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2005年4月10日 - 2005年4月16日

2005/04/14

つらつらつー…

龍樹のこと書いたせい?
アクセスが多いわ。

どうしたのかしら。たんなる偶然?

龍樹ぅ、あんたってば、有名なのねぇ。人気で言えば、ブッダをしのぐかもね。
でもね、この前、龍樹の研究書読んでたら、どうして、龍樹は尊敬されないのだろうか、って書いてあったわよ。
インド人か誰かの研究書よ。ちょっと本に埋もれて出てこないので、名前はあげられないけど。

必ず、詭弁家だの何だの、悪口書かれちゃうモンね。
わたしもしこたま書いたけど…ははは…ゴメンね。

ホントは好きだからね、ちゃんと「龍樹!大好き」っていうコンテンツも作ってあるんだから。

そうは言っても、確かに、やっぱり、尊敬はできないわねぇ。
正直言って。

これは、そういう要素があるからに他ならないわ。
尊敬しちゃいそうで尊敬できない要素ってのがあるのよ。

ブッダ、あんただってそうよ。突き詰めれば、あんたが発端だもの。

なぜかしら?

って白々しく言ってみる。

わかってるのよ。ホントはね。ブッダ、あんたの論理にあるのよ。
とうとう、わかったと思うわ。
解明できたように思うわ。ブッダの論理学。
ま、でも、ほんとうにみんなに全部言ってもいいかどうかわからないって、気もする。
世間一般、全部だましてこのまま何も言わない方がいいのかも…何て気もする。

ま、とにかく、ブッダの論理学について、とにかく尊敬できる部分については、本に書きました。

それが、そろそろ出るらしいです。
論理学者ブッダにビックリ!してもらいたいわ。

今日は、宣伝でした。明日から仕事詰め。
じゃ、おやすみなさい。

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つらつら…

なんかなぁ、失敗してるかしら。
「龍樹大好き」の「龍樹!君は正直者」。

けっこう考えて、何とか書けるかなと思ったけど、さっぱりだったわ。

でも、読んでくれた人もいっしょに考えてもらうためには、あんまりわたしの答えを押しつけちゃうのもよくないし。
っていうか、わたしの答えって、そんなもんないし。
やっぱり、「さっぱり」と言うだけあって、ずるずる引きずるわ。

こうなったら、みなさんのご感想をお聞きしたいもんだわ。ホントよ。

ま、でも、あんまりこればっかり考えると、「苦だ」「苦だ」っちゅうことになっちゃうから、やめよ。
初コメも来てめでたいから、「あとは野となれ」精神で行くことにするわ。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ところで、あらゆるものが芽吹く春、あらゆることがらが始まりを告げる春。
まったく、そのとおり、一気に始まる我が人生、って感じで、いろんなことが起き始めました。

「いろんなこと」っていうのは、「いろんな仕事」ってことで、「いろんな苦」ってことです。

今から目指すは、五月の連休。そこまで一気に駆けぬけろ、です。

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2005/04/10

ブッダの光と影

自分で書いてて、自分で感心しちゃ世話ないすが、

「認識は世界を作る」って昨日のお題は、なかなかよかったんではないだろうか。

なんて気もするのであった。

ふつうの現代人にはぜんぜん良くないと思いますが、
ふつうじゃない人、あるいは、現代人じゃない人には、お勧めできるかも。

とは言いつつ

じつはね、管理人は現代の科学思想にはとっくにあきちゃって、
それで、仏教的なものの見方やインド哲学的なものの見方に心引かれているんですが、
最近、仏教的なものの見方も、ずううぅぅぅぅっっっっっっっっっとそればっかり考えてると、

あきちゃった、

ってことに、3日前気づきました。
アリストテレスの「快楽」のところ読んでしみじみしてしまいました。

何でも「苦だ」「苦だ」いうのもなぁ。あきるよね。
「快楽」という考えももいいモンだ。

そう思いながら、また、ひさしぶりに
龍樹の天敵アクシャパーダの『ニヤーヤ・スートラ』を読むと、
ここでも、なんか、とってもホッとするわ。

「いくら偉大な思想でも、ブッダ・龍樹の思想だけが、思想じゃないぞ!」っていう反骨精神が、
そこかしこにあるので、

勇気づけられる。

それに、思うんだけど、龍樹自身もそれを感じてたんじゃないかとも思うわ。
「それ」ってのは、「いくらブッダの思想が偉大でも、それに追随するだけじゃないぞ」っていう反骨精神のかけらみたなもののことだけど。
反骨精神というと、語弊があるけど、つまり、ブッダの教えに無批判にしたがう部派の修行僧(声聞)の阿羅漢への道ではなく、自分から主体的に法を求める菩薩の道を選んだということで、それを感じるのよ。

ブッダ自身が、また、「みずから主体的に法を求める」人だったという点では、ブッダの思想をほんとうに受け継いでいるのは

ブッダの法にしたがいながら、それを乗り越えようとした

龍樹

ブッダの法にはっきり反発しながら、それにしたがった

アクシャパーダ

この二人ではないかと…思う今日この頃。

二人は、ブッダの光と影…これ、誰も言わないけど、あたりだと思う。

で、さらに、昨日の話に戻るんだけど、
龍樹とアクシャパーダの二人の天才がいた時代は、
ブッダ一人がいた時代より、いい時代だったんじゃないだろうか、…哲学思想的には。

対立する二つがあるのが、自然なのよ。

(ひさびさに、うまくまとまったわ。いつもこうすっきり考察したいもんだわねぇ。)

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