マハーシ長老『気づきと智慧のヴィパッサナー瞑想』
ポートレート
っていっても、しょせん、猫ですけど。。
最近、猫ばっかり、ね。
写真を撮る対象が、猫に限定されちゃって、ごめんなさいね。
しかし、毎日、大きくなる!
9回、ご飯は、多いのだろうか。
拾ったときの完全に二倍になっちゃった。
少しは、恩返ししてほしいわい!
はたらいてよ。
おーぃ、サムっち、ゴミ袋の口を閉めてぇ~~
へぇぇ~~~ぃ、ただいまぁ~~

お、えらい、えらい!
猫の手くらいの役にはたつのね。
***
さて、さて、働き者の管理人は、昨日は、
朝日カルチャーセンターで、『ダンマ・パダ』を読みました。
今日は、第11章「老い(ジャラー)」でございます。
何となく、目立たない章で、
そんなに心に残ることばもないように
思っていましたが、
訳して読んでみると、とても良いですね。
何か、他の章とは異なる良さがありますね。
一般の人向けの内容にもとれます。
でも、
しっかり、さりげなく、仏教をやってます。
そんな控えめな感じの文がたくさんあって、
気にいりました。
「老い」は、嫌なものだと思うかもしれないですが、
どんな人も、いつでも、どんなところでも
老い!
に、おそわれているのです。
こわいですか?
そんなこと、ございません。
=========
148.
この姿形は老いさらばえた。
病気の巣であり、もろく壊れるものである。
腐った身体は壊れていき、
ついには、命は死をもって終わりとする。
149.
秋に投げ捨てられた瓢箪のように、
これら鳩色の白い骨を見て、
どんな楽しみがあるというのだろうか。
150.
骨の城塞が作られ、肉と血で塗られている。
そこには、老いと死と慢心と偽善とがおかれている。
151.
美しく彩られた王の車も色あせていく。
また、身体も老いに向かう。
しかし、善き人々の徳(ダンマ)は、老いることはない。
善き人々は善き人々と教えあう。
152.
学ぶことの少ない人は、
くびきをつけた牛のごとくにただ老いていく。
かれの肉は肥えていくが、その智慧は増すことがない。
153.
わたしは、幾多の境涯を、得るものもなく輪廻してきた。
家の作り手を探し求めながら、くり返す境涯は、苦しみである。
154.
家の作り手よ! おまえは見られた。
おまえが、ふたたび家を作ることはないだろう。
おまえのすべての梁や桟は破壊され、家の屋根は壊れ落ちた。
心は、意志(行)を離れ、渇愛は滅尽に至った。
(『ダンマ・パダ』)
========
なかなかいいでしょう?
よくない?
自分の姿を、しみじみ顧みますよね。
骨の城塞に、血と肉が塗られて、中に、
老いと死と慢心と偽善がおかれている、ってのが、
いっそ、気持ちよいくらいに言い当ててるなぁ。
うひょーーー、ほんと!
情け容赦なくて、
かえって、すっきりさっぱりしちゃいます。。。
(って、喜んでていいのだろうか)
ともかく、すっかり感動しながら、
家に帰ってまいりましたら、
ご本が一冊届いていました。
***
====
マハーシ長老(著)、星飛雄馬氏(訳)
『気づきと智慧のヴィパッサナー瞑想』(サンガ)
====

「入門者のための理論と実践」という
サブタイトルです。
手にして、さっそく読んでみました。
コンパクトながら
第1部 理論編
第2部 実践編
に分かれています。
スマ長老さまが、
マハーシ長老さまの指導方法には「自説」を加えていない、
お釈迦さまの教えそのものである、
とするだけあって、
ほんとに正攻法という印象です。
***
気品があり、格調の高い、瞑想の入門書ですが、
理論が、また、簡潔で、すばらしい!!
現代人が引っかかりやすい
輪廻や六道にも、正面から、あっさり説かれていて、
読者におもねることもへつらうこともせず、
なんのてらいもなく、ブッダの教えが、説かれています。
訳も、とても素直で、簡潔ながら深みがあります。
実践編の説明も、合理的で、わかりやすいです。
マハーシ長老さまの本は、
そのことばの一つ一つが、瞑想に満ちているようです。
おそらくは、数多くの瞑想の書が出ていることでしょうけど、
さすが、2600年の伝統ですね!
教えと瞑想とが一体化した、こんな入門書が著せるのは、
すばらしい。
***
ところで、この瞑想の書を読んでいましたら、
先ほど読んだ『ダンマパダ』のことばが、
そのまま
浮かんできました。
たしかに、この瞑想の書は、
お釈迦さまと同じ『ダンマ・パダ』の内容ですね。
まず、『気づきと瞑想…』において、
戒からはじめるその教えは、
「私たちが完全に出世間的な戒の徳を身につけるとき、
人はより低層の領域へと転生することがなくなります」
と、悪趣(地獄、餓鬼、畜生の三つの境涯)に生まれることを
否定します。
最初に、151が浮かんできます。
===
151.
美しく彩られた王の車も色あせていく。
また、身体も老いに向かう。
しかし、善き人々の徳(ダンマ)は、老いることはない。
善き人々は善き人々と教えあう。
===
「出世間的な戒の徳」とは、
『ダンマ・パダ』にある「善き人々の徳」ですね。
こうして、マハーシ長老さまの本を読み進むと、
頭の中に、『ダンマ・パダ』が次々と出てきて、
瞑想の手順と一緒になって、静かに重なっていくのです。
***
ブッダの瞑想は、マハーシ長老さまの本の中に
たしかに生きている
と、納得した読後感でした。
ふつうに終わる日記です。
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