
もしかしたら、
あたってたりしないともかぎらないともかぎらない…
(おおい!管理人が熱にうかされてるぞぉ!)

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2005/06/02

ヨーガの精神教えます

5月(ごがつ)は、枯渇(こかつ)だったことに、気づきました。

ああ、やっぱり忙しかったんだ!
ちっとも知らなかった!

いちおう懸案事項が一つ片づいてみると、
何だかいろいろ沸いてきそうな気がしはじめました。

これまでは、沸いてきたときに書きとめていたことも多かったのですが、
最近では、その「書きとめる」という作業すらできなかったことに気がつきました。

よし!
6月は、少し暇するぞ!っと、かた~く決心する管理人だった。

しかし、こういうもんは、決心するもんなのか。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
それでは、今日も、昨日に続きまして、とりとめなく…第二弾

ヨーガの人に教えてもらったことです。

(ヨーガの人)最近、ヨーガはブームなんですよ。知ってます?

(わたし)え?そうなん。知らなかった。

(ヨ)でも、昔のブームとはちがうんです。ぜんぜんヨーガなんて違うものになっちゃってるんですよ。

(わ)へえ。

(ヨ)今、ヨーガの本場はニューヨークなんですよ。
インターネットで探ると、ヨーガのサイトはニューヨークが発信源になっていることが多いですから。
この前なんか、テレビみててビックリしちゃったですよ。
ニューヨークあたりのアメリカ人のインストラクターが、

「これはインドのヨーガですね(わたしたちのではなく)」

って、言ってたんですよ。
もう、開いた口がふさがりませんよ。

「ヨーガはインドだろ、ってツッコミ入れたくなっちゃう。

ニューヨークの方が、新参者だって自覚がないんですよ。

(わ)へえ。

(ヨ)もうとんでもないヨーガになってますよ。
エアロビみたいなヨーガおしえてください、とか来るんですから。

(わ)東洋思想は、欧米に渡ると、何でもねじ曲げられて悪くなりますね。
そういえば、アイアンガーさん(ヨーガの教師で有名)も、欧米人がインドで聞きかじったことをすぐに自国にもっていって知ったかぶりでめちゃくちゃを教えてるって、文句言ってましたよね。

(ヨ)いや、せんせ、ヨーロッパ人ですら、同じこと言ってますよ。
何でも、海を渡ると(=アメリカに伝わると)、ダメになる、って。

(わ)へえ。そうなのか。「欧米」というけど、「欧」と「米」は分けて考えなくちゃいけないのね。

なるほどね。
ちょっとかじると、すぐ金儲けの材料にしちゃう、そういうのがうまいのね。
思想の上澄みだけを、ファッション感覚で身にまとうのね。

颯爽とかっこいい自信にあふれたニューヨーカーの皮を一枚めくれば、

太った体と貧しい心…何か、わたしって、けっこう毒舌家?

やっぱり、ヨーガはまるごと学ばなきゃダメだわよ。
ヨーガのめざすところは逆だもの。

太った精神と貧しい体…これさ!

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2005/06/01

どこまでも訴訟は続く

6月です。
ライラックとスズランが咲き始めました。今年はずいぶんおそいわね。

勉強不足なのかしら。
ここのところ、どうも枯渇した感じが抜けていかないのよ。

粘り強く考えられないわ。

っていうか、すぐちがうことしなきゃならないから、
長く考えてられないのかな。

ここ1ヶ月くらい、とりとめない話しばっかりだもんね。

え?なんすか。
その前も、ずっとそうだった、ですって。

あらん、そうだったかすら。
ま、いいわ。じゃ、今までどおり、とりとめなく、だらだらと続けるわよ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
時事英語の先生が、教えてくれたお話。

アメリカじゃ、何でも訴訟の国だわよね。

ファストフード店で熱いコーヒーをくれたので、こぼしてやけどした、どうしてくれる、なんていう訴訟やら、
たばこ吸い続けて病気になったのは、たばこ会社のせいだというので訴訟になったりね。

それこそ、自己責任じゃないの、という内容のことまで訴訟に持ち込むのが、アメリカ社会です。

ここまで、みなさん、ご存じよね。

そしたら、アメリカでもさすがにひどいと思ったらしく、

今度、「そういう訴訟はしてはいけない」という法律ができた、

って英語の先生は教えてくれたんです。

うううん、すばらしい、画期的、って言いたいけど、
どこかにパラドクスがひそんでいるようないないような。

あのね

そういう訴訟がおこされたとすれば、この法律に照らして、違法であると判決が下るわけよね。

でもね

訴訟が起こされちゃったら、判決が出るまでは審議されねばならない。

そして、裁判で出る判決は、
この訴訟が「訴訟してもよいたぐいの訴訟かどうか」っていうことなのよね。

よいと決まれば、それからあらためて訴訟を起こすと…

…うううん、訴訟の数を減らすために、こういう法律作ったんでしょうけど、

これじゃ、場合によっては


訴訟の数を逆に増やしてませんか?

