
廃校になった小学校の庭に、
さびしく咲いてる八重桜。。
子供たちのいない学校は、ほんと、さびしい廃墟。
あっという間に、あらゆるものが、朽ちていきます。
そうそう、
寂しがっている暇はない!
昨日は、在家仏教協会の講演会にお出でいただいたみなさま
ありがとうございました!

お天気もよく、お花いっぱいの大通公園です。
このすぐ近くのビルで、行われました。
会場に着く前に、一休みして、ぱちり。

ほとんど寝てなかったので、どうなることかと心配でしたが、
でも、
何とか無事、意識もクリアなうちに終えることができました。
「自己を洲とせよ、法を洲とせよ」
この有名なことばの入った経典を、
アーナンダ尊者を中心に語ってみました。
いたるところで、ブッダの優しい限りない慈悲にふれます。
こんなに、ブッダは、あったかい人だったんだ。
ブッダは、こんなにも優しくアーナンダに語ります。
***
サーリプッタ尊者の死に出会い、
動揺して、茫然自失するアーナンダ。
サーリプッタの、優しい人柄を思い出します。
いつも法を説いて説明してくれる人。
励まし、鼓舞してくれる人。
教え諭してくれる人。
一緒に清浄行に励む仲間。
法の楽しみ、法の利益を与えてくれた人。
サーリプッタは、逝ってしまった。。
身体が酔ったようになって、方角もわからなくなるアーナンダ。
ブッダは、そんなアーナンダに語りかけます。
「アーナンダよ、わたしは、前々から、
こういうことを語ってきたであろう。
『一切の愛しく好ましいものは、変化していき、
離れていき、分かれてしまうものである』と。
アーナンダよ、このことを、今ここで、どうすることができようか。
生まれたもの、存在しているもの、作られたもの、壊れるもの、
このようなものに、実に、破滅してはならない、といっても、
そうなる道理はないのである。
アーナンダよ、たとえば、大きな樹木がしっかりと立っているとしよう。
だが、その樹木の、大きな幹が折れることもあるだろう。
同じように、アーナンダよ、大きな比丘の僧団はしっかりと存続しているのだが、
サーリプッタは、般涅槃したのである。
このことを、今ここで、どうすることができようか。
生まれたもの、存在しているもの、作られたもの、壊れるもの、
このようなものに、実に、破滅してはならない、といっても、
そうなる道理はないのである。
それだから、アーナンダよ、
自己を中洲として、自己をよりどころとして、他をよりどころとすることなく、
法を中洲とし、法をよりどころとして、他をよりどころとすることなく、住みなさい。」
(『サンユッタ・ニカーヤ』47.13「チュンダ」)
優しいけれど、
優しさが、すでに、 法の かたちをしています。
法を説いているのです。
ブッダは、ただ法を説いているとも見えるのです。
でも
でも、
それが、限りなく、優しい。。。
さらに続きます。
ブッダは、アーナンダに教えます。
「アーナンダよ、
比丘が自己を中洲として住み、自己をよりどころとして、
他をよりどころとすることなく、
法を中洲として、法をよりどころとして、他をよりどころとすることがない、
というのは、どういうことだろうか。
アーナンダよ、今ここに比丘がいて、身体において、身体を観察して住している。
熱心に、気をつけて、気づきをそなえ、世間の貪欲や憂いを調伏して、そうしている。
諸々の感受において、感受を観察して住している。
熱心に、気をつけて、気づきをそなえ、世間の貪欲や憂いを調伏して、そうしている。
心において、心を観察して住している。
熱心に、気をつけて、気づきをそなえ、世間の貪欲や憂いを調伏して、そうしている。
諸々の法において、法を観察して住している。
熱心に、気をつけて、気づきをそなえ、世間の貪欲や憂いを調伏して、そうしている。
このように、アーナンダよ、比丘が自己を中洲として住み、
自己をよりどころとして、他をよりどころとすることなく、
法を中洲として、法をよりどころとして、
他をよりどころとすることがないのである。
アーナンダよ、今も、あるいは、わたしの死んだ後も、
自己を中洲として、自己をよりどころとして、他をよりどころにせず、
法を中洲として、法をよりどころとして、他をよりどころとせずに住むようであれば、
学ぼうと望む比丘たちは誰であれ、最高処にいるであろう。」
(『サンユッタ・ニカーヤ』47.13「チュンダ」)
自分の死後までも、アーナンダのことを、
気遣うブッダです。
でも、
でも、
説いているのは法なのです。
四念処なのです。
ここに理屈があります。
理屈にのっているのです。
なぜ、自己を洲とするのか
なぜ、法を洲とするのか
自己と法
これらがなければ、生きていけないアーナンダのために
いや、
アーナンダだけではなく、わたしたちのために
そのためにこそ、ブッダは、わざわざこれらを入れて、
彼岸への道筋を、つくってくれたんだなあ、って、思うのです。
ありがと、ブッダ、だいすきよ!
あ、執着してないつもりよ、だいすきだけど。
というところで、

お待たせニャンコ、ダンさまだっち。
しかし、顔に似合わず、声がものすごくかわいい。
チョー甘ったれた声で、にゃくのです。
ミャァ~~オォ、ミャン、ミャン
すぐえさやっちゃうにゃんよ、管理人ったら。
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