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2005/12/12

雪かきすると

とうとう降りましたわ、雪。
今年、初の雪かきをする。

ここ数日、いくらか行き詰まってきたので、何かと苦しいです。

なもんで、あれこれインターネットをクリックしまくって、
あっちを読みこっちを読みしていると、
なおいっそう混乱して苦しくなるです。

みんないろんなこと言うんだもん
って、いろんなとこクリックするからだぞ!

なもんで、こんどは、あれこれやみくもに多種の本を
読んでいるとさらに混乱して、くるくるしいです。
なに?
くるくるしいって?
苦しいが二つ…

ああ、なんて、わたしは世間知らずなんだ!
こんなことじゃ、何十年何百年生きてても、なんにもならん!

死ぬとき、
「な~んにも収穫なかった人生だったわねぇ、
ああ、結局、生まれなかったのと一緒だったわ」
って、思うのも、さびしいなぁ。

と、思い、世間を知ることにする!えらいぞ!

で、雪かきをすることにしたのです。

どうして、そういう発想になるの?
世間を知るのに、なんで雪かきが必要なんだ?

いや、つまるところ、
世間の人がすることをしなければいけないということで…

人間、土にまみれて、じゃなくて、雪にまみれて生きなきゃ、
ダメだ!
こんなとこで、本ばっか読んでたってろくな人間になりゃしねぇ。

んだ!

っつうわけで、雪かきしたら、とってもよかったですの。

悟りましたわ。いや、ほんとによ。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
これは、悟った中身です。

あのね、よくお釈迦さんは、喩えを使うじゃない。
自分の出家の修行を、たとえば、田を耕すことに喩えたりね。

「わたしにとって、信仰が種である。
苦行が雨である。
智慧がわがくびきと鋤とである…」とかさ。

「…わたしは真実を守ることを草刈りとしている。
柔和がわたしにとって、牛のくびきを離すことである…」

なんて、言うでしょ。
ってことはよ、修行が、田を耕すことに喩えられるなら、
逆に、田を耕すことは、修行にも喩えられると思うのよ。

ここまでいい?

二つは同じようなものだってことでしょ。
それなら、修行する代わりに
田を耕しても、解脱できるってことじゃない?

そうでしょ、そうでなきゃ、おかしいと思うのよ。
だって、田を耕す代わりに
修行しても、ご飯食べられるんだから。
理屈でしょ。

だからさ、雪かきしても、解脱できるってことだなぁ、
って、思ったのよ。
がんばるわ。毎日、雪、降ってもらうわよ(天気に命令するなっ)。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

…しかし、なんというか、いいんですかね?
悟ったっつう内容が、こんなんで…

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コメント

そのようなシャレの場合は、がまんするのは、からだに毒です。

「くるくるしい」の、あとの「しい」が、変化する場合は、がまんしましょう … (虫がいいぞ)。

投稿 管理人エム | 2005/12/23 17:44

>くるくるしい
って・・・、エム。
あいくるしいエム・・・。

このシャレだけ、言いたかったんだ。
ずっと、がまんしてたんだfoけど・・・

投稿 宮本浩樹 | 2005/12/22 23:28

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