まさか、じっさいは、こんなことにはならないと思うけど、

思うけど…


思うけど…

思うけどねぇ…

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2005/05/31

ブッダは尊敬されるのに龍樹はバカにされるというナゾ

おっとぉ、38000のキリ番をふんじまったい。
今年は、すごいなぁ。
半年で8000いってしまった。
1年で10000というわかりやすい計算が大きく狂ってしまったわ。
うれしい誤算だわん。

好調の原因は、たぶん、

管理人の魅力!っ

ではなくて

龍樹の魅力!っ

こっちだわね、どう考えても。

味をしめた管理人は「龍樹大好き」の内容充実をねらっていきたいわ。

とはいえ、いまのところ、新たに載せるものは思いつかないしなぁ。

そのうち「ブッダ大好き」なんてコンテンツも作りたいけど、
こっちだと何かバチあたりそうだわね。

考えたら不思議だわね。

だって
龍樹だと、みんなけっこう平気でバカにしたりするのに(管理人だけ?)、
ブッダは、みんなの崇拝の的よ!変だわね。

ブッダは、ブッダ(目覚めたもの、覚者)だけど、
龍樹は、菩薩(まだ悟ってない修行中のもの)だからかしら。

でもね、龍樹も、菩薩といっても、ほとんどブッダ寸前、いつでも悟れる状態なんだけどな。

じゃ、思想内容かしら?
イヤ、変よ!
だって、龍樹の哲学や思想の内容は、ブッダの哲学や思想そのものなんだもん。

二人はどこがちがうのかしらね?
イヤ、これ、案外マジで、そう思うわ。

ブッダは倫理を説いたけど、龍樹は論理を説いたから…
ううん、龍樹だって、倫理を説いてるわよね。

わかんないわねぇ。
課題にしとこ。

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2005/05/29

西洋のイデアと東洋の因果律

世の中のことがらは、複雑に見えて単純だ。
単純だけど、その気になれば、すぐ複雑にもなっていく。
そんな世の中を牛耳る単純な原理さえわかれば、どんな複雑な世の中でも対応していける。

ブッダの考えたことは、そんなことだったように思う。

この冒頭のことばはベートーヴェンにもあてはまるような気がする。

ヘンリーさまの掲示板大作1965-68の「ベートーヴェン論」も、この考えにつながっていくかしら。

わたしが、ベートーヴェンの第5で「運命」を感じたのは、単純さの複雑な広がりだった。
単純な一つの主題がくりかえし形を変えて、そして、さまざまな楽器によっていっしょに演奏されると、
秩序の中にエネルギー(混沌)が生まれてくる。

オーケストラの個々のパーツは、
主題の音をただ引き延ばしていたり、
ただ細かくきざんでいたり、
ただ音を踏んでいるだけだったりするのに、
全体集まると、かくも多様な「世界」ができる。

不思議です。

「音符」の代わりに、「人の心」をもってくると、ブッダの哲学が生まれてくると思う。
ベートーヴェンもブッダも、根底にあるのは「論理」なんだと思うわ。
たぶん、わたしが、二人を好きなのはそのせいだと思う。

二人はおんなじだけど、また、ずいぶん違ってる。
あ、音楽家と宗教家ってんじゃなくてね。

「論理」という点では同じだけど、その根幹にある原理そのものにおいて、大きく違う。

それぞれどんな原理があるかというと…

それはどっちも「イ」で始まって、三つの音からなっている。

ベートーヴェンについては、全面的にヘンリーさまのすばらしい学説を採用させてもらいます。(不精者でごめんなさい)

だから、「イデア」

それじゃ、ブッダは?

こっちは、わたしが考えたのをっと…

それは、「インガ」


西洋人の魂のふるさとは、イデアだから、西洋の人はギリシアにあこがれるのだと思うけど、

東洋人の魂のふるさとは、インガだから、東洋の人はインドを忘れられないのだと思う。

何言ってるのかわからない?
西洋の永遠の「イデア」に対抗できるものは、

東洋では、これしかないと思う。

如来が世に出てもでなくても確定してるもの、決定してるもの…それは「因果律」。


結局、わたしは何の話しをしたかったんでしょうか?

因果律の宣伝……やっぱ、そうか…そうみたいねぇ。

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