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2004年12月26日 - 2005年1月1日

2005/01/01

学問分野について

新年おめでとうございます。

ほんとうにおめでたいかどうかは別にして、今年は少しでもおめでたくしたいものですね。

さて、管理人の今年の目標は、大きく出まして、学問の間にある垣根を取っ払ったり、あるいは、そこまでいかない場合でも垣根を刈り込んで低くしていきたいというのが望みです。

★西洋と東洋。
同じ哲学・論理学という範疇のものなら、話し合えるはず。

★インドにおける仏教以外の諸派と仏教
同じインドなら、同一の土俵で対立の構図も見えるはず。

★部派の仏教と大乗仏教など
同じ仏教なら、共通の話し合う基盤があるはず。

いろんなことを知りたいと思うと、学問の研究分野の間にある壁がじゃまになって、あんまり見通しよくないのが気にかかります。垣根越しに覗くのでは、よく見えないもの。

それで、これまで意識的に壁を取り払うように取り払うようにしてきました。

その結果、管理人の中では、もう、インドの論理学と西洋の論理学の間に壁はありません。
両者は、論理という共通の知の中で、けんかしたり、仲良く寄り添ったりしている。
どっちがすぐれていて、どっちが劣っているという考えもありません。
あ、でも、インド論理学の方が構造が微妙です。(ま、すぐれているって言ってもええかな、鼻がぴくぴく…こら、うそつきぃ!)

仏教以外のダルシャナ(哲学)文献読むのと仏教の文献読むのとでも、あんまり意識がなくなりました。
用語や表現も共通しているものが、結構あります。
漢訳とサンスクリットの区別もつかなくなりました。(あ、そりゃ、ちょっと管理人の語学に問題がぁ。)

それに、もともと、部派と大乗に関しては微細に区別できるほど詳しく知ってる訳じゃないので、仏教でひとまとめです。(何じゃそりゃぁ。管理人の欠陥というだけのはなしじゃ。)

このように、わたしの意識の中では壁は取り払われ、国境を自由にパスポートなしで行き来できるように、学問分野をまたいで行き来しています。(たんに識別できないだけじゃないのか、という意見は無視。)

無視して続けますと、最近学問研究の守備範囲がどうも前にも増して狭くなってきているような気がしてなりません。
研究者同士の意見交換というのも、少ないような気がするけど、そうでもないのだろうか。(わたしがかまってもらえないだけか、う。)
窮屈ですわ。もう少し自由度アップしていけばいろんな研究が刺激を受けて進展するだろうと思うのです。

視野は広く、研究は緻密に

理想ですねぇ。
え、視野は微細だが、研究はおおざっぱ?

ま、それもいいですか……よくない!よくないっちゅうのに!

まったく、もう、新年そうそうしまらない目標でした。

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2004/12/31

来年に向けて(はやく書かなきゃ、あと1時間しかない)

穏やかな年の瀬…なのかな?
寒気が流れ込んで大荒れと予報がありました。
最近「大」の字がつくと、ほんとに「大」だったりするからな。
ほんとのほんとに「大」荒れなんだろうか。

とうとう死者が12万人を超えてしまったというニュースを聞いて、昨日書いた日記は、何の役にも立たたない意見だったかなと思い直しました。
人智を超えていたかもしれない、と思ったり。

ここ数日、一応家事にはまりこんでいたら、まったく頭が働かなくなりました。
もともとだろ、だって。

まあ、そうなんだけど、子育て時代を思い出すなぁ。
思い返せば、5-6年前でしかない。ほんとに頭使ってなかった。体使ってた。
でも、まぁ。人間何かは使うようにできているのね。

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さて、大晦日。貴重な時間だわ。
今年は、ずいぶん書き込みたいことがあったけど、なかなか自由に思い切って書き込めなかった。
言いたいこと言ってるように見えたって?
そうでもないのよぉ。ときどき穴掘って「王様の耳はロバの耳」って言いたくなる床屋の気持ちだったわよ。

かなり自主規制してたのよ。「ロゴスの穴」も、それであまり更新できなかったし。
論文のネタに引っかかっちゃうのが多くて、書くならとことん書くか、それともまったく書かないか、という状況だったのよ。それで、書かない方向に進んじゃったもんだから。
書いたら、論文のネタにできなくなっちゃうし。

ただ、これも来年は少し改善できると思うわ。だいぶ学会で発表してきているので、かなりいろいろ話せるようになってきたわ。

来年は、龍樹の「空」を少しわかりやすくお話しできると思う。
今年の論文も来年いくつか出ると思うので、そろそろ言いたいことを言っても、何を言おうとしてるかわかってもらえると思う。

ああ、やれやれだわ。やっと話せる、ってとこね。
思いっきりブッダや龍樹でお話ししたいわね、来年こそは。

それでは、みなさま、よいお年をお迎えください。
来年もよろしく。

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2004/12/30

大災害について

以下の感想は、29日に日付が変わった時に、書いておいたものです。
朝起きたらアップしようと思って気持ちよく寝たのでありました。ところが、29日は朝から「ココログ」につながらず、書き込めませんでした。そして、いま、30日に日付が変わった午前1時、もう寝るんですけど、寝る前に最後に試したらつながったので、急いでアップしときます。
今ひとつ、ぴりっとしない意見かもしれませんが、「伝承」とか「言い伝え」とか、あながち信用できないと捨て置くことはできないのではないかというメッセージです。というのは、現代の科学的な知識が、じゅうぶんうまくわたしたちには生かされているようには見えないからです。あるものは、何でも使いましょう、有効に。

