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2004年10月17日 - 2004年10月23日

2004/10/23

話された言葉と書かれた言葉

ハイレベルをねらうわれら哲学学徒は、言語の探究に乗り出すのであった。

この荒波は…ウェイ、酔っちゃいそうだい…ってなもんで、みなさんけっこうすったもんだし始めましたよ。

「言葉は力をもつか」という下宿人さまお得意のテーマをぶつけてみたら、多くの人が「力をもつ」とあっさり答えてくれました。
友達のなにげない一言で傷ついたり励まされたり、感受性の強い彼ら学生諸君は言葉の怖さを敏感に感じとっているんですね。一言で何日も精神的に落ち込んだり、逆に「勝つぞ」の気合いを入れた言葉で試合の勝ちを拾ったりしている例がいろいろ述べられてました。

だから、「言葉そのものは無力である、言葉を使う者に力があるときは言葉は力をもつ」という、これまた納得の論理を展開してくれた子の意見に、みんなけっこう衝撃を受けたのでした。

管理人としては「へぇ、おもしろ!5年前なら逆だったな」と時代の流れをかんじるのでした。実在論の中では、記号(言語)はインクのシミだったり、空気の振動からなる音波だったりして、物体である、と、説明されてましたからね。今でもそう説明されていますかね。だから、「言葉なんか力をもつもんか、物にすぎないじゃん」って雰囲気でした。

ま、それはそれでいいんですが、気になったのが、ただ「言葉」というと、学生諸君の頭には「話された言葉」だけをイメージするようで、テレビ報道、友人・家族との会話が主体なのです。
あらん、どうも管理人とずれちゃうわ。

それで「話された言葉」ではなく「書かれた言葉」についても聞いてみなくちゃな、って思いました。

さて、学生諸君はなんと答えたでしょうか。

もち!「書かれた言葉」も力をもつ。

ふむふむ…いいぞ…ねらったとおりの答えが…ありゃ!

例えば、標識。「はいるなきけん」とあると「入ってはいけません」と言葉でいわれるより、文字の方がインパクトが強い。
例えば、広告。ダイエットの宣伝は気になっている人なら、嘘でも飛びついてしまう。
例えば、メール。友達の一言がショックだったりする。
例えば、受験の時の担任の先生の暑中見舞いのはがき。先生の言葉で受験を乗り切れた。(いや、今の先生って、えらいのよ!そういう子がいっぱいいた、受験の子を受け持つ先生はけっこうきめ細かく面倒見てるんですね)
例えば、寄せ書きや色紙。先輩や同輩、友人の「がんばれ」の寄せ書きをもって試合に臨んだ。

ううむ。ううううむ。ううううううむ。

あのう、本は?

吉本ばななの小説や、相田みつをの詩集に感動しましたというのがあったけど、あとは、出てきたのは教科書だけ。
教科書は、字だけ追っても頭に入らないので、考えながら読まなければならない、って書いてありました。

「そうですね」とは一応言ったものの、教科書、考えながら読まなければ意味が分からないとは、いままで思ったことなかった管理人はビックリしました。

ほかにもいろいろ読んでいるなと思う子は、実際はいるのだけど、それはやはり少数です。本読むのが好きな子は全体の1割くらいだった。
そして、やっぱり本読む子は明らかにちがう。書いてあること、言われたことの言葉の裏を読むことができる。要するに、文脈を理解できる。一文一文が単発に発せられているとは考えない。

しかし、残りのほとんどの子は…!

こりゃぁ、メールで殺人事件も起きる世界かも、っと本気で心配する管理人だった。
ほとんど直感で生きてる世界だぜ!

急きょ、予定を変更して、

「話された言葉」→信じやすい傾向がある…のに…そこには大なり小なり嘘が混じる
「書かれた言葉」→理解しずらい傾向がある…だが…そこには大なり小なり真実が混じる

と黒板に書きました。ふう!みんな、人間やめないでくださいよ。(あ、これ、直感で生きずに思索に生きろということです。)

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2004/10/21

とことん行きたい

仕事は二つ片づけた。
あと、とりあえず大物二つ残るだけ。

日記に書くネタも二つ仕込んでおいたけど、だんだん生きが下がってきちゃった。
何でもそうだけど、ものには書くべき時機ってのがありますね。

やっぱりある程度テンションがあがってないと、勢いづきません。
ずっと暖めておくのはいいんだけど、そのうち腐敗してきちゃうものがあってまずいわ。

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何回も中断したもの、中断させられたものは、どうも具合が悪い。乗り切れないし考えきれないので不満がたまる。

それから、いろんな人の気まぐれにつきあわされて、無駄に思考しなければならないもの。これも具合が悪い。必然性がないから苦しみだ。

それから、書いてる人がわかってないのにそれらしく書いたものを読まされているとき。けっきょくなんだかわからない感じだけが残る。具合が悪い。無為に過ごした後悔だけが残ってしまう。

