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2004年11月7日 - 2004年11月13日

2004/11/11

哲学の推薦図書は?

管理人のさびしい人生には延べ人数にするとたくさんの友達がいます。
「何で延べ人数なんだ?」と言われるみなさん、延べ人数にしないとたくさんにならないのっ!

今年は、友達の当たり年でけっこうかまってもらえる。
なぜか、ひょんなことから友達ができたのです。

今年3月子供の中学卒業のとき、クラスのお別れ会を初めてやったら、そこで出会ったお母さんたちと友達になりました。
もう、卒業で別れるんだから、出会っても無駄なのだ、「会うが別れのはじめとは…」というせりふがそのまんまあてはまる状況で出会ったのです。
禁じられた恋ほど燃え上がるという道理に則り、別れがたくいまだにつきあうことに…。まったく、なにやってんでしょう。子供はそれぞれバラバラの高校にいってるんですわよ。

そうしたら、その中で、一人のお母さんがわたしに「お願いがあるんだけど」と言いました。
「え、なに?」
「哲学教えてるんだよね。せっかくだから、わたしでも読めそうでわかりそうな、何か哲学の本を教えて」
ううん、むずかしいなぁ。
読んでもわからないのが哲学だしなぁ。って考えてたら、その人は

「わたしね、二度とこんなことはないと思って。哲学やってる人と知り合うなんてぜえ~ったいないと思うの。これから先の人生でこんなことありえないでしょ、せっかくだから今勉強してみようと思って」

う、うん、そうお。エライ人だなぁ。べんきょしたいなんて。
しかし、何か引っかかるんだよね。気のせいかしら。

…何となくわたし珍獣みたいに思われてない?

…気のせいかなぁ。

…って考えながら、どんな本がいいのだろ?って考えました。
一般向けの哲学書。やっぱり、変な言葉だ。「一般向けの」という言葉は「哲学書」という言葉とくっつかない。磁石のS極とS極みたいなもんだ。

『ソフィーの世界』…ううん?
野矢茂樹『哲学の謎』…良いかなぁ。
永井均『<子ども>のための哲学』…どうかしら?
池田晶子『14歳からの哲学』…いいかも。本の題名に「哲学」ってあるしね。

あとなんかなかった?

あ、
『ビックリ!インド人の頭の中』をあげるってのは?…ううん、そうね、それもいいかなぁ、でも、でも、珍獣としては友達失いたくないしなぁ、って、どうしてそういう考えが浮かぶかな。

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2004/11/09

暑かったです

今日も、授業でがんばる管理人です。

初冬の寒さはどこへやら、今日は暑くてたまりません。
さてさて、今日は、みんな寝ませんでした。

なぜでしょうか。

なぜなら、わたしが起こしてまわったからです。
ほとんどみんなの机のまわりでノートをのぞいてチェックしたので、みんなは寝る暇ありませんでした。

「問題やるのよ!みんな!
みんなだって、がんばればできるわ!めげちゃだめよ!くじけちゃだめ!(☆の瞳で言うのです、きらーん、少女マンガ風)」

そして、
やってない子には、そばで愛のこもったはげましのメッセージを送り続けるのです。
愛がたっぷりこもっているので、みんな拒否できないのです。

っていうか、いつまでもそばにいるので始めざるをえない…かも。
渋々でもはじめりゃしめたものです。
そうよ!やればできるじゃない!
その調子よ!っと、げんなりするくらいほめちぎるのが、コツ!

うん!げんなりしてる!

やっぱり授業は愛よねっ!あいっ!…うるさいな!愛で「推論」がわかるかっつう声もあり。

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さて、こうやって、学生で遊んだ管理人は、西洋言語哲学の勉強をするのでした。行き帰りの汽車の中。
こちらは、まったくわからない世界だわ。分析哲学って、わたしのこと嫌いなんじゃないかと思うくらいだわよ。

一回読んだけどあんまりわからないので二回目読んで、しかも書き込みまでしてるってのに!
はっきりした作者の結論がないのよね。みんな欠陥がある説だっていうのよ。必ず作者の「だめだし」があるのよ。

フレーゲの「意味」と「意義」について。文の「意味」と「意義」もある。
ラッセルの確定記述、または、記述の理論。
ストローソンの批判。
確定記述の指示的使用と帰属的使用。
固有名にかんする「記述の束」説
クリプキの指示の因果説

管理人には、どれもそれなりにステキな説に見えるんだけど。全然変じゃないし。

でも、作者は、彼の「直観」に反する、っていうのだわ。
こうして、作者の「直観」がぴょこぴょこ出てくるの。
そのたびに、その検討している説は軌道修正をせまられて、最後は何が何だかわかんなくなって、次の節に行くのだわ。

西洋哲学はインド哲学とちがうのだとは思うけど、もし作者が変な説だと思ったら、管理人の考えでは、変な説は言わなくていいと思うのよね。紙の無駄だし。一番良いと思う説だけ説明すれば、それで済むんじゃないかと思うわけ。
でも、そしたら、本にならないか!

