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2004年12月12日 - 2004年12月18日

2004/12/17

お釈迦さんは自由人

今年最後の哲学の授業だった。

うーん、何、話そ?
自由意志について、やってたんだけど…
そうだ、最後だから、一回も話したことのないお釈迦さんの話でもしよう!

人類史上、もっとも自由意志を行使した男。
何ものにもじゃまされることなく、束縛されることなく、あらゆるものから解放されていた究極の自由人。
その人の名は?

おしゃかさ~ん

のお話をしました。
彼は、その哲学思想の中で、「自己」という言葉を肯定的に用いなかったにもかかわらず、わたしたちの目から見れば究極の自己を実現したのであった。
彼は否定的に「諸々の存在は自己ではない」と言っただけなのだが。

それではどうやれば、おしゃかさんのような自由人の生き方ができるでしょうか?
その秘策をば、とくべつにここに公開。

がっこでは「自己を大事に」とか「自己実現」とか「自己をもて」とか言われてきただろうけど、そんなんは、素人の説である。
それではかえって、自己を自由に解放するどころか自己にとらわれてしまうことが多いのである。
欲望のままに行為し、欲望に自己を埋没させて、それが自由意志の発現だと思っている人が多いのである。

えへん!

ほんとうに自由人をめざすなら、「自己」という言葉を使わないほうがいい。
そして、喜怒哀楽の心がさまざまに生じ滅するのを観察せよ!
じっと、欲望が生まれ、それが消滅するさまを観察して心にとどめなさい。
それだけで、あなたは心の悩みや苦しみから欲望から自由になってくる。
因果の理法を学ぶのよ!わかった!

欲望を抑えられるものだけが、欲望を実践できる。欲望に引きずられることなく、欲望を自由に操ってほんとうに求めるものを手に入れられるのよん。

いや、もうとまりまへん。
ストレス社会で、心が病んでいるあなた。悩みをかかえて薬に頼るあなた。欲求を満足させようと我を忘れるあなた。
そんなあなたの悩みに答える究極の教え、それがブッダの十二因縁、四諦、八正道なりぃ。
でも、これはむずかしいので略すわ。おい!肝心のものだろ?いいのよ!たいしたことないわよ!(おい!おい!)

ほんととまらんわよ。

それで、終わったら、学生さんが数人寄ってきて、「お釈迦さんのこと知りたいから本教えてください」とか聞かれたし、自由意志の話とかもっと聞きたがって、それで少々雑談してきました。

いやぁ、わたしって、話うまいのかしら?それとも、健全な若者をたぶらかしてる?
毎回、お釈迦さんの話したいなぁ、って思いながら、けっこうこらえてたもんだから、話し出したら止まらん。

そして、薦めた本は、下宿人さまの『ブッダが考えたこと─これが最初の仏教だ』でした。

ああ、すっきりした。これで今年も言いたいこと言いまくって終わりました。
来年もよろしくね、諸君!

え?もういい?

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2004/12/16

『中論』の偈を著した龍樹が『廻諍論』を書かなかったら…

勉強しようと思うと、猛烈に眠くなる。

昨日は、お別れ会で知り合ったお母さんたちとランチ・パーティだったし。
あ、ランチだからね。誰ですか、ランチキなんて言ってる人。

哲学の本を薦めてきました。一応、手持ちの永井均氏『子どものための哲学』をプレゼントして、池田晶子氏の『14歳からの哲学』と『41歳からの哲学』を薦めてきました。
一緒にいた他のお母さんも「読んだら貸して」と言っていたので、ふふふ、そのうち哲学する主婦の集団ができるかも。

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それと、学会では、龍樹の作品について『ヴァイダルヤ・プラカラナ』と『廻諍論』とについて、龍樹の真作ではないという意見があることを知りました。

それを聞きながら、とつぜん、スマリアンの『決定不能の論理パズル』という本があるんですけど、それを読まなければいけないような気がしてきました。

何げに『廻諍論』とスマリアンなんだ?
およそ関係ないようにみえるけど、たぶん思考回路のどっかでつながってるんだろうと思う。
たぶん、この話は、証明問題とか論理パズルのようなものとして扱えるのかもしれない。
まだ、思いつかないけど。

だけど、その前になぞなぞふうにやってみると、こんなことになるのではないだろうか。
『中論』の偈を著した龍樹が、『廻諍論』を書かなかったら……どうなる?