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以上、けっこう苦しめられているもの三つあげました。とくに最後の一つ、最近買った仏教の概説書なんだけど、これがつらい。「~だろう」という表現が多くて断定的に語ってくれないので、読んでてすっきりしません。

そして、この人が感じてる「わからない」という感覚は、自分にも体験があるだけにひしひしと伝わる。
いっぱい仏教の知識は並んでいて、本の名前や仏教の用語や概念などは説明されてるから、いかにもいろんなこと知ってるみたいに見えるし、ふつうの人ならだまされちゃうだろ。
だけど、この上っ面の知識をはぐと、けっきょくなんにもわかってない、ってことが見えてくる。

この人自身、非常に居心地の悪い思いをしながら書いてることがわかるから、読んでるとつらい。

ってのが、最近の本の読み方なんです。なんかフラストレーションたまる読み方だなぁ。

けっきょく、ね、自分で何かやるにしても、人のやったものを読むにしても、とことん行きたいわよね。行けるとこまでとことん。

ああ、書いたらすっきりした。よし、寝よ。

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2004/10/19

「ならば」は深淵です

鉄は熱いうちに打たなくちゃ。
ではでは、今日の勉強から、一つ。

「彼女に子供がいるならば、彼女は母親である」

これは「ならば」で結びついた文ですが、この「ならば」はなんの「ならば」ですか?

はいっ!あなた!答えて。
え?って、きょろきょろしてるパソコンのまえのあなたですよ。答えてね。

ええっ!習ってないのでわからないよぉ~、って。そうですか。そうですね。
じつは教えてるわたしも、「なんだろ?」と思いました。おい。

因果関係を表すと思う?それとも、言葉の定義上の関係だろうか?
どっちでもいいかなあ、なんてあいまいにお茶濁してたら、超優秀な学生さんがこう言いました。きりっ!

「せんせっ!子供を産んだというだけなら、因果関係によって、母親になることができますが、今日、子供を産んだというだけでは「母親」とは言えないとされています。虐待や育児放棄などが問題になっているので、母親として子供をしっかり育てうる能力のある人が「母親」と言われねばなりません。だから、言葉上の関係の「ならば」ととるなら、これは問題があると思いますっ。きりっ!」

ほう!負けました。すばらしいです。さすが、看護師さんの勉強してるだけはある。

「生みの親」というように、生物学上の親子を意識している人は、因果関係とる可能性が高い。、
「育ての親」というように、法律上の親子を意識している人は、言語上の関係ととる可能性が高い。 

子供がいれば、その結果、お母さんになる、ときは、 生物学上の因果関係。
子供がいれば、すなわち、お母さんである、ときは、法律上の言葉の定義の関係。

そして、看護師さんは多くの場合、職業柄「ならば」の意味に、「因果」を見る。つまり、因果関係はもっとも幅広い基本的関係である。そして、今回の超優秀な学生さんのように、言語上の関係の「ならば」は特殊な限定された関係として解釈することが多い。

一方、わたしは、これも職業柄「ならば」の意味に言語上の関係を読み取りたがる。これは、定義なのだから真であることがはっきりする基本的関係だと考える。そして、因果関係は、これを用いて推論しても必ずしも真なる結論が得られないので、あまり積極的に使いずらいものだと思うのだ。

いや、おもしろいなぁ。どうも、住んでる世界がだいぶちがうぞ!
けっこう、ちょくちょくこの手のギャップを感じるのよ。すごく新鮮で「ほおっ」って感じだわね。

ときどき看護師さんの世界に生きてみたいと思うわ。こういう因果の世界に生きて仕事してたら、絶対「占い」信じてると思う。とくに血液型占いなんちゃって。

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2004/10/17

睡眠学習

最近、つらつら思うに、寝ている間に考えごとをする癖がついたと思う。

寝るときというのは、人生の中で一番楽しみなものですが(さびしい人生すかね)、寝入りばなは夢ともうつつともつかない感じなのですごく考えごとには向いている。
「さあ、寝るぞ」っと思うと、まったく文字通り「夢がふくらむ」思いがする。
考えなければならない案件のリストを作っておこうかな、って寝ながら考えたりするところも、すごい。

しかし、寝入りばなは寝入るためにある時間なので、考えの途中で完全に寝てしまうのが欠点だ(そういうもん?)。

その点いいのが目覚めの前の夢うつつのとき。
夕べの続きから考えが始まって、ちゃんと脈絡もついているのがうれしいわね。
けっこう「おお!」っというアイディアがでるし、考えもまとまる。文章も下書きできる。

起きたら実行にうつせばいいから、なんかもうけた気分だし。

無駄に寝てないって感じで、それはすごくいいんだけど、でもね、ほかに問題が一つあるのだわ。

それはね、通勤途中の電車や地下鉄の中でぜったい起きてられないということ。
完全に熟睡するのがなぁ、何とかならん?ほんとはここで思索にふけるといいような気が…。

けっきょく、寝る時がふつうの人とは違ってるだけ、ってことだったりする?

がっかりね。

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