西洋は、核心をわざとはずして、周囲をカフカの『城』のようにぐるぐるまわるのが好きなのかな。
東洋じゃ、身も蓋もなく核心一言で済んじゃうよね。相手がわかろうがわかるまいがお構いなし。

どっちもわからん世界であることには変わりはないかもしれないけど、ずいぶん気分的にちがうわね。

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暖房が入ると…

寒い朝です。
北国の朝は、とても寒い。
ぶるる!手袋はいててよかった。(北海道じゃ、手袋ははめない。靴下と同じで「はく」というのです。)

でもって、学校に着くと、おお、あったかいのです。
暖房でぬくぬくです。
窓から朝日も差し込んで、いっそうぬくぬく。

何の話ししてるかって?

つまり、ね、

みんな、寝ちゃうってこと。

おい!起きるのよ!授業だってば。
1割から2割、確実に寝てる。
そして、起きてる子も、冬眠中のクマみたいに鈍い!

あらゆるものが眠る季節、冬。

ということは、わたしも授業しながら寝ちゃうかも…前件…肯…定……し……き…とは zzz
明日あたり危ない!

ところで、まじめに話しますと、掲示板で、横井さまの書き込みから、「定義」について考えはじめて、今は完全に混乱しているところです。
全然わからん。
「記述」と「定義」の区別がつかなくなっちゃったし。
ラッセルの確定記述も何だかよくわからなくなってきたし。

なぜ「独身者とは、結婚していない人です」というように、被定義語+定義語の語順で、定義が語られるんでしょうか。
なぜだろう。なぜかしら。…と思いながら、答えが出そうででません。

あ、早く寝なくちゃ。ほんとに明日寝てしまうかも。(あ、また、もう9日になってる、明日じゃなくて今日だわ)

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2004/11/07

うん、よしっ!

さて、7日の日記を書くか。
昨日の6日の日記が7日のところに来ているので、どうなるんだろうと思うけど、とにかくやってみることにする。
勇気を出して。(こんなことに勇気がいりますかね)

タイトルの「うん、よしっ!」というのは、かけ声ですが、それは自分に向かって自分が言った言葉です。
この言葉は、お釈迦さんの感興の言葉(ウダーナ)とおんなじで、感動したときにだすライオンのようにうなる声(獅子吼)なのです。
ガォ~ッ、ってことです。

そうか!お釈迦さんも、吼えてたんですね。そして、感動のうなり声とともに自分の教えを短い警句や金言のようにして明かすのでありました。『ウダーナ・ヴァルガ(感興のことば)』という経典もありますね。
それでは、わたしも感興の言葉とともに自説を一言。

ガォ~!
「ものごとは始まらなければ終わらない」

よかったっす。ほんと!
やりたいことがあったのですが、はじめようがなくて苦しんでたのだった。
それでも何とかはじめるとこまではこぎ着けて、やれやれだったが。
しかし、今度は、いつまでも終わらなくて、どうなるかと思ったっす。はらはらドキドキの人生ね。

ほんとに、もうちょっとで、次のような感興のことばになるとこだった。
「ガォ~」じゃなくて「ギャォ~」という獅子吼ってのが悲しい。

ギャォ~!
「ものごとははじまったって終わらねぇ~」

ま、そんなわけで、ひとつ仕事を終えたということで、自分の書いたもの読んで「うん、よしっ!」っと、納得していたのでした。
何とか今書いたものは、世の中に出てくれることを願っていますが、どうなるでしょうか。
これからいろいろがんばってみるところであります。

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ちょっとすっきりです

ようやくひとつ仕事を片づけました。
まだ、後始末はあるかもしれないけど、少しすっきりしましたわ。

さて、っと、次の仕事にかかるか。
という時間でもないですね。あと20分で7日だっ。
(アップしてみたら7日になっちゃった。今日の日記書けないや。昨日の日記が今日の日記のところに来てるとき、今日書いたらどうなるんだろう…なんて、ぐずぐず考えてないで実験してみたらよかと。どうなるか)

ところで、昨日は、駅前のデパートの8階に本屋があるのを見つけました。
1年間以上知らなかった。
8階なんて、遠すぎる。
直線距離にしてみるとけっこう遠いと思うよね。

しかし、本屋さんて、どうしてへんぴな場所にあるんだろう。デパートでも上の方だもの。

最近勉強になっているのは、言語論です。『言語哲学入門』だったっけ、それを読んで勉強しようと思っているんですが、なぜかあまり勉強になってる気がしない。西洋哲学はどうもまだるっこしい感じです。
それより、ブッダの阿含経典読むと、言語哲学の勉強になることがわかりました。
阿含経典ていいですね。

そうだ!論理学の勉強しなくちゃと思うとき、これ読むと論理学の勉強になるし
そうだ!言語論の勉強しなくちゃと思うとき、これ読むと言語論の勉強になる。

なんでも、勉強したいものが出てきたら阿含経典読めばいいってことか。便利だなぁ。
って、かなり本気で思ってるところがこわい!です。


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