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29日午前?時
寝る前に書いておこう。
今日の日記と言うには、あまりにも昨日だが、明日(といっても今日)は忙しいのでとりあえず書けるときに書いとかなくちゃ。

午前中は、正月用の仕込みをしながら、ときどきニュースを見てはおびえる。
さみだれ的に起きてくる子どもに、その都度ご飯を食べさせるのでめんどくさいぞ。
冷蔵庫の整理で残飯整理メニューだけどね。
片目でテレビのニュースを見ながら、片目で版画を彫る。
年賀状用のです。

海が異様に引いたら津波に決まってる!と思いながら、ビデオ映像に向かって「はやく逃げてよ」と叫ぶが、みんなけっこう悠然としている。津波を知っている人がいないのだろうか。
海の水が引く場合はある程度わかるだろうが、海が遠くで白波を立てて盛り上がってきているだけなら、気がつかなければ波におそわれるかもしれないと思う。
不可抗力ということもあるなぁ、と思う。

しみじみ教育ということを考えてしまう。
昔はその土地の長老の経験が生きていたが、昨今はそのような知識を求めることもなくなった。
現代的な専門家の知識が重要視されて、他は顧みられなくなった。
専門家の知識は、包括的なものである。それはそれでよいが、それらの知識は、人々に還元されていなくては役に立たない。
その土地で過去に起きた言い伝えでなくて、一般的な知識であっても、みんながそれをもっていればある程度予測できただろうと思う。

インドでは、古くから「伝承」とか「信頼すべき人の言葉」とかが、正しい認識の手段とされてきた。いまでは、現代の科学的知識を社会的常識とするから顧みられないかもしれないが、そういう伝承のひとつとして津波や地震の言い伝えなどがあったら、とも思う。
そういう話の方が、みんなよく覚えていて心に残るものだ。それに地震や津波の客観的な知識ではなく、具体的な対応の仕方や目に見える変化の様子を伝えるから有効だ。

もし「伝承」などを排除するなら、代わりの知識を学校などでわかりやすく教えていかなきゃと思う。

今回ほどの大災害になると、知識の有無で避けられる範囲のものではないのだろうが、それにしても、7万もの人が亡くなるということはなかったのでは…と思ってしまう。
何とも痛ましい。

ここまで、29日分。
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これは、30日分。いま考えてること。

それと、動物たちは今回の津波で死んでいないという点、じゅうぶん教訓になると思います。
どう教訓になるんだって?
「野生に帰れ」です。
極端かもしれないけど、いつも自然の変化に気をつけるように、意識を変えていくこと、これによって、いくらかは注意深くなれるのではないでしょうか。

地震予知のシステム強化や警報装置の設置など、対策を立てることも必要だけど、お金がかかる。すぐには無理だし、広範囲にわたる場合、個別に対応は無理だ。だから、わたしたちの感覚を磨いておこう。自然に注意深くなろう。都会に住んでいてもそれはできると思う。
それとそういう場合があるかもしれないと思うだけで、パニックにならずにすむと思う。

たぶんわたしたちにできることはそんなことくらいだ。だけど、それはあんがい有効だろうと思う。

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2004/12/28

大地震と大津波

12月26日、スマトラ島沖で大地震がおき、それによって大津波が発生。
いままでわかっただけでも2万3000人以上という数字の犠牲者を出しています。
地震の規模もマグニチュード9.0と最大規模。

8-9カ国にもわたる被害はこれまで経験したことがないと報道されていました。

もはやなんと言っていいかわからないので、事実のみ、ここに書いておきます。

とりあえず、これだけ。

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2004/12/26

ざつに雑感!

横についてるカレンダー見ると、焦ってくるわねぇ。
今日入れてあと六日で今年も終わり。

でも、もう、気分的に負けてるわ。年賀状書かなきゃ。掃除しなきゃ。正月料理作らなきゃ。買い物いかなきゃ。薬とって来なきゃ。
なんて、そんなこと六日でできるかぁ。

なぜなら、これらの他にこのホームページをどうするかっていう、重大な問題がひかえておる。
今年は、元旦に決心したのよ。「来年」こそは、ホームページ整理整頓してグッドなものにするぞ、ってね(今年の計画を立てるもんだぞ、ふつう)。
だから、今年はこのままなし崩し的にいくわよ、っと、言い訳がましくはじめた記憶がある。

まずいわよ。
あと六日で、その「来年」よ。
仕方ないから、ここで先日のパラドックス持ちだして「来年は永遠に来ない」って言ってみるか。
それもねぇ、芸がないわね。やりたいけど。

だから、あらためて来年の計画を立て直すわ。そうすればいいのよ。

言うわよ。緊張してよ。

ホームページ整理するの止めるわ。
どうしようもなくなるまで、だらだら計画性なくいく、っていう、こういう計画にするわ。
これなら、実行できそう、ああ、よかった。いい計画が立って!

ほっとしたところで

ところで、学会誌『印度哲学仏教学』19号、出ましたね。
今回の論考「『方便心論』の作者について」は、反論が寄せられたため、やや戦闘モードになってますなぁ。
自分でもそう思うわ。
「もう、わかってよ」って感じですか。

この論文を書いた後に、『方便心論』作者を龍樹でなく小乗仏教徒とする宇井説否定の論拠を別に見つけたの。
それに基づけば、すぐわかっちゃうんだわ。小乗仏教徒が書いたものでないことが。
こんなにムキになって論じなくてもよかったかも。

でもね、龍樹だと、どうしてわたしって、こうもムキになるのかしら。
まったく自分でも不思議。

まさか、前世は龍樹の母だったりしてないだろね。やだよ、おまいさん。

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