まず、『廻諍論』が基づいている『方便心論』は書かなかったことになる。

『方便心論』を書かなかったら、ニヤーヤ学派と争うことがなくなるから
『ヴァイダルヤ・プラカラナ』は書かなかったことになる。

『ヴァイダルヤ・プラカラナ』『方便心論』『廻諍論』を書かなかったとしたら、
論理学の革新をなしえず、空の根拠を示すことができないから、『六十頌如理論』『空七十論』もどうなるかわからない。それらの作品も、『廻諍論』作者のもの、っということにもなるかもしれない。

これらの作品が、すべて『廻諍論』作者のものになれば、簡潔にそれらをまとめた部分をもつ『宝行王正論』も龍樹作とは言えなくなる。

そうなれば、中論頌のどこがほんとに龍樹のオリジナルということになるだろうか。

ちょっとある帰謬論法は、『方便心論』のまねっこだと言われるし、話題としては『方便心論』ですでにふれているものもあるから、それもまねっこしたな、と言われちゃう。
空について説いた部分は、『廻諍論』のまねっこという説も出てくる。

「まねっこしてもいいじゃん」ということにはならない。
龍樹の伝説がぜんぶまるまるウソになって、龍樹は、彼の前にいた無名の天才の業績を奪ったことになる。

どうして、そこまでひどく言われることになるかといえば、奪ったのが思想の断片ではなく「論理」ということになるからです。

だって、アリストテレスの論理学を基礎にして、なんらかのことを説いた男がいたとしたらなんと言われるだろうか。
ふつうの場合は、彼はアリストテレスの論理学を応用しただけと言われる。

論理の場合、他人の論理学を基盤にして何か言っても、何にもならない。
そんなこと、あなたでもわたしでも誰でもやってる。
論理学は、それを生みだした人が名を残すのであって、それを使った人ではない。
出来上がった論理は誰でも使えるんですから。


『廻諍論』が中論頌の作者龍樹の作品でなかったら…

龍樹にかわって脚光を浴びるのが『廻諍論』作者ということになるのじゃない?

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2004/12/14

なぜか越後屋気分

はぁ、たちまちありふれた日常にもどっちまいました。
帰ったら、「おーい、みやげがかあちゃん連れて帰ってきたぞ」と言われちゃったい。

食べかけの生八つ橋と赤福(伊勢名物のあんころ餅)が、京都に行った唯四の証拠となりましたが、それも食べちゃえば、京都に行ったのは夢になると思います。はやく食べて夢にした方がよいかも。

なぜ、唯四?だって、まだ神戸のたこ焼きと豚まんのおみやげが冷凍庫にあるんだもん。

しかし、それにしても、アクセス件数が増えてるような気がするなぁ。
これも夢だろうか。それとも、学会効果?

ま、まずいわ。どんどん悪事がばれると…(悪事って、そこまで自分で言うか)
みなみなさま、ご内密にぃ。(越後屋、そちも悪よのう、って、なぜ、このせりふが脳裏に!)

それでなくても、「ホームページ見てます」と言ってくださった方が、何人かいらしたので、
もう、そのたびに冷や汗が、たらっと、越後屋気分でした。(悪いことはしてないしてない、ぶるるっ)

冷や汗出るくらいならホームページたためば?とも思うが
そういってもねぇ、生活習慣の中に組み込まれちゃっているので、

ないと困るし。(わたし的には)
しかし
あるとまずいし。(現実的には)

まったくハムレットだわ。

「あなたの論文もってないので読めないのですが」と言われて、
「ホームページに載ってます」と恥ずかしくて言えないわたしは、何やってんでしょ!
そのために作ったんじゃ…。

まったくハムスターだわ。

しかし、考えてみると、このように反省する良心的な(?)越後屋のわたしに比べて(よく言うよ)、
他にホームページやってる人々って、けっこうずうずうしいのねぇ。
ぜんぜん悪事に手を染めてるっていう自覚に乏しいわよね。

まったくオイスターよね。

そんな、人のことはいいから、良心的なふりしながら結局一番ずうずうしいおまえが、反省しなさい!
あ、ばれたか!

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2004/12/13

京都一人旅

もしかして飛行機に乗ったのが10年ぶりだったりするかも。

この前京都に行ったのが、つい先ほど…13年前。ううむ。
北海道以外の学会に参加したのも、13年ぶりということです。

浦島太郎みたいなもんですね。
学会でも、ほんと浦島太郎だったので、お顔と名前を一致させるのに全エネルギーを集中しました。
だから、他のことは何も覚えていない…たぶんその方がいいにちがいない。

どっちかというと、浦島太郎ではなく、首引っ込めてるカメの方をやってればよかったかもしれませんが、運良く記憶がない。
何はともあれ、とにかく、わたしにとっては、とても有意義でありがたい学会だったのでふかく感謝しております。

さて、ところで浦島太郎としては、久しぶりの京都でビックリしっぱなし。
一日しかないのに、学会前にしっかり観光もして、南禅寺に行ってまいりました。

行く道すがら「何有荘(かいうそう)」というところがあって、庭園を公開していました。
1000円という入園料に、みなさんびびって入る人がほとんどいませんでしたが、「山上の草堂から見える眺望が雄大」という文字が目に入ったわたしは、主婦の身分も忘れて1000円はたいて入り、一目散に山の上をめざしました。

おい!庭園見なさい!

あれ!もう着いちゃった。どこどこ!眺望って?
あ、思ったより、低かったです。
たぶん北海道感覚なんだわね、わたし。「雄大」という観念に若干のずれがありました。ははは。
でも、眺めはそれなり。お庭も可愛くてステキ。とても手が込んでいてきれいです。
ほんと、京都だわ…繊細。泳いでる鯉も、とっても上品よ。とても鯉とは思えない。

次に南禅寺に行き、三門の拝観ができることがわかり、これまた、まよわず拝観する。
急な階段を上って上からながめてとても満足する。

それから本堂を経て、水路閣(明治時代にローマの水道を模して作られた)も見て、南禅寺を拝観する段になって何となく入ろうかどうしようかまよう。平面だしなぁ、二次元だわ。
でも、入って拝見する。平地とはいえ、渡り廊下はとても気に入る。

しかし、ここには住めないっ!と思う。ふすまに描かれた狩野永徳・探幽の虎の絵が怖すぎる。
生きてる!虎が。何せ、三方がふすまですからね。
もし、この部屋に泊まって朝起きたとしたら、どのふすまを見ても虎と目があって心臓がかくじつに止まる。
虎の檻に入っているのと一緒です。

じゅうぶん怖い思いをしたためか、次の間においてある寒山拾得の像も気のせいか怖い。
青ざめて南禅寺を出る。

さて、次の日は、時間もないので京都駅探検に出かける。
南側に泊まっていたのでぐるっと回って、駅正面に出て、これまたビックリ仰天する。

駅が、ない!
っていうか、宇宙ステーションみたいな建築物があって、中に宇宙人が…いるわけないです。
巨大な建物の中は、右手に空に向かって、えんえん天国への階段が幅広く続いているので、もちろん、即行、登りはじめる。脇にエスカレーター完備です。
入場料金がいらないのはラッキーだと思う。
上に行くにしたがい、人の数は減っていく。
つまり、どんどん「物好き度」がアップするにつれて、人々はあまりの試練に耐えかね脱落していくのであった。

11階まで階段が続き、とうとう頂上の小広場についてガラス越しにまわりの景色をながめる。
たいへん満足する。
ここにいるのは、極めつけの「物好き」ということになるわけか。
京都に来てよかった!!っと心底思うのであった。

以上の体験から、わたしはみずからの知られざる一面に気づきました。
一人で旅行しなかったらわからなかった、たぶん。

○○と煙は高いところが好きだと言いますが…わたしって、いったい
…あ、もち、「煙」のほうだっ!

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